第15話 vsドラゴン

「お昼に葉月さんと出掛けた時より、ずいぶんと様変わりしてしまっているのですね……」


 変わり果てた街並みを見渡したグレイシスが、不安混じりの声で呟いた。


《黄昏時の世界》自体は昨日も体験したはずだが、巨人に喰われた衝撃でそれどころではなかったのだろう。それに正常な街並みと比較することで、《黄昏時の世界》の異常性をさらに認識したのかもしれない。


「《逢魔》との戦闘による損害もあるけど、基本的にこの世界の建物は、まるで人間が突然消滅したかのように崩壊してしまっているの。特に植物の成長具合がね。グレイちゃんの世界って、こんなに退廃的な感じではないのよね?」


「ぜ、全然ちがいます! お城はとても立派で大きいですし、街並みもすごく綺麗です。私はあまりお城から出たことがありませんが、他の国へ行く途中の草原とかじゃないと、こんな風にたくさんの植物が生えてることもありません」


 つまりグレイシスの世界でも、人間が住んでいる地域ではこうはならないというわけだ。


 異世界から侵略されかけているという観点からしても、二つの世界が融合してお互いの特徴が重なり合っているのだと葉月は考えていた。葉月の世界からは街並みが、グレイシスの世界からは荒廃と植物が、といった感じに。だがグレイシスの話を考慮すると、どうやらそれは間違っているらしい。


 いや、彼女も世界中のことを知っているわけではない。彼女が知らない地域の特徴が、この日本に現れているのかもしれない。


 どのみち、結論を出すにはまだ情報が足りなさすぎた。


「葉月さんたちの世界は、何故このようなことになっているのでしょう?」


「それはまだ何も分かっていないの。《黄昏時の世界》が最初に確認されたのは、今から二十年前……私たちが生まれる前のことだもの。原因を調べるためにも、私たちはこうして毎日調査しているわ」


「その……言いにくいのですが……」


 視線を伏せたグレイシスが、悪戯を白状する子供のように恐る恐る呟いた。


「魔物や私がこちらの世界に来ているということは、二つの世界に何か関係があるということですよね? もしかしたら……私が住む世界が悪さをしている、とか……」


 聡い子だ。と、葉月は素直に思った。


 こちらの世界が一時的に荒廃し、さらには人間にとって悪そのものである魔物までやって来てしまっている。ここまで事実を並べてやれば連想できるかもしれないが、事情を一切知らなかった子供がわずか一日でその想像に至れるものだろうか。


 同時に、第三者の目からも世界が侵略されていると見える何よりの証拠だった。


「グレイちゃんが心配することではないわ。これは為るべくして為ったことだから」


「そうだよ! グレイちゃんは何も悪くない! グレイちゃんは無事に帰ることだけを考えればいいのだ!」


「……はい」


 横からユノが励ますと、グレイシスは表情を綻ばせながら頷いた。


 いつもの国道を、四人は夕日に向かって歩く。


 どうして毎日同じ場所を目指すのか不思議に思っていたハジメだったが、葉月やユノが常に周囲を警戒していることで理解した。


 見通しの良い国道は《逢魔》の接近にいち早く気づくことができ、さらに個々の武器を自由に振るうことができる。初日の路地裏のような動きが制限されてしまう小道では、どうしても《逢魔》の襲撃に対応しにくくなるのだろう。


 もしくは、自らを餌に《逢魔》を誘っているか。


 彼女たちの目標は《黄昏時》を生き延びることだが、次点で《逢魔》の駆除もしなくてはならない。中央分離帯のある片側三車線の広い国道は、うってつけの戦闘場所と言えよう。今は大型の《逢魔》の出没を待っている最中でもあるし。


