第22話 vsセブン2
ぞわり。と、背筋に悪寒が奔った。
「なんだ!?」
空気の変化を感じ取ったのはユノとハジメだけでなく、セブンも同じだったようだ。
集中していた意識を周囲に分散させ、焦りながらも違和感の正体を探る。
「これは……《逢魔》の気配か!?」
幾度となく触れたことのある気配は、間違いなく《逢魔》の接近を示していた。
何が、どこから、何体やって来るのかいち早く把握するため、全身の神経を研ぎ澄ませる。しかし大気を震わせる《逢魔》の怒涛は、すぐにその姿を現した。
公園の入り口から、大量の《逢魔》がなだれ込んでくる。
「こんな時に……」
見渡せる範囲では、シルバーウルフやキョンシー、サイクロプスやリザードマンなど、一昨日にも見た《逢魔》が二十体から三十体ほど。ゴブリンにいたっては、その倍ほどの数が群れをなして押し寄せてきた。
殲滅は不可能でも、日没までの十分やそこらならユノやハジメでも十分に耐え凌げる数だ。とはいえ状況が状況なだけに今は非常にマズい。《逢魔》の隙を縫ってセブンに攻められては対応できないし、そもそもこの騒ぎに乗じて逃げられてしまう。
いや。助かったのは、むしろ自分たちの方か……?
《逢魔》に日本刀の切っ先を向けたセブンを見て、ハジメは悔しそうに下唇を噛みしめた。
だがしかし、大群の様子がおかしいことにすぐに気づく。《逢魔》はセブンどころかユノやハジメにも目もくれず、一目散に走り抜けていくのだ。まるで公園に入ったのは、近道をするためだけだと言わんばかりに。
「……どういうことだ?」
「私たちが狙いではないみたいですね」
すべての《逢魔》が何か目的でもあるかのように、一心不乱に一方向へと流れていく。
ふと、ユノが気づいた。
「あっちは、まさか……」
葉月たちがいる方角だ。《逢魔》の群れは明確に葉月のいる場所を目指している。
魔王は魔族。魔物を統べる者。もし魔王が周辺にいる《逢魔》を集結させているのだとしたら?
「うぅ、心配です……」
嫌な予感が脳裏を過り、ユノもまた苦渋の表情を浮かべていた。
だが、こちらとて他人を心配できるような状況ではない。それを知らしめるかのように、さらなる衝撃が二人を襲った。
ズンッ! と、地面が震えたのだ。
「これは……」
地震ではない。この感覚は、昨日体験したばかりだ。
顔を上げる。グレイシスを呑み込んでいた巨人と同じ種類の《逢魔》が、背の高いフェンスを押し退けるようにして公園内へと足を踏み入れてきた。
セブンの目の色が変わった。
「ふははははは! どうやら運は私に味方しているようだな!」
「待て!」
嬉々として巨人に走り向かうセブンを、ハジメは咄嗟に追った。
三人の存在を無視して進行に徹している《逢魔》だが、さすがに襲い掛かってくる敵には反応するらしい。日本刀を携えながら向かってくるセブンに向けて、巨人は金棒を振り上げる。
木偶の坊の大振りは当然のようにセブンには当たらない。地割れが走るほどの重い一撃を華麗に避けたセブンは、金棒に足を掛け腕を伝って巨人の身体を登っていく。
「その首、貸してもらうぞ!」
肩口に到達したセブンが、未だ地面を見下ろしている巨人の首を一刀両断した。
ハジメにとって、チャンスはここしかない。セブンが巨人に夢中になっている今、至近距離から奴の脳天にビームをブチ込む。一点の隙に賭け、ハジメはセブンの後頭部に銃口を突き付けた。
だがしかし……。
「そしてぇ!」
瞬く間にセブンが身体を反転させていた。巨人の首を一閃した後の残心は、すぐさま背後にいるハジメへと向く。
速い! と思った瞬間には、セブンは刀を腰に構えていた。
慌てたハジメはスキル発動も忘れて引き金を引く。しかしセブンの脳天には命中せず。頬に横一文字の焦げ跡を残しただけで逸れていった。否、この至近距離で躱されたのだ。
「予定が変わった! こいつの《魔核》を砕かれないよう、ここでお前たちを殺す!」
狂気の笑みを浮かべ、セブンは宣言する。
同時に、日本刀の切っ先がハジメの腹を貫いた。
「ぐぅ……」
