第18話 灼熱の記憶
灼熱の炎が燃え盛る大聖堂の中、セブンの聖剣が魔王の胸を貫いていた。
「残念だったな、魔王。この勝負……私の勝ちだ!」
「どうやら……そのようだな」
魔王の口からどす黒い血の塊が吐き出され、セブンは勝利を確信した。
あとはこの聖剣を引き抜くだけだ。それだけで魔王の《魔核》は粉々に砕け、幾度となく倒してきた魔物と同じように霧となって消滅する。
腹に大きな風穴を開けたセブンは、残りの力で聖剣を握りしめる。
だがしかし、最期の力を振り絞ったのは魔王も同じだった。
セブンの身体を抱きしめ、耳元でそっと囁いた。
「だが構わぬ。どのみちこの世界は……もうすぐ滅ぶのだからな」
「なにッ!?」
セブンの顔が驚愕に歪む。
魔王はさらに続けた。
「この世界は病に蝕まれているのだよ。今こうしている間にも病は進行し、あと数年もしないうちに生物の住めない荒廃した世界へと変わり果てる。魔族も人間も……いずれは滅びる運命だ」
「何故、お前がそのようなことを知っている?」
「初めて病を観測した時から、ずっと調べてきたからさ。俺は世界を救うために病状や原因を調査し、二十年ほど前から対策を立ててきたのだが……」
魔王が再び大きく血を吐いた。
「この結果だ。あと一歩で治療法が確立するというのに、まさか人間に阻まれるとはな」
「何を言って……」
「まあ、我々も焦りすぎた。世界の治療には人間が支配する領土も必要だったのでな、どうしても手に入れたかった。我々は争うべきではなかった。世界のために、魔族と人間は話し合うべきだったのかもしれん」
「そのために侵略を? まさか……領土の一部が徐々に腐敗していく現象も、お前たち魔族の仕業ではなかったと言うのか?」
「違う。我々にとって人間は取るに足らない存在だが、世界は違う。世界は我々住人が守るべき対象。意図的に傷を負わせることなどするわけがない」
「…………」
真実かどうかは判断できない。だが魔王は言っているのだ。ここ数年の間、人間の領土を侵略し続け大量虐殺を謀ったのは、病に侵されたこの世界を治療するためだったと。
「人間の騎士よ。俺の話を聞いてはくれないか?」
「…………」
「肯定と捉えよう」
どのみち魔王の死は確定しているし、自分ももう助からない。
残りわずかな命、魔王が侵略してきた理由に耳を傾けるのも悪くはなかった。
「病の進行は止まることなく世界を蝕んでいる。長年研究を続けてきたが、残念ながら治す方法は見つからなかった。だから……病そのものを別の世界へと移すことにした」
「病を移すだと? そんなことが可能なのか?」
「この世界と異世界の一部を重ね合わせる。重なり合うことで誕生した別空間に、病の進行を集中させるよう仕向けるのだよ。あとは頃合いを見計らって二つの世界を切り離す。さすれば病のほとんどは異世界の方へと流れ込むだろう。こちらの世界にも多少は残るだろうが、とりあえずの延命にはなる」
「それは……必ず成功するのか?」
「するものか。今、こうして貴様に討たれたのだからな。俺の手を離れても自動で治療が進む装置の完成まで、もう一歩だったというのに」
「もう一歩とは、どれくらいだ?」
「二年だ。二年もあれば完成する」
「…………」
話を聞き終えたセブンは顔を伏せた。
魔王を討伐することによって、魔族の侵略は止まる。だが同時に世界は病に蝕まれ、そう遠くない未来にどのみち滅ぶ。
神はなんという無慈悲な選択を迫るのだろうか。
「その話を私に信じろと言うのか?」
「信じるも信じないも貴様次第だ」
迷っている時間は無い。
歯が欠けてしまうほど食いしばったセブンが、苦渋の決断を下した。
「……分かった。お前の言葉、信じよう」
次に出た言葉は、自分でも驚くほど冷えたものだった。
手にしている聖剣に向け、わずかに残っていた魔力で回復魔法を流し込む。
「お前の《魔核》をほんの少しだけ修復した。二年だけ保つようにな。だが同時に、二年後に必ず砕けるよう呪いもかけた。お前はこの先二年間、世界を救うことだけに注力しろ」
「ああ、感謝する。もし世界の治療が成功した暁には……貴様にも礼をしよう」
「ふん、いらぬわ」
魔王の胸から聖剣を引き抜くと、支えを失ったセブンはそのまま床に倒れてしまった。
彼女には一瞥もくれず、背を向けた魔王はおぼつかない足取りでどこかへ行ってしまう。
炎が、二人の姿を包んだ。
だがセブンはまだ絶命してはいなかった。ついに下半身が引き千切れてしまった身体を酷使して、リーシャの元まで這い寄ってくる。
「聞いていたか? リーシャよ。私は魔王と取り引きをした。つまり人間を裏切ってしまったのだ。世界を救うためとはいえな。悪いがリーシャ。この事実を知ってしまったお前を野放しにするわけにはいかない」
震える手がリーシャの視界へと伸びる。
セブンの指先は、そのままリーシャの左目をえぐり取った。
「生まれ変わった後でも他言できぬよう、私はお前を監視する。いつまでもな」
最期に映ったのは、苦しみに歪むセブンの表情だった。
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