第14話 作戦会議
「…………」
おなじみの集合場所となった河野古書店の和室。《黄昏時》直前のその室内は、妙な雰囲気に包まれていた。
ハジメ、ユノ、アリス、そして未だ言葉が通じないグレイシス。その四人の意識が一斉に葉月へと集まっているのだ。いや、注目したいのは山々なのだが、直視していいものか誰もが迷っているため、意識は向けれど視線は泳いでいるという変な状況に陥ってしまっていた。
いったい葉月の身に何が起こっているのか。
端的に言えば、彼女は布団で簀巻きになっているのである。
学校を休んだ割には最後に到着した葉月とグレイシス。ハジメを追い出して戦闘服であるゴスロリ衣装に着替えた後、何故か黙々と自らの身体に布団を巻き付け始め、そのまま陸に打ち上げられた魚のように畳の上へ寝そべってしまったのだ。
この奇行には誰もが驚きのあまり目を剥いた。
意味が分からない。分からなさ過ぎて、誰も突っ込めずに今に至る。ゴスロリ衣装の女子高生が無言のまま布団の簀巻きになっているシュールな光景は、みんなの口から会話を奪っていった。
最初に痺れを切らしたのはユノだ。ハジメに向けて『訊け』と視線を送ってくる。
意思を受け取ったハジメは、やれやれと肩を落として簀巻き少女へと問いかけた。
「なあ、葉月。その布団は何なんだ?」
「河野さんに頂いたのよ。押し入れの奥で眠ってて、もう使ってないらしいから」
「簀巻きになってる方の理由を聞いたんだが……」
「だったらそう言いなさいよ」
何故か逆切れされてしまった。
その状態で睨みつけられても、何も怖くはないのだけど。
「私たちの衣服やスマホみたいに、《黄昏ヒーローズ》が身につけている物は《黄昏時の世界》に持ち込むことができるのよ」
「つまりお前はその布団を《黄昏時の世界》に持ち込みたいのか? 何のために?」
「それは後で言うわ。《黄昏時》になってからね」
煮え切らない説明に、葉月を除く一同の疑問はさらに深まったのだった。
そして《黄昏時》がやって来る。座敷はボロボロの廃墟と化し、葉月の左目の眼帯がドクロの刺繍へと変化したのだが……いつものようなダミ声の挨拶は無かった。未だグレイシスに気を遣っているのだろうか?
「時間が来たみたいね」
葉月が簀巻きを解く。無事に布団を持ち込めて安心しているようだった。
言葉が通じるようになったため、初対面のアリスとグレイシスが再び挨拶を交わす。それが終わってから、葉月は彼女に事情を伝えた。
「まずはグレイちゃん。申し訳ないけど、あなたをすぐに元の世界へ帰すことはできそうにないわ」
「やっぱり、そうだったんですか……」
希望が断たれたグレイシスは、大きく肩を落とした。
言葉は理解できなくとも、ずっと話を聞いていたのだ。何となく雰囲気で察していたのかもしれない。
「元の世界に行くだけならすぐにできると思う。大型の《逢魔》が出没すればね。でも、転移した先が安全とは限らない。グレイちゃん一人で危険地帯に放り出されたら、また魔物に襲われるかもしれないから」
可能性を指摘され、グレイシスは己の肩を抱いて身震いした。
巨人に喰われた昨日のことを思い出しているのだ。もし同じ場所に転移することになれば、他の魔物に囲まれることは容易に想像できる。今度は本当に死んでしまうかもしれない。
「もちろん私たちも同行できない。帰れる保証がないし、武器が使えるかも分からないから。……というわけで、本日の予定を考えてきたわ」
仁王立ちした葉月が、高らかに宣言した。
「グレイちゃんを元の世界に帰そう大作戦、その一!」
「んなラジオ体操みたいに言わんでも……」
「そこ、うるさい!」
指をさされ、ハジメは両手を上げて降参の意を示した。
