カセットラジオだけは処分して

 その時だった。ドアをけ破る音と同時に多くの警察官が流れて混んできたのは。

 灯りがつけられた時には警察はエレクトガンを男に構え、私たちの姿を見るや否や男めがけて撃った。あまりの痛みにか男はそのまま崩れ、ナイフを私の前に落とした。警官はそのまま飛び込むと男を取り押さえ、そのまま手錠を男の手にかけた。

 もう一人の警官が私に飛びつき、抱きかかえるように男から距離を取った。


「大丈夫ですか」


 警官の言葉で涙が一気にあふれた。

 その涙は生存バイアスによるものだっただろう。少なくとも一方的に蹂躙される事はないという事だ。

 数名の警官は電気ショックで動けなくなった男をそのまま引き連れて出ていった。私を抱きかかえた警官は私を縛っているものを外してくれた。

 解放された瞬間涙が止められず私は警官に抱き着いてしまった。


「大丈夫ですから。もうご安心ください」

「落ち着いたら署まで行きますからね。大丈夫ですよ」


 泣きじゃくる私を警官は抱えながら私はその部屋を出た。パートナーだったものと数人の警官を残して。


 翌日の夕方、私は家族に連れられて実家への帰路に着いた。

 警察への事情聴取の際、警官が気を使ってくれたのか家族を呼んでくれたのだ。ありがたかった。一人であの部屋にはとてもじゃないが戻れない。いや、もう戻る事は出来ないだろう。色々なものが頭を掠めてしまう。

 下手をすればもう一人で部屋にいる事すらできないかもしれない。一人でいたら誰かがドアを開ける音一つ、窓が夜風に揺れる音一つに恐怖を覚えるから。

 実は車に乗った時に私は泣いてしまっている。そこには嫌な記憶が蘇るものが流れていたから。

 何一つ音の流れない重い空気の中、私たちは家を目指した。もう何もかもが嫌になっていたから。


「そうだ。あの部屋は解約するからな」

 父は気を使いながら聞いてくる。全て父が処理をやってくれるのだろう。恐らく部屋だけでなく仕事の退職を申請する事も。何もかも。今の私にはそれをやれるほどの力は残っていない。

「何かこっちに持ってくるものあるか」

 デリカシーがない、と思った。今はあの部屋の事を思い出したくないのに。

 一方で父の優しさも理解していた。ここで聞いておかないと引っ張ると面倒なことなので。

 その時、私は一つだけお願いした。


「ラジオだけは処分して」

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カセットラジオだけは処分して ぬかてぃ、 @nukaty

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