第11話 vs巨人

「昨日のこともあるから、今日は獅子堂君を虐め……もとい練度上げをした後、屋内で隠れて眠ることにするわね」


「今、虐めた後って言おうとしたよな!?」


 経験から学習できるのは非常に素晴らしいことなのかもしれないが、もう少し他人の気持ちも慮ってほしいものだ。今の一言で、ハジメはすでに帰りたくなっていた。


 放課後、ハジメと葉月とユノの三人は寄り道せずに河野古書店へと訪れていた。アリスも含め、奥の和室で昨日と同じように作戦会議をしているのである。


「まあ昨日ほどのことにはならないと思うけどね。今日は獅子堂君のスキルを把握するだけのつもりだから」


「スキル?」


「ユノだと『治療』みたいなものよ。本来の盾なら敵の攻撃を防ぐ用途しかないけど、スキルを使えば特殊な効果を発揮することができるわ」


 咳払いをした葉月が、説明を続けた。


「例えば私のスキルは昨日見たよね? 『刃渡り:変化』は最大五十メートルまで刀身の長さを変化させることができる。それと『切れ味:軟』は物理的に斬れない物を斬ることができるわ。水とか、気体とか、魔法とか」


「俺のビームも斬られてたもんなぁ」


 というか水や気体も斬れるのか。


 それはもう日本刀の形をした別の何かでは? と、ハジメは思った。


「説明を聞いてると、葉月のスキルは斬るだけなんだな。特殊な効果を発揮できるって前の文言といきなり矛盾してね?」


「仕方ないでしょ。私はそういう特性なんだから」


 ハジメの物言いが気に入らなかったのか、葉月は露骨に機嫌を損ねた。


 言い過ぎたと謝りつつも、ハジメは自分の手の平を見下ろす。


「俺のスキルかぁ。銃を使って……何ができるんだろ?」


「ビームを撃つ以外で何かできそうだったことは?」


「分からねぇ。……あ、でも、ある程度の狙いを定めれば必ず命中してたな。射撃なんてやったことないのに」


「もしかしたら最初から『必中』のスキルを会得してるのかもしれないわね。知らないけど」


 知らないのかよ。とツッコミを入れそうになったが、自分が把握していないスキルを他人が知ってるわけもないので、そこはぐっと呑み込んだ。


「他には?」


「うーん……実際に武器を手にしてみないことには……」


 と言って、両手を前に出したハジメが「《解放》」と宣言する。


 だが二丁拳銃が手の中に現れることはなく、ハジメは不思議そうに首を捻った。


「獅子堂君。まだ《黄昏時》じゃないから《解放》できないわよ」


「あっ」


 指摘され、ハジメは恥ずかしそうに視線を逸らした。ついでに横で見ていたアリスも昨日の自分の失態を思い出して頬を赤く染めていた。


 その様子を見ていたユノがドン引きする。


「うっわぁ。子供に恥をかかせるなんて最低ですね、獅子堂先輩。そんなに私に頬ずりしてほしかったんですかぁ?」


「んなわけあるか」


 ひどい言い草である。完全に死体蹴りだった。


「ちなみに、みんなはどんな感じでスキルを習得できたんだ?」


 習得できた時のことを聞き出せば、何か参考になるのかもしれない。


 ただ未来予知ができるアリスは特に習得したという自覚が無かったのか、ハジメと同様、他の二人に視線を移した。


「私は魔法が使える《逢魔》と遭遇した時に、何となく刀で受けたら斬れたわ」


「私は葉月先輩が怪我した時に治したいと思ったらできるようになっていましたね」


「できるようになった、というよりは、元々自分の中にあったスキルを自覚したって言った方が正しいかもね。だから習得というよりは覚醒に近いのかもしれない」


「なるほどな」


 まったくの無から覚えるよりは、まだ楽そうだった。


「ともかく、獅子堂君のスキル把握については《黄昏時》を迎えてからね」


 スキルの話を終え、四人は特に中身のない談笑をしながら《黄昏時》を待った。






『おっすー! 今日も全員生きて《黄昏時》を迎えられたみたいで一安心だぜ!』


「むしろ元の世界で死亡する可能性の方が低いんだけどね」


『んな冷てえこと言うなよ相棒。オレ様、お前たちの世界のことは何も知らないんだからさ』


 スカルマークのダミ声とともに《黄昏時》がやって来た。ハジメにとっては三度目の異世界転移である。


『んで、今日もハジメを虐めるのか?』


「やっぱり端からは虐められてるように見えるんだな……」


 ハジメはがっくりと肩を落とした。


「もちろん昨日の続きもやるわ。ただ今日は獅子堂君のスキルを確認したいと思ってるの」


「否定してくれ……」


 店に残るアリスと別れを告げた三人は、早速移動を開始した。


 まったく《逢魔》らしき気配を感じない静かな街の中を歩き、昨日と同じ国道に到着する。すると前を行く葉月が腕を組んで振り返った。


「昨日と同じように、獅子堂君には私と戦ってもらう。でもただ単に戦うだけじゃ基礎的な練度が向上するだけだから、戦いの中でスキルを意識してほしい」


「どうやって?」


「どうすれば私を倒せるか、どうすれば私の攻撃を防げるかを常に考え続けるの。銃の引き金を引く以外でそれらができると感じられたのなら、スキル獲得への第一歩ね。要は、どう生き延びるか、どう相手を処理するか考えることが大事だと思う」


