第23話 vs魔王1
魔王と対峙した葉月は、未だに攻略の糸口をつかめずにいた。
ユノとハジメがセブンを追っていった後、葉月は呆気に取られている魔王へ奇襲をかける。だが、すぐに失敗だと悟った。身を翻した魔王の銃口が、後方にいるアリスとグレイシスを狙ったのだ。
即座に反応してビームを弾くも、葉月は二人の前に立つことを余儀なくされる。その間に、魔王は切断されたドラゴンの頭部がある場所まで後退。そこで陣取りながら、二丁拳銃でちまちまと牽制を続けていた。
アリスとグレイシスを護りながらの戦闘は、葉月の行動を大きく制限されてしまう。
ならば、二人をこの場から離脱させる?
いや、魔王にとって最優先で殺害すべきは葉月ではなく、蘇生スキルを持つアリスだ。
戦闘中、隙を見て彼女たちの元へ向かわれたら。もしくは『必中』のスキル名の通り、ビームに追尾性能があったとしたら、葉月には対処する術がない。二人から離れない方が無難だろう。
また、魔王の方もドラゴンの側から動く様子はなかった。
遠距離攻撃というアドバンテージを活かし、葉月を近づけさせないようビームを乱射する。少しでも射線上から外れれば後ろの二人を撃ち抜くぞと脅すように、その照準は常にアリスとグレイシスを狙っていた。
膠着状態が続き、時間だけがいたずらに過ぎていく。
だが、どう攻めれば最善なのか分からないのも事実。
動きが鈍くなるリスクを承知の上で刀身を伸ばすか。
もしくはアリスたちを狙う隙も与えないほど素早く斬り込むか。
未だ攻め方を決めかねている葉月の中に、苛立ちと焦りが募っていく。
一度思考を落ち着かせるため、魔王の挙動を警戒しながらアリスへと問いかけた。
「アリスちゃん。本の助言は出た?」
「ごめんな、さい。まだ、何も」
「そう……」
責めるのはお門違いと理解しつつも、葉月はアリスの本を恨めし気に見つめた。
ユノとハジメにセブンを追えと文字が浮かび上がって以降、ぱたりと助言が止まってしまったのだ。的確な行動を教えてくれる能力ということで、この状況を打破するための助言を葉月も期待していたのだが……。
まあ、無い物ねだりをしても意味はない。ここは自分の力で切り抜けるのみ。
「とはいえ、一つ確認しておくわ。アリスちゃん、蘇生って何回までできそう?」
「たぶん、何回でもでき、ます。でも、生き返るまでに一分くらいかかるから……」
「戦闘中に死ぬわけにはいかないってことね」
一分もあれば、魔王がアリスを撃ち抜くには十分すぎる。
死んでも復活できるという甘い考えは、今は捨てた方がよさそうだ。
「それに、魂が近くにないと無理、です。ユノお姉ちゃんたちが、もし……負けちゃっても、明日魂を探しに行けば、大丈夫だと思い、ます。けど、例えば、葉月お姉ちゃんのスカルマークみたいなのは……」
指摘され、葉月は無意識のうちに左目を触っていた。
葉月の眼帯は、ドクロの刺繍が施された派手派手しい物から、普段から身に着けている白い物へと戻っていた。おそらく、左目に呪いをかけたセブンが葉月の体内からいなくなったためだろう。相変わらず左目の視力は失ったままだが。
左目がやけに軽く、静かだ。どこか物寂しさも感じてしまう。
二年も付き添った相棒が、夢に出ていた女騎士だった。さらには本来守るべき姫を裏切り、自分だけ元の世界へ帰ろうとしていた。葉月の心境は複雑だった。
しかし今は感傷に浸っている場合ではない。
即座に思考を切り替え、葉月は数十メートル前方で悠々と佇む魔王を睨みつけた。
「埒が明かんな」
葉月とアリスが悠長に話しているのを見て、魔王が呆れ気味に声を漏らした。
魔力を節約しているのか、ビームの連射は止まっている。ただ、こそこそと密談されるのは気に食わなかったのだろう。二人の会話を遮るように、魔王は声を張り上げた。
「このまま日没を迎えるのも構わんが、《黄昏時の世界》の真実を知る者はできるだけ消しておきたいのだよ。特に、死者を蘇生させるなどというふざけた能力を持つ榎本アリスはな」
銃口を向けられ、アリスが「ひっ」と短い悲鳴を上げる。
彼女を庇うように、葉月は射線上に立ち塞がった。
「だったら、さっさと殺しに来たらどう?」