 そんなことを考えながらハジメが一人納得していると、スカルマークが吼えた。


『《逢魔》の気配だ!』


 突然の声にグレイシスがビクッと肩を揺らし、その他の三人は身構えた。


 どこから《逢魔》が接近してくるのか。今日も今日とて探すまでもなかった。


 建ち並ぶ雑居ビル群の向こう側で、天高く飛翔する巨大な影。それは迷うことなく葉月たちの元へと迫り、まるで立ちはだかるように地上へと降り立った。


「ドラ……ゴン……?」


 禍々しいその姿と対峙したグレイシスは、絶望のあまり膝をついてしまった。


 トカゲのような爬虫類の頭部。灼熱の赤い鱗で覆われた皮膚。日本刀のように鋭い鉤爪。体長七~八メートルの巨体を飛翔させられるほどの大きな翼。ひと噛みで人間を引き千切りそうな牙のある口からは、呼吸とともに炎が漏れ出ている。


 間違いない。様々な創作物で登場する伝説のモンスター、ドラゴンの姿そのものだ。


「「「《解放》!」」」


 三人が一斉に《解放》する。


 盾のユノはグレイシスを庇うようにして後退し、二丁拳銃のハジメと日本刀の葉月はドラゴンの前へと出る。


「グレイちゃん。ドラゴンを知っているの?」


「は……はい……」


 盾の後ろから聞こえてきた声は、今にも潰れてしまいそうなほど怯えきっていた。


「ドラゴンには……多くの兵がやられたと聞いています。単騎で倒せるのは、セブンをはじめとする一等騎士くらいだとも。本来なら、人里には滅多に降りてこない魔物のはずなのですが……」


 か細い声が、ついに消えてしまった。万が一にも出会ってしまったら、命を諦めるか神に祈るしかない。そう教えられているのが手に取るように分かるほど、グレイシスはドラゴンという魔物に対して絶対的な畏怖を抱いていた。


 だが、葉月の内心はまったく正反対だった。


 ドラゴンを睨む彼女の口元が、嬉しそうに吊り上がる。


「つまり私の力はすでに一等騎士のレベルに達しているということね」


「へ?」


 グレイシスの疑問に答えぬまま、葉月は前へと躍り出る。


「獅子堂君。ここは私がやるわ」


「いいのか?」


「ええ。あなたは……布団をお願い」


「んな守るべき対象を託すみたいな言い方するなよ……」


 ただの布団である。しかも今から異世界へ投棄するために持ってきただけの。


 他の《逢魔》が接近してこないかハジメが周囲を警戒し、葉月は刀を抜いてドラゴンと対峙する。


 会話が少し長かったためか、先手を打ったのはドラゴンの方だった。


 大きく開け放たれた口腔から、灼熱の炎が放たれる。


「『切れ味:軟』!」


 即座にスキルを発動した葉月は、炎のブレスをいとも容易く切断した。


 左右に逸れていく炎の真ん中で、日本刀を突き出した体勢のまま耐え忍ぶ。やがて息が続かなくなったのか、それとも獲物が丸焼きになったと確信したのか、ドラゴンが放射している炎を止めた。


 その隙を縫い、葉月がドラゴンへと飛び掛かる。


「『切れ味:解除』!」


 一閃。ドラゴンの首を目がけて日本刀が振り払われる。


 だがしかし、紙一重で避けられてしまった。その巨体には見合わない身軽さで、ドラゴンは素早いバックステップで後退する。


「チッ」


 距離を取るドラゴンに対し、葉月は悩んでいた。


 刀身を最大まで伸ばせば余裕で届く範囲だ。しかし『刃渡り:変化』のスキルには大きな弱点が二つある。


 一つは刀を振るった後の隙が大きくなること。刀身を長くすれば長くするほど動きが鈍くなるため、素早く動く相手には相性が悪い。今のドラゴンの動きを見る限り、一撃で勝負を決めなければ反撃されてしまう恐れがあった。