「……分かった」


 今日の目的はスキル獲得を意識するとこ。昨日の訓練いじめのおかげで多少は練度も上がっているはずだから、アレほど無残な状況にはならないだろう。そう祈りながらも、ハジメは葉月と対峙する。


「「《解放》!」」


 お互いの手に日本刀と二丁拳銃が握られるのと同時に、本日の訓練が開始する。

 ……はずだった。


 突然、立つほども困難なほどの強い揺れが彼らを襲った。


「じ、地震!?」


「何か近くにある物に掴まって!」


 よろめきながらも周囲を確認する三人。すでにビスケットのようにひび割れているアスファルトはさらに亀裂が走り、廃墟になったビルからはハラハラと外壁の破片が落ちる。かなり大きな地震だ。


 だが普通の地震にしてはどこか違和感がある。揺れは一律ではなく、どしん、どしん、どしんと、まるで足音のような……。


『《逢魔》の気配だ!』


 スカルマークが叫んだ。


 何が来るのか、どこから襲ってくるのか、探すまでもなかった。


 ビルとビルの間から、のっそりと顔を出したのだ。灰色の肌をした巨大な《逢魔》が。


「きゃああああああああああああああああ!!!」


「なっ――」


 ユノは悲鳴を上げ、ハジメは絶句する。


 七階建てのビルとほぼ同じくらいの背丈。およそ十五メートルから二十メートルはあろう巨人が、ねっとりとした眼差しでこちらを見下ろしている。その右手には、巨大な金棒が握られていた。


 これほどデカい《逢魔》は、昨日の群れの中にもいなかった。一番大きくてもサイクロプスの三メートルほどだっただろう。


 だが巨人の足元に視線を移すことで、今さらながら合点がいった。


 アスファルトの道路には、隕石でも衝突したような大きなクレーターが何ヶ所もあるのだ。ただ単に荒廃しただけでは絶対に現れないような陥没の跡が。


 今なら分かる。それらは何か巨大生物の足跡だったのだ。


 つまり……目の前の巨人のような《逢魔》は何体も存在するということ。


 こんなデカい奴、どう戦えば……。


『ヴォワアアアアアア!!!』


 獲物を見つけた巨人が吼える。鼓膜に響き、ハジメはたまらず耳を塞いだ。


 威圧されて足が竦む。ダメだ。こんな化け物と戦えるわけがない。


「葉月! ユノ! に、逃げるぞ!」


 振り返り、女子二人に逃走を促す。二人が逃げ切れるまで自分が囮になることすら考えた。


 だがしかし、ハジメは見てしまった。日本刀を納め、気怠そうに手を叩きながらハジメを応援している葉月の姿を。


「いい練習相手が現れたじゃない。はい、じゃあ獅子堂君に今日の課題。この巨人を一人で倒してみてちょうだい」


「はあ!?」


 何を呑気なことを!


 あまりに悠長に構えている葉月を見て、さすがのハジメも苛立ちを覚える。


 ただ、それと同時に理解した。まさか彼女にとっては、この巨人すらも敵ではないということなのか?


 呆気に取られている間にも、巨人が金棒を振り上げた。


 ハジメの脳天を目がけて鉄の塊が迫る。


「くそっ!」


 全力の横っ飛び。練度上げによる身体能力向上の効果が出ているのか、わずか一歩で十メートルの距離を跳び退いた。


 ドゴォ! という破壊音とともにアスファルトが陥没する。直撃は逃れたが、飛び散った細かな破片が顔に触れた。


「……こりゃ触れただけでミンチだな」


 地に足をつけ、即座に反撃へと転ずる。


 巨人に銃口を向け、がむしゃらに連射。五秒間に十発以上ものビームが巨人を襲う。


 的は大きいため、全弾命中は容易。しかし肉質が硬すぎるのか、ダメージらしいダメージを与えることは叶わなかった。針の先を皮膚に刺しただけのように、巨人は命中した場所を痒そうに手で掻くばかりだ。


「マジかよ……」


 唖然としているハジメの元へ、巨人が再び金棒を薙ぎ払った。


 咄嗟にバックステップで回避するも、地面から離れた身体は風圧に負けてしまう。想定以上の距離を飛んでしまったハジメは、道路沿いにある店舗の壁に衝突し、「ぐぅ……」と呻き声を上げながら沈黙してしまった。