「まずは本当に《逢魔》の死体を使って異世界に行けるか試すわ」
「どうやって?」
「そのための布団よ」
葉月は先ほど自分を包んでいた布団を見下ろした。
「人がすっぽり入ってしまうほど大型の《逢魔》を倒して、《魔核》を砕かずに死体の中に布団を入れるの。日没を迎えた時、《逢魔》の死体とともに布団が消えたら異世界へと転移されたとみていいと思う。逆に死体だけ消えて布団が残ってしまったら、この方法では異世界に行けない。別の方法を考えるしかないわ」
「なるほどな」
丸めた布団ならグレイシスの身体とそれほど大差はないし、実際にグレイシスが向こうの世界からやって来ているので、布団が転移できて人間ができないなんてことはないだろう。
「あと、次の日に同じ場所、同じ状態で戻ってきてくれればなお良しね」
「《逢魔》が死体だけでやって来るなんて事例はあるのか?」
「多少なりともあるみたい。誰が倒したか分からない《逢魔》の死体が転がってることがね。《黄昏ヒーローズ》が《黄昏時》で倒す場合、ほとんど《魔核》を砕いちゃうから往復の実例はあんまりないと思うけど」
第一の目標は本当に異世界へ転移できるかどうか実験すること。
そしてできることなら、異世界に行った《逢魔》の死体が向こうで手を加えられない限り戻ってくることを証明したい。最悪の場合、一日中死体の中で隠れていればいいのだから。
「やることは把握した。でも言っちゃなんだが……簀巻きになる必要なんてあったか? 別に布団じゃなくてもいいんだし」
「《黄昏時の世界》にある物を使っても意味ないでしょ? 元の世界じゃ消えちゃうんだし」
「あ、そっか」
この世界と《黄昏時の世界》では構造自体は同じであるが、《黄昏時の世界》で起こした事象は元の世界に反映されない。
葉月が真っ二つにした民家が顕著な例だろう。《黄昏時の世界》では倒壊してしまったが、元の世界では何事もなく未だ健在している。二つの世界は、中身が似通ってるだけの完全な別世界だということだ。
つまり《黄昏時の世界》にあるマネキンなどを《逢魔》の死体に放り込んでも、成功したか失敗したか判明しない。どのみち元の世界のその場からは消えてしまうのだから。そのため布団を持ち込む必要があったのだ。
「続いて作戦その二! グレイちゃんには手紙を書いてもらうわ」
「手紙、ですか?」
「うん。何通も書いてもらって、毎日同じ場所で《逢魔》の死体に入れる。誰かが見つけてくれることを期待してね。内容は、そうね……『私はサンドロス王国の姫、グレイシス=リ=サンドロス。訳あって現在、異世界にいます。魔物の身体を介してそちらの世界へ帰ることができるのですが、日没と同時にしか移動できません。それ故、日没時にこの場所で兵士を待機させてください。またその旨を記した手紙を魔物の死体の中に入れてください。この魔物の死体は《魔核》さえ砕かなければ、夕方に再び異世界へと転送されます』みたいな感じで」
「なるほど、異世界の方で護衛を呼ぶわけか」
「そういうこと」
毎日同じ場所で手紙の入った《逢魔》の死体を送り、誰かに見つけてもらう。そしてグレイシスを送り出す日時を示し合わせて、向こう側に護衛を待機させてもらうということだ。もしくは手紙を読んだ異世界人にこちらへ来てもらうか。そのため葉月は、《逢魔》の死体が戻って来れればなお良しと言ったのである。
ネックなのはもちろん、何日必要とするか分からない作業であること。そもそもちゃんと人間が往来する場所に死体が転移できるかどうかも不明だ。運要素がけっこうな割合を占めるため、かなり根気のいる作戦だった。
「グレイちゃん。どう? 何かもっと良い案があればいいのだけれど……」
「は、はい! 大丈夫だと思います。私も頑張ります!」
