第三話 知ることを続けた心の先に(前編)
・かばんは再現世界の中で「むこうがわ」の続きを見る。
ヒトのフレンズ研究のためセントラルへ出発する準備を進めるミライ。カコ博士と連絡がつかないともたつくミライを尻目に、カラカルはかばんの顔つきが昨日と変わってる事に気づく。
そのやりとりを通じて現実での出来事を思い出すかばん。ひとりで行かなくちゃいけない場所があると告げると、カラカル、サーバル、セーバルは快く送り出してくれた。
ミライには黙っていた。今この間だけ自分を母親だと思ってくれていいと言ってくれた時のように、もしまた抱きしめられてしまったら、きっと帰れなくなってしまうからだ。
“むこうがわ”の世界では沢山のことを教えてもらった。
ミライさんのこと、恐怖は知ることで乗り越えられること、明日死ぬかもしれないからこそ今日を精一杯生きること、自分は死に直面しても誰かのためにあろうとしたこと。
たとえそれが過去を元に再現された世界であっても、今の自分がいるのは過去があったおかげだ。
この帽子はいつか必ず自分の手で返しに行くと決意を胸に、かばんは再現世界から脱出する。
感謝を胸に意識を取り戻したかばんの目に飛び込んで来たのは、倒された仲間達、目を覚ましちゃダメだと泣きうなだれる黒セーバル、そして嬉しそうにこちらを見つめる女王の姿。
想像していた以上に状況は最悪だった。
自分の生涯が終わるのは、
明日どころか今日かもしれないと覚悟した。
・かばんから見た女王
かばんにとって女王は再現世界で会ったカコ博士の姿のイメージが強い。カコ博士の言葉が緑セーバルと仲直りするきっかけになり、それが黒セーバルとの縁として繋がっている恩人でもある。
だから元々戦うつもりはなかったし、火口内で黒セーバルを叩いた時はひどくショックだった。そして恐ろしかった。
ただし実際のところ、キョウシュウの皆が敵わないなら自分が勝てる道理もない。かといって逃げるのも解決には繋がらないだろう。だとしたら取れる選択肢はひとつ。
「相手をよく知る」ことだ。
恐怖は知ることで乗り越えられる。奇しくも再現世界のカコ博士…女王が教えてくれた行動だった。
・女王を知る
意外にも女王は会話に応じてくれた。
だが話を聞いてくれても意見は聞き入れてくれる様子はない。
黒セーバルの進化を促す実験材料になってもらう。ぐらいの事しか喋ってくれない。
会話の中にカコ博士の話が出た時、明らかに反応が違った。
話を掘り下げていくと、どうやら女王は本物のカコ博士について詳しいわけではないようだ。しかし強い興味はある様子。
もしかしたら…と、かばんは交渉を持ちかける。
映画を見て黒セーバルのことを思い出した施設で見つけたカコ博士の手記(郷愁の彼方0話参照)を見せる。
やはり反応が違う、手記に宿る輝きというものから本物だと確信したのか、めっちゃ欲しそうにしてる。
手記と交換にかばんが要求したのは、女王が「どうありたいか」と思っているのか教えてほしいというものだった。
何をしたいかでもなく、何が目的なのかでもなく「どうありたいか」
かばんが“むこうがわ”の世界で消滅する最期の時まで自分を自分たらしめたものはこれだった。女王の本質を知るにはこれしかない。
女王はカコの手記が手に入って嬉しいのか、ルンルン気分で答えてくれた。
・女王とカコの出会い
女王は大切な思い出を打ち明けるように話す。
女王がまだ一般的なセルリアンだった頃、セントラル襲撃事件の際にカコと遭遇する。カコは他の人間のように恐怖に駆られて逃げるのではなく、こちらに向かってきてこう問いかけた。
「あなたのことを教えてほしい」と。
だから女王はそれを模倣した。
カコの輝きの根底には両親への喪失感が流れていることを知った。
この喪失を埋められるのはセルリアンである自分しかいない。
そう思った。
共鳴。
女王とカコの接触はこの時だけだったが
ただそれだけが、女王の全てになった。
「ただ強力なセルリアンなら大量のセルリウムや“特別”といった要素があれば生まれるだろう。だが私はどれとも違う。カコが私を受け入れてくれたからだ」
女王はそう語りながら、ひとりでギュッとハグするポーズを取る。
黒セーバルはビックリした。
・女王の目的