 もう一つは小さな的を狙って攻撃ができなくなること。


 このドラゴンの体長はおよそ七メートルから八メートル。昨日の巨人よりはだいぶ小さいものの、人間一人を覆うには十分な大きさだ。本日の実験の良い材料となるだろう。


 だから無暗に攻撃ができない。胴体を斬って《魔核》を砕いてしまったら水の泡だ。故に、まず間違いなく《魔核》が無いであろう首を狙っているのだが……長い刀身で遠くの獲物の首を斬るのは、至難の業だった。


 元の刀身のまま首を斬れるチャンスを待つか、一か八か《魔核》を砕かないよう祈りながら一刀両断するか。


 悩んでいる間にも、ドラゴンの反撃が来る。


 翼を大きく羽ばたかせて突風を起こす。風圧に怯んだ葉月がわずかに後退した。


「くっ……」


 目を細めた葉月の元へ、突風とともにドラゴンが迫る。その小さな身体を屠らんと、後ろ脚の鉤爪を薙ぎ払った。


 それを葉月は刃で受ける。衝撃により少しばかりたたらを踏んだが、持ち堪えることはできた。刀と鉤爪の鍔迫り合いだ。


 だが、これは葉月の方に分があった。


「バカね。力比べなら勝てると思った?」


 口元を綻ばせた葉月がスキルを発動させる。


「『切れ味:硬』!」


 刹那、競り合っていたドラゴンの後ろ脚が一瞬にして斬り刻まれてしまった。


 宣言した『切れ味:硬』は、対象が硬ければ硬いほど刀の切れ味が増すスキルである。つまりどんな硬い物でも斬れるようになるということだ。


 弱点としては、逆に柔らかい物が斬れにくくなること。人間の皮膚だと打撲傷程度のダメージしか負わせられなくなる。とはいえ、ハジメのビームが通用しない巨人の肉質くらいなら一刀両断することはできるが。


『ギイイイイイィィィィヤアアアアアァァァァ』


 切断された後ろ脚から血を滴らせ、ドラゴンが咆哮を轟かせた。


「このまま両手両足、さらに翼ももぎ取ってから首を落としましょうか」


 残酷だが確実なやり方だ。ドラゴンの機動力を奪った後なら、間違いなく首を切断できる。


 刀を構えた葉月が、今度は逆の脚を狙うため腰を低く落とす。


 だがその時、ドラゴンの巨体がふわりと浮いた。そのまま空へと昇っていく。


「逃げるの? 嘘でしょ!?」


 負傷しているとはいえ、《逢魔》が敵を前にして逃亡するなんてのは見たことがない。それだけあのドラゴンには知能があるということなのだろうか。


 地上から刀身を伸ばしても、胴体をぶった斬ってしまうだろう。いや、もう遅い。


 予想外の逃亡に呆気に取られるも、葉月はすぐ行動に移した。


 付近にある一番高いビルへとダッシュで向かい、そのまま外壁を駆け上る。そして屋上まで到達すると、駆けた勢いのまま大空へと跳び出した。


「『刃渡り:最長』!」


 滞空するドラゴンの元へと、最大限まで伸びた葉月の一閃が迫る。


 どうせ逃がしてしまうのなら、一か八かで斬ってしまおう。大型の《逢魔》なら、また探せばよい。


 だがしかし、空中へ飛び出した葉月は飛距離が足りないことに気づいた。


 目測で見積もっても、ドラゴンとの距離は五十メートル以上ある。日本刀では届かない。


 ダメか……。


 諦めかけた、その時だ。


 地上で瞬いたいくつもの光が、ビームとなってドラゴンを襲った。


「ッ!?」


 当てずっぽうだったためか、ビームはドラゴンの身体をかすりもしない。だが用心して避けたのが運の尽きだ。避けた分だけ、葉月とドラゴンの距離が縮む。


「獅子堂君、ナイス!」


 嬉々として声を上げた葉月が、五十メートルの日本刀を大きく薙ぎ払う。


 狙いも何もない粗暴な一閃は、見事ドラゴンの首を切断したのだった。

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