「ありがとう」
力強く意気込むグレイシスに向けて、葉月は柔和に微笑んだ。
「そうと決まれば、今日の役割分担ね。私と獅子堂君は布団が入るくらいの大型の《逢魔》を討伐しに行く。グレイちゃんはここに残って、手紙を書くのと……あとは河野さんの依頼である動画撮影もしてもらいましょう。今日のところは、こんな感じで。ユノとアリスちゃんはグレイちゃんのお手伝いをしてもらえる?」
「はい」「分っかりましたぁ!」
ユノとアリスが快く承諾してくれた。
ハジメとしても、今日は虐めメインじゃないのでホッと安堵の息を吐く。
だがしかし、この中で一人だけ葉月の決定に賛同しない人物がいた。
顔を伏せたグレイシスが、申し訳なさそうにおずおずと口を開く。
「あ、あの……葉月さんたちの言う《黄昏時の世界》って、私の世界と何か関りがあるんですよね?」
「ええ……そうよ。毎日夕方にこの《黄昏時の世界》というのが現れて、私たちみたいな一部の人間だけが入れるの。そして《逢魔》……グレイちゃんの世界から来たであろう魔物を駆逐したり、《黄昏時の世界》のことを調査しているのよ」
無駄に罪悪感を抱かせないためにも、未だ侵略という言葉を使うのは躊躇われた。それだって絶対的に確定している事実ではないだろうし。
するとグレイシスは、意を決したように葉月に向けて嘆願してきた。
「もし迷惑にならなければ、私も《黄昏時の世界》を見て回りたいんです。もしかしたら何か分かるかもしれませんし」
「迷惑だなんて、とんでもない。積極的にこの世界の解明に手を貸してくれるなら、これほどありがたいことはないわ」
事実、グレイシスが《黄昏時の世界》を見て、何か解決の手掛かりを発見できれば儲けものだ。
「予定変更。今日はみんなで外へ探索に行きましょう。私とユノと獅子堂君はグレイちゃんの護衛。それで大型の《逢魔》が出没したら、作戦その一を決行。これだと河野さんの依頼も明日以降になっちゃでしょうから……後で一緒に謝りましょうね」
「は、はい!」
「アリスちゃんはいつも通りお留守番でいい?」
「大丈夫、です」
「あ、でも、もしよかったら出発前に未来を視てもらってもいいかしら」
「未来を……?」
言われ、アリスはきょとんと首を傾げた。
未来予知。それが榎本アリスの能力である。
もちろんグレイシス以外には既知の事実だが、今まで葉月がそのような要求をしたことはなかった。だからこそアリスも、葉月の言葉をすぐに呑み込むことができなかったのだろう。
そして意味を理解するのと同時に戸惑い始めるアリスの態度も、よく分かる。
ハジメはアリスの心境を代弁するように指摘した。
「何の意味があるんだ? 他言したら未来が変わっちまうんだろ?」
「ええ。だからアリスちゃんは未来を視るだけでいい。私たちに話すことも、何か特別な反応をする必要もない。もし良からぬ事態になることが決定しているなら、未来を変えてでも外出しないって選択肢も取れるわけだし」
「なるほどな」
「アリスちゃん、どう?」
「わ、分かりました」
神妙に頷いたアリスが《解放》すると、小さな手の中に分厚い本が現れた。
軽く深呼吸して、他の四人には見えないようにページを捲る。紙面を走らせるアリスの表情には……特に変化は無かった。
「大丈夫、そうです。何か悪いことは起こらないみたい、です」
「ありがとう。でも、みんなは油断しないように。今の言葉は聞かなかったことにして、《黄昏時》が終わるまで気を引き締めること。いいわね?」
葉月の号令に、全員が首肯する。
そしてアリスに見送られながら、四人は河野古書店を後にした。
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