第2話 蟻の話

 思えばあいつは、夏の終わりごろからなんだかおかしかったんだ。どこが、何が、と言われればわからないけれど。でも以前のあいつとは違ってしまったんだ。

 秋の終わりに、キリギリスを見つけて来たんだ。キリギリスは痩せてしまっていたけど、それでも大物さ。冬は長いから、大事な食糧だ。仲間たちは喜びに沸いたよ。でも、あいつは違う。目を伏せて、なんにも言わないんだ。普通、獲物を運んで来た時は、多少味見というか、つまみ食いの一つもしてるもんだけど、全くさ。

 それからというもの、あいつ、黙々と仕事はするんだけどさ、何にも食わなくなっちまってさ。

 虫だけじゃないんだ。人間の落とした甘いものですら。なんにも。仲間は心配したよ。お前どうしたんだって。でも首を横に振るだけ。

 …薄情だけどさ、俺達だって、生きて行くにはあいつにばかり構ってられないんだ。

 気付いたらあいつ、いなくなってた。多分もうこの世にいないんじゃないかな。

 食べられなくなったら働けないだろ?働けなくなったら俺達は終わりだよ。だって働き蟻なんだからさ。

 あいつの一番仲良かった奴が言うには、なんで生きてるんだろって思い詰めてたらしいんだけどね。笑っちゃうよな。キリギリスみたいなこと言い出すんだもの。そんなこと考えるなんて働き蟻じゃないよ。きっとあいつは病気になっちまったんだと思うよ。

 ま、こうして考えても本当のところはわかんないさ。春にはあいつのことなんて、忘れちまう話さ。春になれば、もう、誰一人、覚えてなんていないだろうさ。

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螽斯と蟻 よしお冬子 @fuyukofyk

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