セルハーモニーによる進化で得られた再現世界の能力。この再現世界の中でカコを両親に会わせることが目的。
かばんは旅の中で知った情報の断片から、カコやミライはもう亡くなっているかもしれないと伝える。が、女王は意に介さない。
それが本当に現実かどうかは問わない。というより再現世界は現実を再現しているので、現実で叶えようとも再現世界で叶えようとも同じ事だと捉えているからだ。
かばんは思わず息を飲む。
カコとの出会いからから今までずっと、そしてこれからも女王はセルリアンとしてカコのためにできることに全身全霊を賭ける。
たとえ何万年経とうともこの気持ちは変わらない、永遠にそうあり続ける。
「ただそれだけが私のあり方だ。」
幾千もの月日に裏打ちされた真っ直ぐな言葉が女王の口から発せられる。
黒セーバルは言葉はともかく、片腕を組んでくねくね体を揺らしながら喋る女王の姿がちょっと気持ち悪いと思った。
・女王が抱える課題
女王はいまだに再現世界でカコを両親に会わせられずにいる。
それどころか、カコすら再現できていない。
アニマルガールの願望を基に再現されるあの世界は、ある程度であれば女王の意志で操作できる。それでも最も過去に遡れたのは初めてアニマルガールが観測された時点までだった。その時点では既にカコの両親はいない。更に時を遡る必要がある。
(もし公式展開でアオツラカツオドリのフレンズを発見したのがカコの両親だったと描かれたら破綻する綱渡りポイント。必要に応じてカコがパークに来た時点までに差し替える)
問題はもうひとつある。
再現世界では願望を基に星の記憶から自動的に選ばれた適切な人物が自動的に登場するが、カコが登場するはずの場所にはなぜか女王自身がいつも呼び出される。
登場人物達は女王をカコと認識しているようで、しかし不自然な言動をすれば願望の供給源であるフレンズの混乱を呼び再現世界が止まってしまうため、女王なりにカコらしい振る舞いを想像してマネしながらカコの両親を再現できる糸口を模索している。
(女王自身と再現世界でのカコ博士がけもフレ3のカコ本人と性格や口調が異なるのはこのせい。アニメ1期のガイドブックにカコの容姿だけが初登場した時に誰もが持ったキリッとした印象に近く、加えてセルリアンに臆せず知ろうと向かってきた勇敢さが女王の中のカコ像)
その過程でフレンズやヒトの考え方や応対方法などを学習するにつれ、もしカコを再現できたら何を話そうかと思うこともあったが、両親と会わせる目的とは関係がないのであまり考えないようにしている。
(むこうがわ本編でミライがフレンズになりたくてサンドスター食ってると言ったのと同じリアクションをカコ女王が取ったが、これはカコはミライと仲が良いみたいだから似たリアクションを取るだろうと考えての演技なので、女王がフレンズになりたいと思ってるわけではない。セルリアンなのでマネは得意なのか、再現世界内での対応に困ったら他人のマネで切り抜けてるのかもしれない)
「遡れる限界についてはサンドスターが地表で観測されてない時期だから、という見当はついている。だがカコが再現できないことについては全く…はぁ……」
女王は胸の中のつかえが取れないような深いため息をついた。
黒セーバルは女王が指で髪をくるくるといじる仕草が気になって仕方がなかった。
・女王の展望
これらの問題を解決する明確な糸口はまだ見つかっていない。
女王はセルハーモニーによって究極まで進化したセルリアン。それにより手に入れた再現世界の能力は進化しきっているからこそ伸びしろがもう無い。
ハッキリ言って限界を感じている。その焦りのせいか、ある日再現世界のコントロールに失敗し停止させてしまった。
その時、停止した再現世界へ何者かが侵入してきた。
不測の事態(イレギュラー)だ。
セルハーモニーの際に自分から分離したあの変異体の一部だった。
不測の事態は続く。
願望の供給源となるアニマルガールと会話を試みたり、停止された再現世界の場面を巻き戻したり、先に進めたり、侵入の回数を重ねる度に操作できることが増えていった。
間違いない。
あれはまだ“進化”を続けている。
願ってもない不測の事態だ。
このイレギュラーの進化を促し、不測の事態を起こし続ければ、カコを両親に合わせる糸口になるかもしれない。
その実証を現在進行形で続けている。
