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 二人が対峙して約10分。双方の差は圧倒的だった。


「ねぇ喰々流くぐりゅうさん」


「……なに」


「もう辞めましょうよ」


 攻撃が全く通らない。

 そもそも惡トあくとは戦闘能力が高い訳ではない。

 むしろ今まで戦闘は兎も角、喧嘩の類ですらしたことが全く無かった。

 対して臣做おみなはどうやら喧嘩慣れしているらしく、彼が『主人公』の才能ギフトを持っているのとは関係なくそもそも全て避けられてしまう。


喰々流くぐりゅうさん喧嘩したことないでしょ?僕割と不良に絡まれること多くて慣れてるんですよね。こういうの」


 ……軽々しく言ってくれる。全然余裕じゃないの君。

 運動は得意じゃないんだよ全く。


「あんたしつこい。」


「!!それは辞めて!」


 不意に叫ぶ鞘架さやか。彼女は知っていた。疾石臣做とういしおみな

 ――――物を具現化できる事を。


 その瞬間突然頭部に激痛が走った。


「金属、バッド……だと」


「あんたいくら殴っても倒れないんだもん。殺しちゃっていいよね?」


 ――――


惡トあくとさん」


 話しかけられて振り向いた。


惡トあくとさんはなんで”ここ”に来たんですか?」


「ちょっとでも強くなっておきたくてね。君にも会えてラッキーだよ影緋えいひ


 ここはとある研究所。一般的には某科学者に目を付けられたものが一方的に連れてこられて被検体にされるという理不尽な場所だ。

 影緋えいひはたまたまモルモット代わりに実験を受けていたひよこで、未知の遺伝子が見つかり人間の姿を手に入れた極稀な存在だ。なので待遇も割と良く、科学者からも可愛がられている。

 だが惡トあくとは違う。彼は”自分から志願して”ここへやってきた。


「何で強く……?憎い人でもいるとか?」


「いや逆だよ」


 ――――


「……本当にあんたしつこい」


 こんなにしつこかったヤツ今までに居たか?大体の不良達は金属バッドを出した辺りで逃げていくか、恐れおののいて詫びるかのどちらかだった。


 周囲を見渡すとそれは悲惨なもので、柱はヒビが入って折れかけているしテーブルも壊れている。窓ガラスの破片も辺り一面に飛び散っている。


「あーあ。ガラス踏まないように歩くの大変じゃん。掃除するのも僕なんですよ?」


 殴る。骨の折れる音がする。

 何回目だよこの音聞くの。


「普通もう死ぬだろあんたなんなの?」


「……。」


 どうやら口も聞けないようだ。そろそろ死ぬか?


「やめて……もうやめて、」


 涙を零しながら訴える。相当この男に死んでほしくないようだ。

 何故?男なんて代わり沢山いるだろ?


「さやちゃん」


 ……お前まだ喋る体力残ってたのか。


 ――――


 辺り一面血塗れだ。

 尋常な出血量じゃない。

 このままでは彼は間違いなく死ぬ。


「やめて……もうやめて、」


 私が何のためにやり直してると思ってるのよ。

 アンタが死んだら意味ないじゃない。


 ――――――せっかくまた会えたのに。


「さやちゃん」


「!」


 これは、昔からの彼の癖だ。

 何か助けて欲しい時にだけする目。そういえば小さい頃せんせーに怒られたくないからってその目で見てきたね。

 あとあの時、犬に追い回されてた時もその目で訴えてきた。

 彼は泣かない。泣かないけど決して強くない。だから私にだけこっそりと助けを求めてくる。


 ……わかってるわよアンタの言いたいこと。何をして欲しいのかも。


 ――――


 あーやばいねこれは。影緋えいひを置いてきたのは失敗だった。

 彼がいたら少しはマシだったかもしれない……。反省。


「――――。」


 動けん。

 全身逝っちゃってるなこれは。

 ここで死ぬとか格好悪すぎる。何が名探偵だよ。


 ……さやちゃん、泣いてるの?

 ごめん僕には――君の顔が見えないんだ。


「さやちゃん」


 伝わるかな、昔から『俺』のこと助けてくれてたよね?

 ちょっとだけ君の力を貸してほしい。


 ――――


「っ!!!!」


 トドメ、刺せたと思ったのに。こいつ避けやがった。

 最期の足掻きってやつ?


 惡トあくとが避けた事によって後ろにあった三面鏡が粉々に割れて破片が飛び散る。

 あーまた掃除する場所増えたじゃん!!


「避けてんじゃ、ねぇよ!」


 また避けた。今度は柱に金属バッドがめり込む。


「くそっ」


 さっきまで全然僕の攻撃避けてこなかった癖に、何故急に。


「ふざけんな、僕は主人公なんだぁぁああああ!!!!」


「ぐっ!」


 やっと当たった。クリティカルヒット。

 背面の壁に叩きつけられる惡トあくと


「もうさすがに避けませんよね?」


 一歩。


「褒めてあげます。あんた一番しつこかったよ」


 また一歩近付く。


 足元にはさっきの麦茶が転がっていてびちゃびちゃだ。汚い。


「掃除するの嫌いなんだから。死んで責任取ってくださいね」


 バキッ。

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