第3話 父として私がすべきこと、すべきでないこと
シュザンヌは、ある朝突然、人に戻った。人に戻ってすぐは、自分になにがあったのか、今ひとつわかっていない様子だった。これほど長く、猫に变化したままであったのも、家から出て、他所で生活していたのも、初めてのことだった。
父として、私は娘シュザンヌに、何があったかを告げた。テオドールの最期を知ったシュザンヌは、何日も泣き暮らした。
陰謀を企てた者達を全て消しても、慰霊碑をたてても、テオドールは帰って来ない。泣き暮らしたシュザンヌは、慰霊碑にテオドールとの思い出を刻み、教会に祈りを捧げ、少しずつ日常を取り戻していった。
猫に变化していた頃のことを、シュザンヌは多くは語らなかった。ただ、端切れを縫い合わせた猫の玩具を、愛おしそうに撫でていた。手紙に縫い付けられていたテオドールからの手紙は、本来の受取人のシュザンヌに渡した。テオドールからの贈り物の指輪は、シュザンヌの指には少し大きかった。
「大きさも、ご存じなかったのね」
シュザンヌは、ゆるい指輪を嵌めたまま、静かに涙を流した。
私達は、娘になんと声をかけてよいかわからなかった。慰める言葉などなかった。屋敷全体が、沈鬱な空気に包まれていた頃だ。
「似ている青年を見かけました」
地方から、報告にきた家臣の言葉に私は驚いた。
「薪割りをしていた下男が、テオドール殿に見えてしまいました。懐かしくて声をかけましたが、返事もなく、随分無愛想な男でした。無精髭もそのままでしたし、人違いでしょう。体格や年齢が近いだけで、そう見えてしまいました。惜しいことであったと、今更ながらに、申し上げるのも何ですが。せめて、私が同行できていたら、と思ったこともあります。ですが、その場でとっさに動く事ができたかと思うと、何も出来なかったでしょう。今更、悔いても仕方のないことです。わかってはいるのですが、年格好の近い若者を見ると、どうにも」
家臣は、テオドールを懐かしんだあと、地方に帰っていった。
私は確かめるべきか否か、迷った。わからなかった。戸惑った。テオドールならば、何故、名乗ってくれないのか、名乗らずになぜ、私の屋敷にいるのか。私は悩んだ。
「テオドールなのだろうか」
「さぁ」
私の言葉に、息子の返事はつれなかった。
「私が彼ならば、名乗りませんよ」
「何故」
「私が彼であれば、貴族は信用出来ません」
息子の言葉に、私は、肩を落として帰っていったテオドールの背を思い出した。二度目の魔王討伐隊の出立式のとき、テオドールは、静かに佇んでいた。あれが茶番だと感じ取っていたテオドールだ。彼の胸中が、穏やかであったはずがない。
「ならば、なぜ、屋敷にいる」
すべてを捨て、他の国で暮らしても良いはずだ。私の言葉に、息子は呆れたように、
「シュザンヌに会いたいのではないですか。あるいは、飼い猫を探しているのかも知れませんね」
息子の言葉に、私は猫に变化したシュザンヌが、テオドールを探していたときの、甘えた鳴き声を思い出した。
「どうする」
私の質問に、息子は腕を組んだ。
「父上や私が確かめようとしていると気づけば、出ていくかも知れません。いや、出て行くでしょうね」
「執事に確かめさせるか。テオドールの顔を知っている」
「執事が下男にわざわざ話しかけますか。警戒されますよ」
息子の言う通りになるであろうと思えた。
「どうする」
「シュザンヌに任せましょう」
息子の言葉に、私は頷いた。
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