「獅子堂君には、このレベルの《逢魔》はまだ無理みたいね」


『最初から分かってたことじゃねえか』


 やれやれと言わんばかりに《解放》した葉月に、スカルマークは呆れたように言い放った。


 日本刀を抜いた葉月が巨人の前へと歩み出る。


「こっちよ、デカブツ。今度は私が相手してあげる」


「お、おい……」


 身体の節々から痛みを感じながらも、ハジメは葉月の戦闘に目を奪われていた。


 巨人が金棒を振り上げる。対する葉月の日本刀は爪楊枝みたいなもの。普通だったら受け止められるはずがない。そう、普通なら。


「『切れ味:硬』、『刃渡り:長』」


 葉月がスキルを発動。日本刀の刀身が伸びる。約十五メートルほど。


 一閃だ。それだけで戦いは終わりだった。


 大きく振るった葉月の日本刀が、金棒ごと巨人の胴体を真っ二つにしていった。


「はっ!?」


 思わず声を出してしまったハジメだが、さらに困惑しているのは巨人自身だった。


 斬られたことすらも理解していないのか、巨人の顔が驚きに満ちながら傾いでいく。そして一瞬にして自立できなくなった巨人の《逢魔》は、地鳴りを起こしながらアスファルトへと沈んでいった。


「…………」


 その光景を目の当たりにしていたハジメは、自分の目を疑っていた。


 攻撃方法だけでいえば、昨日、《逢魔》の群れを一掃した時と同じだ。しかし自分のビームすら通用しなかった肉質と、さらに巨大な金棒すらもバッサリ斬ってしまうなんて……いったいどれほどの練度を積めば、あのレベルまで達するというのか。


 どのみち、しばらくは葉月を本気で怒らせないようにしようと誓ったハジメだった。


 人知れずそんな決心をしていると、離れた位置で見守っていたユノが近寄ってきた。


「さすが葉月先輩、お強いです! それに対して獅子堂先輩は弱々ですねぇ」


「即行で逃げてた奴が何言ってんだ。顔真っ青だぞ」


「だって、仕方ないじゃないですか! 丸出しのぶらんぶらんだったんですよ! 完全にセクハラ《逢魔》です! むしろ冷静に対応できる葉月先輩の方がおかしいんですよ!」


「何言ってるの? あなたは犬のペニスを見ても恥ずかしがるのかしら? しないでしょ? それと同じものだと思えば平気よ」


「ペニスとか言うな」


 今の巨人は、肌の色と大きさ以外は普通の人間とほぼ同じ外見だった。犬のに例えられても正直意味が分からない。葉月はどういう線引きで物を捉えているのだろうか?


「葉月の戦闘見てて思ったんだけどさ、俺、死ぬ気で特訓する意味とかあるのかな。《逢魔》は全部お前一人で倒せばいいんじゃないか?」


「獅子堂君もこれから《黄昏時の世界》で生きていかなきゃいけないでしょ? いつも私が側にいるわけじゃない。少なくとも、一人で何とかできるレベルにはならないと」


 言われて思い出した。自分たちの第一の目的は《逢魔》を殲滅することじゃない。《黄昏時の世界》で生き残ることだ。


「それより早くあの巨人の《魔核》を砕いてよ。臭くてたまったもんじゃないわ」


「へいへい」


 後片付けを命じられ、ハジメは絶命している巨人へと近づいていく。確かに臭い。たった今死んだばかりだというのに、巨人の肉体からはすでに腐臭が漂い始めていた。《魔核》を砕けば体外にはみ出た血肉や臓器も消滅するのが救いだ。


 と、そこで気づく。


「この巨体からどうやって《魔核》を探せばいいんだよ……」


「基本的には心臓の辺りにあるはずよ。《逢魔》の種類によっては頭にある奴もいるけど……巨人はどうだったかしら?」


 とりあえず胸の辺りを虱潰しに撃ってみるか。


 そう思って銃口を向けた、その時だった。


「待って!」


 血相を変えた葉月がハジメの手を止めた。何かを警戒するように、内臓がはみ出ている切断面を凝視している。そしてそれはハジメやユノにも確認できるほど、はっきりと蠢き始めた。


「まさか……《逢魔》の中から《逢魔》が出てくるの!?」


『いや……あれは……』


 珍しくスカルマークが困惑している。《逢魔》の気配だと声を上げもしない。


 三人がじっと見守る中、ついに蠢く者がその正体を現した。


「あ……あれ? ここは……」


 巨人の血肉から生まれた何者かは、頭を抱えながらひどく混乱していた。


 腰の辺りまで届く艶やかな金色の髪は、茜色の夕日を反射する清流のよう。長いまつ毛の下の翡翠色の瞳は困惑を表しており、左右に忙しなく動いている。乳白色の肌はまるでビスクドールのように滑らかで、その精悍な容姿に似合った可愛らしいドレスを身に纏っていた。ただし現在、そのすべてが巨人の血肉で汚れて台無しになってしまっているが。


 歳の頃はハジメや葉月よりも二つか三つ下の、十三歳から十四歳。


 葉月が斬った巨人の腹から出てきたのは、まだ年端も行かない人間……お姫様のような姿をした異国の少女だった。

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