螽斯と蟻

よしお冬子

第1話 螽斯の言葉

 お前のことは知っている。夏の間、私たちを恨めしそうに見ていたな。さて、今どんな気持ちだ?

 ざまあみろと思うか、それとも哀れに思うか。

 だが私は、お前にも、誰にも、哀れに思われることも、ざまあみろと思われるようなこともないのだ。何故なら私は、何一つ後悔していない。

 木々の隙間から零れる煌めく光。緑の、あるいは黄金の。時折吹き抜ける心地よい風。美しい世界で、仲間たちと命を燃やし好きな歌を好きなだけ歌ったのだから。

 太陽のように熱く、雨粒のように豊かに、あるいは花の香りのように甘やかに。この世の全てを表現しつくした。そして今、命の終わりを歌って、私は消えるのだ。

 私の命はこれから消えるが、この森の木々、岩や土、それとも通りすがりの鳥や蛙、そしてお前たち蟻。その心に残っているだろう。私の、私たちの歌が。

 私の命が消える時、歌うのは終焉。だが決して終わりはしない。永遠に瞬く星のように、お前の心に私の命の歌は刻まれているだろう。それで満足だ。それ以上何を望むと言うのだ?

 …まぁいい。私が死んだ後のことはもう私の手を離れる世界だからな。この身ですら。ふふ、しかし、もはや乾きやせ衰えたこの身体ですら、お前たちは貪欲に欲しがるのだな。

 ああ、ただ一つ、心残りがあるとすれば…お前はどんな顔をして私を食べるのだろうな?多少興味はあるかな?

 …さあ、そろそろ私の命は消える。…この身を巣に持ち帰り、仲間と…分かち合うがいい。いじましく…生きながらえるために。

 …お前たちはただ命を永らえるだけなのだな。…それで……生きていると……言えるのか…………。

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