巨人の皮膚から足が離れ、串刺しにされたままハジメは真っ逆さまに落ちていく。受け身は取れない。背中から地面に衝突し、刀で縫い付けられてしまった。
日本刀を引き抜いたセブンは、おまけと言わんばかりにハジメの腹を踏みつけた後、即座に駆け出した。次の狙いはユノだ。ハジメを再起できないよう、治療役を真っ先に屠る。
「まずはその鬱陶しい盾を破壊させてもらう!」
コンマの速さでユノとの距離を詰めたセブンが刀を振り上げた。
発動しているスキルは『切れ味:硬』。盾の防御力など意味が無い。
だからこそユノはわざと盾を引き、腕で刀の刃を受け止めた。
「なっ……」
「――ッ!?」
ミシャッ! と骨の折れる音が響き、腕の関節が一つ増えた。
呆気に取られるセブンに対し、苦痛に顔を歪めながらもユノは口の端を釣り上げる。
「バカですか、あなたは。防げないと分かってて盾で受けるわけがないでしょう」
それはその通りだ。が、何故わざわざ腕で受け止めたのだ? 避ければいいだけではないのか? あとで治療を施す魂胆なのだろうが、当然セブンはそんな暇を与えない。このまま全身の骨を砕き、動けなくなったところでトドメを刺すだけだ。
しかし追い詰められたはずのユノの表情は、未だ笑みを失ってはいなかった。
「私はこの時を待っていました。あなたが『切れ味:硬』のまま、不用意に接近するのを」
「なに?」
折られた腕は捨て置き、お互いの間を遮るようにして逆の手で再び盾を構える。
何が来る? セブンは一瞬で思考を巡らせた。
ユノに攻撃的なスキルはないはずだ。盾で薙ぎ払うか、敵を圧し潰すのみ。スカルマークとして葉月の左目から観察していた限りでは、防御と治療以外の大技を見たことがなかった。
少なくとも、この状況からは何もできない……はず。
思い込みが、セブンの油断を招いた。
ユノがスキルの発動を宣言する。
「『反射:メモリー』!」
刹那、盾の表面から高密度のエネルギーが発射された。ハジメの二丁拳銃から放たれるビームよりも何倍もの太さの魔力が、瞬く間にセブンの肉体を焼き尽くす。
そう、これは先ほどユノが魔王に殺された時のビームだった。
「なん……だと……!?」
高密度の魔力を一身に浴びながら、セブンの顔は驚愕に満ちていた。
ユノの『反射』というスキルは知っている。だがそれはあくまでも盾で受けた攻撃をそのまま弾き返すだけの能力であり、魔王のビームや葉月の『切れ味:硬』など、盾が破壊されるほどの攻撃では効果がないと認識していた。実際、その通りである。
しかしユノは何と言った? 『反射:メモリー』だと? 自分の死に際に魔王の攻撃を記録したとでもいうのか?
ただ彼女の言動を思い返してみれば、あからさまに狙っていたようだった。
『切れ味:硬』で攻撃してこないのかと挑発したり、発動しているスキルによってユノとハジメが分担することを、わざと聞こえるように声を張り上げていた。『切れ味:軟』が発動中では、彼女の切り札であろうビームが弾かれてしまう恐れがあったから。
やがて盾から放たれるビームが収まっていく。
まばゆい光線の中から現れたセブンは、右半身を大きく損傷しているだけだった。
「うっ……」
スキルを発動させるタイミングは完璧だったはず。だが迷いがあった。躊躇してしまった。異世界人といえど、相手も人間。しかも葉月と同じ顔。今のユノには、人を殺す覚悟などなかったのだ。
故に『反射:メモリー』の発動がほんの少しだけ遅れた。直撃を避けられるだけの隙を与えてしまったのである。
半身に大火傷を負いつつも生き延びたセブンは、肩で息をしながらユノを睨みつける。
血走った右目は、正気と冷静さを失っていた。
未だ残っている筋力で日本刀を振り上げ、怒りに支配された声で吼えた。
「クソがぁ! ぶっ殺してやる!」
「いや、死ぬのはてめえだ」
失明している左目の死角から、ハジメが銃口を突き付けた。
一切の躊躇いも無しに、静かに引き金を引く。ゼロ距離での射撃は、ハジメの練度に関係なくセブンの脳を焼き焦がしていった。
「ひゅっ……」
空気の抜けるような断末魔を最期に、事切れたセブンの身体が傾いでいく。