「できるわけがなかろう。帰還用のドラゴンを斬り刻まれては困るからな。新たな大型の《逢魔》にも期待はできんし、日没までのおよそ五分、俺はここを死守させてもらう」
「…………」
ブラフだ。と、葉月は直感した。
たとえドラゴンの頭が使い物にならなくなったとしても、今日無理に帰る必要はないのだ。また明日、葉月たちがいないところでゆっくり探せばいい。日没を迎えた後、無力となった葉月から逃げるのはそう難しいことではないのだから。
では、そんなはったりを口にする魔王の意図は何か。
本人も言ったように、魔王が最優先するのはアリスの殺害だ。しかし《黄昏時の世界》でのハジメの身体能力は、葉月に大きく劣る。普通に負ける可能性も考慮して、真っ向勝負は避けているのだろう。でなければ開幕と同時に攻勢に転じているはず。
つまり魔王の狙いは、異世界に逃がすまいと懐に飛び込んできた葉月をやり過ごし、後ろにいるアリスたちを殺す。そして呆然自失としている葉月を残して逃走、というところだろう。
一方、葉月の優先事項は魔王を倒すこと……ではない。
セブンの見せた記憶が事実なら、《黄昏時の世界》の自動化システムはすでに完成されているということになる。今ここで命を賭して魔王を討ったところで、異世界の侵略が止まるわけではない。
ならば、最優先は生き残ること。魔王も危惧するように、生き延びて真実を伝えること。
刺し違えるだけなら、まだいい。蘇生手段を失わないためにも、背後の二人を危険に晒してまで魔王を討ち取るという選択はできなかった。
「なら、どうする気? 私たちを消したい。でも、そこから動きたくない。そんな都合のいい我が儘が通用するとでも?」
「するさ。それを実現させる方法も、すでに我が手にある」
口元を緩めた魔王が、夜を迎え始めている上空へとビームを放った。
琥珀色の光が夜闇を一瞬だけ明るく照らした、その瞬間――四方に得体の知れない気配が生まれた。
「どこまで耐えられるかな? 竜宮葉月よ」
「――ッ!?」
スカルマークの声がなくとも判る。それだけ密度の高い《逢魔》の気配だ。
葉月の脳裏に一昨日の出来事が過る。何故大量の《逢魔》が出現したのか、今となっては理由は明白だ。ハジメの魂の中で意識を覚醒させた魔王が、何らかの方法で誘導していたのだ。実験と称し、人間を丸呑みにした巨人が現れることを期待して。
「アリスちゃん! グレイちゃん! 逃げるわよ!」
この時点で、すでに葉月の頭の中には魔王を倒すという選択肢はなかった。
たとえ魔王を異世界へ逃がそうとも、日没まで生き延びる方向へ思考をシフトさせる。
だが――、
「遅い」
数体のウォーピッグが魔王の横を駆け抜け、ものすごい勢いで迫ってくる。
いや、前方だけではない。葉月たちの背後や、中央分離帯の向こう側にも姿が見えた。
「チィッ!」
一度走り出したら止まれないウォーピッグでも、多方向から攻められれば脅威となる。彼らの進路上から退くことを余儀なくされ、二人を守るためにも数体を斬り伏せた。
そして、そのわずかなロスタイムが命取りとなる。
ウォーピッグに次いで足の速いシルバーウルフがすでに走り出しており、その後ろではリザードマンやサイクロプスなどの亜人系の《逢魔》が群れをなしてやって来る。さらに上空では己の制空権を主張するかのように、多くのワイバーンが旋回していた。
「これは……」
完全に囲まれてしまっている。巨人やドラゴンなど大型の《逢魔》がいないのは幸いだが、見える範囲だけでも一昨日の三倍は軽く超えていた。
絶体絶命の状況に歯噛みしつつも、葉月はすぐに突破口を探る。
二人を抱えて逃げる? 却下。もう刀を振らずして突破できる状況ではないし、背を向けた瞬間に魔王は撃ってくるだろう。
以前みたく刀身を伸ばして一掃する? 却下。大振りはビームの連射に対応できなくなる。というか、それができるなら最初から魔王へ斬り込んでいる。《逢魔》に気を取られて動きを鈍くさせれば、それこそ魔王の思う壺だ。
今となってはアリスの本を憎らしいとさえ思ってしまう。
ユノとハジメがいれば、これくらい楽に切り抜けられただろう。セブンは逃がしてしまうだろうが、そもそも魔王だけは確実に討ち取れていたはず。本当にこのチーム分けは最適な判断だったのだろうか?
