第27話 少女の夢
エルナの訃報が届いた、その夜。
セブンとリーシャは、旅の途中で立ち寄った街の宿で一泊していた。
「……え? この戦いが終わったらどうしたいか、ですって?」
二人には珍しく、お互いのベッドを寄せて眠ろうとしていたところ、就寝前の子守歌よろしくセブンが話しかけてきたのだ。
藪から棒な質問に戸惑いながらも、リーシャは素直に答えた。
「うーん……何か特別やりたいことがあるわけじゃないかな。城に戻ったら毎日のように鍛錬して、姫様の世話もして……ああでも、一日中ぐっすり眠りたいってのはあるかも」
「なるほど。リーシャは城に戻る前提なんだな?」
「セブンは違うの?」
「ああ、違う。私は……騎士を辞めたい」
「えっ?」
驚きのあまり、リーシャは身を起こした。
暗闇の中、ベッドに横たわっているセブンを凝視する。
「……どういうこと?」
「自らの肉体を鍛え上げることに飽きたのだよ。戦いの中に身を置く自分という存在にも、うんざりしていたところだ。だから魔王を倒して世界に平和が訪れたら、どこか小さな街に隠居して花屋でもやりたい」
「そんなこと言ったら、聖剣に見放されるんじゃ……」
「問題ない。聖剣はそれを踏まえた上で私を所有者として認めてくれている。まあ、魔王を倒した後は扱えなくなるだろうがな。その時はリーシャ、お前が次の担い手だ」
「…………」
友人の突然の告白に、リーシャは複雑な想いを抱いていた。
咎めたいわけじゃない。引き止めたいわけでもない。セブンの人生はセブンだけのものだ。自分が横からどうこう言える立場ではない。
ただ寂しさを感じていることは隠せそうになかった。
「おいおい、そんな顔するなよ。別に二度と会えなくなるわけじゃないだろ? 私が花屋を開いたら、リーシャも買いに来てくれよ」
「うん、絶対に行く。毎日行く」
「花屋なんて毎日訪れるような店でもないだろ」
と言って、夜中にもかかわらずセブンは豪快に笑ってみせた。
「いえ、行くわ。たまに姫様も連れてね」
「ああ、楽しみにしてるよ。お転婆お姫様の世話を押し付けるようで悪いがな」
「セブン、言うほどグレイシス姫のお世話してないでしょ」
リーシャは拗ねたように嘆息した。
「まあでも、すべてが終わってからの話だな。魔王を倒して、無事に帰ろう」
「そうね。私も世界が平和になったら、いろいろ考えてみる」
「その時は聞かせてくれ。リーシャの夢を」
「もちろん。真っ先に教えてあげるわ」
「それじゃ、おやすみ。リーシャ」
「おやすみなさい。セブン」
夜の帳が落ちた部屋の中に、静寂が満ちていく――。
セブンの呪縛から解放されたリーシャは、久しぶりに生前を思い出していた。
すべてが終わった今だからこそ、セブンが魔王の取り引きに応じた理由を理解できたような気がする。
あの時、彼女は花屋になった自分を想像してしまったのだ。
自分はもう助からない。でも、魔王を倒すことで夢の置き場を残すことはできる。
そこへ突き付けられた世界の真実。
救いたかったはずの世界が、自分の行いで滅んでしまうという矛盾。
魔王を殺すか、限定的に生かすか。希望と絶望が入り混じる選択は、セブンにとっても苦渋の決断だったに違いない。
ここまでなら、セブンは正しかったんじゃないかとリーシャも揺らいでいただろう。結果的に魔王の侵攻は止まったし、世界も病から救われる。魔族と手を組む屈辱に耐え、死んでいった人たちを見て見ぬ振りすれば。
だが、その方法が決定的に間違っていた。
他の世界を犠牲にしてまで自分たちが助かろうなど、容認できるわけがない。
魔王は、別世界へ病を移すシステムを作り上げるために領土を必要とし、多くの人間を殺していった。それと同じだ。そんな手段が正しいわけがない。
我々が被った悲劇を、どうして他の世界へ向けられるのか。リーシャは理解に苦しんだ。
故にセブンを許せないという気持ちに偽りはないし、自分の手で彼女にトドメを刺したことも後悔していない。自分の選択が間違いだったとは……思っていない。
ただ、どうしても感じてしまうことがある。
セブンのいない世界は、やっぱりちょっと寂しいな、と。
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