第24話 リーシャの助言
「ばーっかじゃないの?」
真っ暗闇に少女が佇んでいたと思ったら、いきなり罵られてしまった。
年の頃は葉月と同じくらいだろう。ひらひらなフリルが多く付いた衣装で身を着飾っている少女だ。が、その精悍とした顔立ちは、ただの町娘が得られるものではない。相当な数の修羅場を潜ってきたことは、容易に想像できた。
「あんな土壇場で新しいスキルを開花させて起死回生を狙う、ですって? そんな都合のいい話があるわけないじゃない!」
葉月が唖然としている間も、見知らぬ少女の罵倒は続く。
いや、知っている。彼女が誰なのか、葉月は感覚的に理解していた。
「あなた、もしかして……リーシャなの?」
「そうよ」
やっぱりだ。どことなく自分と似ているような気がしたのだ。
顔ではなく、魂が。存在そのものが。
リーシャは葉月の全身を舐めるように見回した後、不甲斐ないと言わんばかりにため息を吐き出した。
「なーんで私、こんな情けない奴の魂と融和しちゃったんでしょうね。全然似てないのに」
前言撤回。自分はこんな高飛車な性格ではない。
ムッとした葉月が何か言い返そうとする前に、リーシャの説教が始まった。
「いい? 私の世界にスキルなんて便利な能力はなかった。だから憶測にすぎないけど、アリスって子は自分のスキルが空白だったからこそ新しく能力を得られたわけでしょ? すでにスキルを開花させてるあんたに同じことができるわけないじゃない」
「…………」
正論すぎて、ぐうの音も出なかった。
代わりに葉月の鼻の頭に皺が寄ったが。
「で、どうして今さら話しかけてきたの? まさか説教するためだけじゃないわよね?」
「なんで今かって問われれば、セブンがいなくなったからよ。私は今までセブンに魂を縛り付けられていた。だから出てこれなかったの」
「ってことは、他の《黄昏ヒーローズ》も融和した異世界人と会話できるってこと? そんな話は聞いたことないんだけど」
「他人のことなんて知らないわ。っていうか、あんたの身近に一人いるじゃない。明らかに誰かと会話していそうな子が」
「…………あ」
自分が死んでいた時の、アリスの挙動を思い出した。
最適解を教えてくれる本。あれがスキルや魔法でないならば、アリスは自分と融和した異世界人と意思疎通をしていたということなんだろうか。
葉月が呆けていると、リーシャは投げやり気味に言った。
「魔王は『強い魂なら世界の境界を越えられる』みたいなことを言っていたでしょ。その中でも、さらに力のある者の魂なら自我も保てるんじゃないかしら。私やセブンみたいに。ま、アリスって子と融和したあの人は、魂に関しての第一人者だったからってのもあるかもしれないけど」
「あの人? 知り合いなの?」
「まあ、ね」
問い返すと、リーシャはバツが悪そうに告白した。
「たぶん私があんたと融和したのは、あの人の存在があったからよ。救いを求めて、無意識のうちにあの人の魂を追ってきたんだと思う。ほら、私が死んだのって、セブンに裏切られた直後だったからさ。そのせいであんたを巻き込んじゃったし、魔王も呼び寄せてしまった。これに関しては素直に謝るわ」
「…………」
今さら謝られたところで、特に感情らしい感情は浮かんでこなかった。
リーシャに人生を滅茶苦茶にされたのは事実だ。が、怒ったところで何かが解決するわけでもないし、許すというのも違う気がする。リーシャが意図的に葉月を陥れようとしたわけではないのだから。
誰のせいにするつもりもない。葉月はただ、今ある現実を受け入れるだけだ。
すると葉月の心を読み取ったかのように、リーシャが申し訳なさそうに言った。
「あー、そうそう。ついでに本の助言に判断ミスがあっても、あんまり責めないであげてね。元はただの人間だもの。未来が視えてるわけでもなければ、必ず正しい答えを選べるわけでもない。それにあの人、戦闘に関してはド素人だし」
「だから戦闘中に助言してこなかったのね」
とはいえ、二年以上もアリスを導いていたのは事実。何かしらを見通せる能力があるのではないだろうか。
「ただの年の功よ。一桁の年齢の子供と老衰間際の老婆とじゃ、人生経験が全然違うでしょ。それにあっちの世界の人間だから、少しくらいは事情を察していたんでしょうしね」
ふと、リーシャが深く息を吐いた。その仕草は、無駄話はここで終わりの合図だ。
今は決して時間が止まっているわけではない。こうやって魂で対話をしている間にも、葉月の命は刻一刻と消えようとしている。悠長に話し込んではいられない。
だから、ここからが本題だ。