女王は語り終え、元の鋭い眼光を携えた表情でこちらを向き直した。
・メッセージ
女王の語りを聞き終えた黒セーバルはあっけに取られていた。
話の内容以上にあんな喋り方をした女王を見るのは初めてだったからだ。
女王は自分の事をイレギュラーだとか言っていたけど、自分にとっては先ほどの光景の方がよっぽど不測の事態だった。
そして横にいるかばんの顔は…ひどく青ざめていた。自分の驚き方とはだいぶ様子が違う。
本当に女王は正直に話しきったのだろう。カコの日誌に頬ずりもしなくなり、要求には応えたので進化を促す実験を再開すると、元の冷酷な目つきでこちら歩を進めてくる。
かばんは青ざめた表情のまま少し考えた後、意を決したように前に出る。
「お話いただいてありがとうございます。女王さんはカコさんのことが大好きで、カコさんのためにとても…とても頑張っていることがよくわかりました。
もし僕が女王さんでカコさんがサーバルちゃんだったら、女王さんと同じことができたなら、僕もサーバルちゃんのために同じことをしたかもしれません」
「応援してくれるのか?なら話は早い」
「はい、誰かが困っているなら手助けしたいんです。たとえ女王さんが皆にひどいことをしてしまった今でも、僕はそうありたいと思います。
僕はあの世界でミライさんやカラカルさん達、セーバルちゃん、それに女王さんに出会えて本当に良かったと思ってます。だから女王さんの言うとおり、カコさんがご両親に会えたら、それは本当に良いことなんだと思います。」
どこか含みのある言葉使いに警戒した女王はかばんの願望読む。
諦めに障害の排除の決意が同居している奇妙な意志だ。
未来予測はイレギュラーに打ち消されるから使えない、だが何かを仕掛けてくるのは明白だ。
「何が言いたい?」
「女王さんが僕の思った通り優しい人なら、僕の負けです。これであなたが止まるなら、僕は僕のあり方に負けるんです。それを忘れないでください」
不測の事態を予感する。
何にせよ、不測の事態は歓迎だ。
「カコさんの手記を見つけたジャパリパーク動物研究所の映写室には、不思議な映画がアーカイブされていました。
内容は…女王さんのお話を聞いてハッキリわかりました。
これは、カコさんから女王さんへ向けたメッセージです」
かばんが合図をすると傍にいたラッキービーストから映像が投影される。
画質や音声はかなり荒れているが、そこにはカコの姿が映っていた。
『……女…事件、と言えば事件よね。あれ…らあんなことになっていたなんて、本当にこ…は予測のつかない事ば…りだわ…』
女王は立ち止まり、映像に目を凝らす。
そこに宿る輝きは間違いなくカコ本人のものだった。
『…もうひとりの私へ。』
女王は自分の胸が高鳴る音を聞いた。
カコが自分に語りかけている。再現世界でカコを演じてきて、もうひとりの自分と呼べる対象は女王自身だけだと確信があった。
『こ…も共鳴現象の一種なのかしら。意識を失…瞬間に、あな…の意志のようなものを感じたわ。
あなたは、本当に私の願いを叶えようとしてくれたのね。』
疑う余地はなかった。
セントラルで共鳴した時、カコの意志が伝わってきたのと同様に、自分の想いがカコにも伝わっていたのだ。
『ふふっ。こ…なこと、誰かに話したらどうにか…ってしまったと思われるでしょうね。』
誰にも話す必要などない。
私だけが知っていればいい。
カコの願いを叶えられるのは私だけなのだから。
『もし、私の言葉が…他の誰でもない、あなたに届くなら…』
聞かなくてもわかる。
もう届いている。
あの時の出会い、忘れるはずもない。
『あなたはきっと忘れないでしょう。私の願いを。永遠に、焦がれるように、輝き求めるように。』
そうだ、永遠だ。
カコの願いは私の願いだ。
私の輝きなんだ。
『だからこそ、もうひとつお願い。』
なんだろうか…?
いや聞くまでもない、カコの映像から願望を読み取ればわかる。この能力のことはカコも知らないだろう。
『本当にまだ、私の願いを叶えようとしているなら。』
女王が読み取ったカコの願望は
『絶対にやめて。』
女王の意志を砕くものだった
第三話 後編に続く
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます