第17話 偽りの騎士

 女騎士と魔王の戦いは凄まじいものがあった。


 決して派手な破壊が繰り返されているわけではない。むしろ二人の攻撃動作はコンパクトにまとまっている。相手を屠ることだけに特化した攻撃は一手一手が一撃必殺だと、セブンの左目から戦闘を観察している葉月は感じていた。


 だが、当たらない。二人の身体に傷一つ入ることはない。


 それはお互いが数手先の行動を読み取りながら戦いに臨んでいるからだ。


 魔王の銃口はセブンが動くであろう場所にすでに向いている。


 それでもセブンは躱し続け、避けられないのなら『切れ味:軟』で弾き返す。


 セブンの刀は振るったと思えば、すでに振るい終えている。


 魔王はわずかな初動を見極めて回避。決して斬撃の軌道延長上に立つことはない。


 未来が視えているのか、もしくはダンスでもしているのかと疑ってしまうほど、二人の動きはこれ以上なく滑らかだった。


 そして何より葉月が舌を巻いたのが魔力の使い方だ。


 必要な身体の部位に必要な分だけの魔力を注ぎ、肉体の強化を図る。魔力量の調整もそうだが、驚くべきなのはそのスピードだ。必要だと判断したのと同時に体中へと魔力が送り込まれていく。まだ魔力というものに触れてから二年弱の葉月には、達人の如き芸当だと思った。


 先の読み合いと魔力強化。二つの要素が混じり合うことで、目にも止まらぬ速さでの攻防が続く。葉月も目で追うことはできているものの、実際に対応できるかは自信がなかった。


 そんな中、二人の戦闘を懐疑的に眺めている人物が一人だけ存在した。


 魔王のビームを両断したセブンが、グレイシスの側へと着地する。


「ふう、やはり強い。姫様。申し訳ありませんが、もうしばしお待ちください」


 額に浮かんだ汗が夕日でオレンジ色に輝き、体温が上昇しているのか、息がわずかに白く見える。とはいえ、そこは歴戦の騎士。わずか数呼吸で息を整えた。


 見据えるは、遠方から悠然と歩んでくる魔王。


 彼もまた、傷一つどころか呼吸一つ乱してはいない。


 軽く下唇を噛みしめたセブンは、再度斬りかかろうと刀を構える。しかし一歩踏み出すやいなや、グレイシスが止めた。


「あ、あの、セブン? 少しだけいいですか?」


「どうかしましたか? できれば魔王を討った後にしていただきたいのですが……」


 わずかに苛立ちのこもった声音でグレイシスを叱責する。するとグレイシスはビクッと肩を揺らした後、恐る恐るながらもはっきりと口にした。


「あなたは本当に……セブンなのですか?」


『えっ?』


「…………」


 思わず声を上げてしまう葉月と、無言のままのセブン。


 彼女は冷ややかな視線をグレイシスに向けると、やや早口で答えた。


「紛れもなく私はセブンですよ。サンドロス王国の一等騎士。幼い頃から姫様をお守していたではありませんか。……いえ、これは嘘でしたね。主にあなたの面倒を見ていたのはリーシャだった。……何故、私が偽物だと思われたのですか?」


 問われ、グレイシスの目が泳ぐ。


 眼球が三往復したところで、真実を確認するため彼女は理由を述べた。


「その……言いにくいのですが、最後にあなたの戦いを見た時より動きが鈍くなっているように見えるのです。弱くなっているというか、手を抜いているというか……」


「ああ、なんだ。そんなことですか」


 戦闘の素人であるグレイシスでも違和感を覚えるほどの弱体化。


 しかしセブンは些末なものだと言わんばかりに頬を綻ばせた。


「この肉体は元々葉月の物。貸していただいてからまだ数分も経っておりません。慣れるまでにはだいぶ時間を要するでしょう」


 騎士であるセブンとただの女子高生である葉月では、体格も魔力量も何もかもが違う。これだけのハンデがある中、セブンは自らの戦闘経験を活かして魔王と競り合っているのだ。もちろん、敵である魔王も同じ条件ではあるが。


 さらに言えば、身に纏う衣服もセブンに合った物ではない。ゴシックロリータのようなひらひらな衣装は、あくまでもリーシャが最も得意とする戦闘服なのだ。セブンにとっては戦いにくく、弱く見えるのは当然だろう。


「でも……」


 グレイシスが食い下がる。とはいえ、自分の方が間違っているのではないかと自信を失ってしまったかのように声が萎んでいった。


 と、迫ってきていた魔王が、ある程度の距離を置いて立ち止まった。


「もういいだろう、騎士セブンよ。お姫様もそう言っているのだ。日没まで時間があって暇だとはいえ、そろそろ茶番はやめにしないか?」


「茶番だと?」


 牙を剥いたセブンが魔王を睨みつける。


 対する魔王は薄ら笑いを浮かべていた。


「俺は別に構わんがな。しかしお姫様に説明は必要だろう? ドラゴンの中で三人仲良く身を寄せ合うためには」


『……え?』


 魔王の言葉に、葉月は耳を疑った。


 三人? どういうことだ? 誰のことを言っている?


 魔王の戯言に戸惑っている間にも、セブンが動く。


「……そうだな。茶番は終わりにしよう」


 俯いた彼女は……日本刀を鞘の中に納めてしまった。


 その背後で、グレイシスが唖然と口を開く。


「セ……ブン? これはいったい……どういうことですか?」


「こういうことですよ、姫様」


 セブンはおもむろに魔王の方へと歩き出した。


 油断を誘っているわけではない。戦闘態勢も取らない。歩みを止めることもない。


 魔王もまた、敵対者が無防備な姿を晒しているというのに銃口を向けない。


 そしてついに、セブンは魔王の横へと並び立った。


 学生服とゴスロリ衣装。外見はハジメと葉月。しかし今、中にいるのは魔王と女騎士。


 かつて敵対した者同士が、夕日を背にしながら友人のように肩を並べている。


 未だ状況を理解できていないグレイシスは、掠れる声で問いただした。


「ど、どういう……」


「ふふふ。申し訳ございません、姫様。私は魔王と手を組んだのですよ。ずいぶん前にね」


『なっ……』


 葉月が絶句した。


 セブンが笑い出す。


「葉月、お前にも説明してやるよ。夢の続きを見せることによってな」


 再びグレイシスの元へと戻ってきたセブンが、抜け殻のように脱力している彼女の手を取った。同時に、葉月とグレイシス、二人の脳裏に灼熱の光景が広がっていく――。

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