葉月に話しかけてきた理由を、リーシャは口にする。
「はっきり言って、私はあんたたちがどうなろうと知ったこっちゃないわ。全滅しようと、無事に魔王を討とうとね」
開口一番こんなことを言うもんだから、葉月は面を食らってしまった。
「え、じゃあ何? 助けてくれないの?」
「無茶言わないで。あんたの魂と融和してるだけの私に何ができるって言うの? 死者はただ座して運命に従うだけよ」
「…………」
「でもね、仮にも私の分身であるあんたがあんな雑魚に殺されるなんて屈辱でしかないの。このままじゃ、おちおち成仏もできやしない」
「…………」
この女、高飛車すぎる。いや、それだけ己に自信があることの表れか。
どちらにせよ相手するのも面倒なので、リーシャが核心を口にするまで葉月は黙ったまま待つことにした。
「だから教えてあげる。この窮地を抜け出せられる、逆転の一手を」
「そんなものがあるの?」
「あるわ。それを使って助かるかはあなた次第だけどね」
嘘を言っているようには見えない。だが葉月にとっては半信半疑だ。それこそリーシャ自身が冒頭で言ったように、そんな都合のいいものが存在するとは思えない。
「けど、それを教える前に、あんたは夢の続きを知らなくちゃいけない」
「夢? あの夢にまだ続きがあるっていうの?」
「実際に見せるほど多くの出来事があったわけじゃないけどね」
目を逸らしたリーシャが、虚空を見上げる。
その横顔は、どこか物寂しげだった。
「セブンにトドメを刺したのは……私」
「え……」
「左目を抉られて、呪いをかけられた後でね。私、ブチギレちゃったの。世界を救いたいのは理解できるけど、魔王と取り引きして、さらに奴を逃がしたのが許せなかった。だから私は、最後の力を振り絞ってセブンの首に刃を突き立てた。もしかしたら、その前にもう死んでたのかもしれないけど」
魔王を倒すという志を共にしてきた仲間が、最後の最後で裏切った。
腹が立つのも無理はない。しかしセブンとて理由があった。魔王と手を組んでまで世界を救いたかったのだ。
逆を言うなら、リーシャは世界を救う機会をみすみす捨てたようなものである。
「あなたは、自分の世界が滅びてもよかったの?」
「いいわけない。でも魔王はたくさんの人間を殺したし、人々の住む街をいくつも壊した。世界を救うためだっていっても、聖剣に選ばれた騎士が魔王と取り引きするなんて、私たちに希望を抱いて死んでいった人々にどう顔向けすればいいってのよ。そして何より、他の世界を犠牲にしてまで延命させるのは……私は間違ってると思う」
「そう……」
文字通り、住んでる世界が違うなと思った。
自分と同年代の女の子が世界の運命を託され、最期には信じていた仲間に裏切られて命尽き果てる。さぞ壮絶な人生だったに違いない。平和な世界で暮らしていた葉月にとっては、想像するのも困難だっただろう。
しかし、それは二年前に聞いていたらの場合。
《黄昏時の世界》に誘われ、毎日のように《逢魔》なる怪物と戦ってきた今の葉月には、リーシャの考え方に強く共感できた。
やっぱり自分たちはどことなく似ているな、と思った。
同じ立場になったら、間違いなく自分も同じことをするだろうから。
「というわけで、せいぜい頑張るのよ、葉月。私は魂の奥底で見守っているわ」
「……ねえ、リーシャ」
最後の切り札を託してさっさと消えようとするリーシャを、葉月は引き留めた。
「あなたは、セブンみたいに私の身体を乗っ取るつもりはある?」
「ないないない、そんなことしないわよ。さっきも言ったけど、私はただの死者。今さら他人の身体を奪ってまで生き永らえるつもりなんてないわ」
「…………」
葉月には分かった。リーシャの言葉に嘘偽りはない。
いや、嘘なら一つ付いていたか。
「今ちょうど特等席が空いているの。もしよければ、そこに居座って見学しない?」
「?」
「グレイちゃんが無事に元の世界へ帰るまででもいいからさ」
そう。葉月たちがどうなろうと知ったこっちゃないというのは、真っ赤な嘘だった。
裏切ったセブンとは違う。リーシャは騎士としてグレイシスを護るため、何としてでも葉月に生き延びてもらわねばならなかった。だからこそ仕方なく力を貸しに来たのだ。
己の弱味を見抜かれたリーシャは、自嘲気味に笑った。
「あんたも懲りないわね。ある意味、あんたを選んだ理由が分かった気がするわ。ま、いいでしょう。そこまで言うなら見届けてあげる。姫様と……竜宮葉月の行く末を」
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