いや。今さら疑っても、もう遅い。
葉月は己の腕時計を一瞥する。残り時間を確認したところで、覚悟を決めた。
「日没までここで耐え凌ぐわ。アリスちゃん、防御壁を展開してグレイちゃんを護って!」
「は、はい!」
アリスが呪文を唱えると、彼女たちの周りにドーム状の透明なバリアが出現した。
これはスキルとはまた別の能力、いわば魔法である。
スキルを開花させてはいけないと本から指示を受けていたアリスは、屋内に隠れて毎日のように魔法の練習をしていたのだ。そのため魔法に関してだけは、実は葉月たちよりも幾分か練度が高かったりする。
とはいえ、防御力に限っていえばユノの盾の足元にも及ばない。ゴブリン程度なら完封できるが、それ以上の《逢魔》となると少し足止めができるだけ。瞬時に修復できる強化ガラスといったところだろう。
その脆さを知る葉月は、バリアへ向かう《逢魔》を優先的に排除する。
スキル『刃渡り:変化』によって伸ばした刀身は、およそ三メートル。運動能力が損なわれないギリギリの長さを保ち、押し寄せてくる《逢魔》を次々と捌いていく。
シルバーウルフ、リザードマン、キョンシー、ゴブリン、ワイバーン。二年間練度を積んだ葉月にとっては雑魚ばかりだ。傷一つ、指一本触れられることなく、葉月は少しずつ《逢魔》の死体を作り上げていった。
しかし問題はその数だ。
多すぎる。どんな《逢魔》も一振りで絶命させられるとはいえ、《魔核》を砕くとなれば話は別。ほとんどの《逢魔》の死骸は消えずに残り続け、葉月の周りに積み重なっていく。
足場が悪い。飛び散る《逢魔》の体液で視界も悪い。
死骸の数が増えるにつれて、徐々に五感が麻痺していく。
腕時計を見る余裕もない。早く日が沈めと、心の中で一秒一秒をカウントする。
だが――この攻防を終わらせるのに、日没まで待つ必要はなかった。
背筋に寒気。葉月の直感が警鐘を鳴らす。
ゆっくりと迫って来るサイクロプスの身体が……魔王の姿を遮った。
「くっ……!」
咄嗟の判断により、葉月は無理やり身をよじった。
同時に、加熱された鉄の棒を脇腹に押し付けられた感覚が奔る。魔王の放ったビームがサイクロプスの胴体を貫き、葉月の脇腹に命中したのだ。
「葉月ちゃん!」「葉月さん!」
「そこから出ないで!」
今にも駆け寄ってきそうなアリスとグレイシスを怒鳴って制止させる。
額に汗を滲ませ苦痛に顔を歪めながらも、葉月は何とか踏ん張ってみせた。
意識が飛びそうなほどの痛み。守るものがなければ、数分耐えれば助かるという希望がなければ、すでに心が折れていただろう。
たとえ死んでも日没まで倒れるわけにはいかない。
片手で《逢魔》を斬り刻みながら、もう片方の手で脇腹の傷に回復魔法を施す。だが戦いながらの治療は応急処置にもならない。動くたびに、治したそばから傷口が広がっていく。
やがて失血量が気力を上回る。
刀を振るいながらも、葉月はその場に膝をついてしまった。
「終わりだな」
葉月の限界を見届けた魔王が、異世界へ帰還するためドラゴンの口内へと潜り込む。
薄れゆく意識の中、葉月はその背中を憎らしげに睨みつけた。
魔王を異世界に帰してはダメだ。仮に逃がすのであれば、自分たちは絶対に生き延びなければならない。
故に葉月は願う。
この窮地を切り抜けられる方法を。そのための新たなスキルの開花を!
アリスだって、死者蘇生などという世界の理を覆すような奇跡を起こせたのだ。同じ《黄昏ヒーローズ》の自分にできないはずがない!
だがしかし――、
葉月の期待とは裏腹に、奇跡は何も起こらない。
結局、捌ききれなくなった《逢魔》の大群に圧し潰され、葉月の視界は暗転してしまった。
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