それを追うようにして、力尽きたハジメもその場に倒れてしまった。日本刀に突き刺され、力の限り踏まれた腹からは臓器がはみ出しているように見える。
「獅子堂先輩! 大丈夫ですか!?」
「……ああ。一昨日の拷問のおかげで少し痛みに耐性ができてたみたいだ。これも葉月のおかげだな。同じ顔にお礼ができてスッキリしたよ」
「それ、あとで本人に言っておきますね」
「悪魔か」
早く治せと、ハジメは手で催促する。ここまで無茶ができたのも、ユノのスキルがあってこそだ。
ユノが治療を施す傍らで、ハジメは溜まっていた愚痴を溢した。
「つーか、あんな大技があるなら先に言っとけよ」
「すみません。『反射:メモリー』は、過去に盾が受けた攻撃を一つだけ記憶して、一度だけ再現できる切り札だったんです。もしセブンに聞かれていたら対処されていたかもしれないので、先輩に話すことはできませんでした」
まあ、聞かされていなかったことで自然に『切れ味:硬』に固定させられたから良しとしておこう。っていうか、俺のビームが効かなくてよかったなぁ。怪我の功名ってこういうことを言うんだなぁと、ハジメは自分の弱さに少しだけ泣きたくなった。
「落ち込んでる場合じゃないですよ。傷は治しましたので、葉月先輩の所へ急ぎましょう」
周りに残っているのは、セブンが首を刎ねた巨人の死体だけだ。どこかを目指して群れをなしていた《逢魔》たちは、すでに影も形もなくなっていた。
「ああ、分かってる。早く加勢に行かないとな。けど、その前に……」
立ち上がったハジメがセブンの亡骸に銃口を向けた。
魔力の出力は最大。威力は最小限に抑えて、ビームの熱でセブンの身体を焼く。
その行為に、ユノは眉を寄せた。
「何を……しているんですか?」
「死体が元の世界に戻ったら大騒ぎになるだろ? 葉月の顔だしな」
「…………」
意味も理屈も理解できる。ハジメの行いは正しいからこそ、ユノも反論できなかった。
ただ、彼女はどうしても忌避せざるを得なかった。
人間の死体を淡々と焼けるなど、生半可な精神力ではない。また、躊躇なくセブンを撃った時もそうだ。ハジメの心の奥底に潜む黒い何かを感じ取り、ユノは獅子堂ハジメという人物に少なからず恐怖心を抱いていた。
「よく……そんなことできますね。私には到底できそうにないです」
「そうか? 合理的な判断だと思うけどな」
「合理的かもしれませんけど、普通の人は思いついても少しは躊躇うものですよ」
「普通の人、ね」
話しているうちにも、遺体の処理を終えた。
骨すらも遺っていない真っ黒な燃えカスから目を離したハジメは、ユノの方へ自虐気味な笑みを向けた。
「魔王が言ってたこと、お前も聞いてただろ? 奴らは自分の魂の波長と最も同調した人間と融和するって」
「え、ええ……」
「魔王は葉月を殺すために、近くの人間と融和する必要があった。で、その中で俺が選ばれたってわけだ。つまり俺は、この地域の誰よりも魔王に近い精神力や考え方を持ってるってことなんだよ」
「……獅子堂先輩は、そんな残酷な人間には見えませんが」
ユノは魔王がどんな人物なのかは知らない。
しかし自分の世界を守るために異世界を犠牲にしたり、領土拡大のため現地の人間を虐殺していたのは事実。その残虐性は推して知るべしだろう。今のところ、ハジメからそのような精神性を見出せてはいない。
するとハジメは目を伏せて首を横に振った。
「身体を乗っ取られてた少しの間で、魔王の性格はだいたい把握した。奴は別に残酷でも残虐でもない。非常に合理的で正義感が強いから、そう見えるってだけだ。で、俺も同じ」
そう。生まれた世界は違えど、ハジメと魔王が抱く信念は一緒だった。
「俺は何としてでもこの世界を救う。たとえ異世界人を皆殺しにしてもな」
魔王が世界の病を治療したように、ハジメも自分の世界を異世界の侵略から守り抜く。
目的のためなら手段は選ばない。敵に容赦はしない。
自らが握りしめる二丁拳銃に向け、ハジメは誓いを立てたのだった。
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