第2話 帰ってきたシュザンヌ

 使者達が差し出した籠の中を見て、私は心底驚いた。


 あれ程探して見つからなかった娘、シュザンヌが、猫に变化したままで、籠の中にいた。

「勇者様が、大変に可愛がっておられた猫です」

「できれば、お嬢様に育てていただきたいと言付かっております」

私は、猫を大切に育てると約束し、預かった。


 猫に变化したままのシュザンヌは、自分が人だということを、忘れているようだった。何から何まで猫だった。籠の中にあった、端切れを縫い合わせてネズミを模した玩具や、鈴の音がする鞠で、夢中になって遊んでいた。


 籠の中身は、全てテオドールが、愛猫シュザンヌのために用意をしたものだと、使者達は言っていた。


 玩具には、何度も繕ったあとがあった。シュザンヌは、可愛がられていたのだろう。

「シュザンヌは、このまま猫でいるつもりかい」

息子の言葉にも、シュザンヌは、無愛想に尻尾を振るだけで、玩具を手放そうとはしなかった。


 早朝、猫に变化したままのシュザンヌは、甘えた声で鳴きながら、屋敷の中を歩き回った。

「なーお」

扉を一つ一つ開けていく音がする。テオドールを探しているのだ。

「なーお」

シュザンヌの秘密を知る侍女頭が、根気よく、シュザンヌの見つかるはずのない人探しに付き合った。


「なーお」

「失礼いたします」

執務室の扉があいた。シュザンヌがトコトコと走ってくる。人であることを忘れているらしいシュザンヌは、私達両親や、兄である息子が、家族とは、分からないらしい。


 執務室の中を歩き回り、私や息子の脚に、適当に体を擦り付け、おざなりな挨拶をすると、また出ていく。

「失礼いたしました」

侍女頭が扉を閉めても、シュザンヌの声は聞こえてくる。


「なーお」

あの若者、テオドールを呼びながら、シュザンヌは屋敷を歩く。だが、シュザンヌの呼びかけに、答える声はない。

「なーお」


 声が消えて言った先を見つめていた息子が、溜息を吐いた。

「シュザンヌは、今のままのほうが、よいのかもしれませんね」

息子の言葉に私は驚いた。

「なぜ」


「知らぬ間に、テオドールが、かえらぬ人となったと、聞いたら、人のシュザンヌがどう思うでしょうか。猫のままであれば、居ないことはわかっても、もう二度とかえらないということまでは、理解しないでしょうから」

「探し続けろというのか」

「では、悲しめと」

息子の言葉に、私は答えをもたなかった。


 身内がいないテオドールの遺品は、私達が引き取った。少ない遺品の大半は、愛猫シュザンヌのためのものだった。猫用のベッド、手作りらしい沢山の玩具、猫用のブラシ、トイレ、全てがきちんと手入れされていた。シュザンヌは本当に可愛がられていたのだろう。


「なーお」

シュザンヌは毎日、甘えた声で鳴き、テオドールを探していた。シュザンヌの首輪の内側に、丁寧に手紙が縫い付けてあることに、気づいたのは、侍女頭だった。


 手紙には、一言の恨み言もなかった。ただ、シュザンヌの幸せを願い、猫を可愛がってやってほしいとだけあった。手紙と一緒に縫い付けてあった、シュザンヌの瞳の色と同じ石が光る指輪に、妻が泣いた。国からの報奨金があったのに、テオドールの遺品には、高価なものは何一つなかった。彼が購入した、たった一つの贅沢品が、シュザンヌへの贈り物だった。


 男性が女性に、指輪を贈る理由は、たった一つ。指輪が対になっているのであれば、なおさらのこと、他の理由はありえない。


 私達は、義理の息子になるはずだった若者を喪った。



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