エピローグ
例の一件から数日後。
黄昏に染まる大通りの真ん中で、一体のドラゴンが墜落した。
「驚いた。凄まじい成長スピードね」
「絶対に世界を救うって決めたんだ。のんびりしちゃいられねえよ」
アスファルトに横たわるドラゴンの巨躯には、いくつもの穴が開いていた。
紅く輝く鱗を焦がし、その一つ一つが確実に致命打となっている。《魔核》こそ砕くことはなかったものの、ドラゴンはすでに絶命していた。
刀傷はない。つまりハジメが一人でドラゴンを討伐したということ。数日前まで巨人にビビり散らしていた人間とは思えない練度の上昇率だった。
「成長と言えば、グレイちゃんがあんなに意思の強い子だとは思わなかったわ」
「そうか? 俺は気づいていたぜ」
《黄昏時の世界》の真実は手に入れた。ただ、どうすれば世界中の《黄昏ヒーローズ》に信じてもらえるかという課題がまだ残っている。
そこで情報を発信する役割を、グレイシスが自分から買って出たのだ。
正直、グレイシスを矢面に立たせることに葉月はいい顔をしなかった。しかし責任を感じている彼女の覚悟を蔑ろにすることはできず、葉月は渋々折れたのである。現在は、ユノやアリスと一緒に河野古書店で勉強中だった。
情報が正確に伝われば、異世界へ行く方法を試す人や、自分と融和した魂と対話しようとする人、世界が病に侵されていることを前提に調査を始める人が現れるだろう。近日中に、《黄昏時》の解決に向けて事態が大きく動くに違いない。
とはいえ、日に日に増えていく《逢魔》の駆逐を怠るわけにもいかない。エルナの話では、今も一定数の魂がこちらの世界に来て《新参者》を増やしているらしいのだから。
というわけで、今日も今日とて葉月とハジメは《逢魔》の掃討に勤しむのだった。
「そういや、魔王の死体って本当にどうなったんだろうな?」
ドラゴンの死骸を見て思い出したのか、ハジメがぼやいた。
「さあね。ドラゴンはともかく、魔王は獅子堂君の肉体なんだから《魔核》を砕かれて消滅するなんてことはない。つまり誰かが遺体を運んだのか、もしくは自力で移動したのか……」
『脳髄が飛び出たところは、しっかり見たぜぇ。生きてるとは思えねえけどな』
「そっか」
どのみち何も確認できないのは歯痒いものがあった。
と、突然ハジメが隣にいる葉月に銃口を向けた。
しかし葉月は特に気にした様子もなく、憮然とした態度で睨み返すだけだ。
「なに?」
「いやさ。またいつ身体を乗っ取られるか分からないから、警戒するに越したことはないかと思って」
『はあ!? オレ様はセブンみたいに裏切ったりはしねえっての!』
「どうだか」
スカルマーク――リーシャが慌てて弁明するも、前科があるのであまり説得力はない。具体的な事情を知らないハジメにとって、二人は同じカテゴリなのだから。
「そう。なら私もこういうことになるわね。獅子堂君。あなた、どういう理屈で今ここにいるわけ?」
わずかに自嘲的な笑みを漏らした葉月が、日本刀の切っ先をハジメに向けた。
不可解なことが一つある。
異世界人の魂と融和した人間が《黄昏時の世界》に入れるというのであれば、魔王の魂と分離したはずのハジメが何故ここにいるのか。逆に言えば、少なからず魔王の残滓が残っていると疑う方が当然である。
もしかしたらハジメの中で意識を取り戻した魔王が、いつか復活を遂げるかもしれない。
その可能性が残っている限り、葉月の方も警戒を怠るわけにはいかなかった。
「…………」
「…………」
夕陽を背にして睨み合う二人。
だが、それ以上のアクションはない。
どちらからともなく武器を引いた後、二人は笑い合った。
「ま、そん時ゃそん時だ。そうなったら俺がまた殺してやるよ」
「ええ。私の方こそ、責任を持ってあなたを討つわ」
謀反を起こせば互いが互いを殺しに行く。二人の間に妙な信頼関係が生まれていた。
もちろんのこと、どちらもそんなことは望んでいない。身内で争ってる場合ではないのだ。
黄昏のヒーローたちが挑むのは、異世界という強大な敵なのだから。
黄昏のヒーロー 秋山 楓 @barusan2022
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