第10話 報告

「……なるほど。見られる夢の範囲が広がった、か」


 葉月の話を聞き終えた河野が、腕を組みながら神妙に頷いた。


 一刻も早くこの事実を知らせなければと思った葉月は、学校へ行く前、朝一番に河野古書店を訪れた。まだ開店前だった店内に無理やり入れてもらい、レジ台を挟んで夢の内容を伝えていたのである。


「セブンという名の女騎士。そのお供のリーシャ。……了解した。夢の中で同じ名前を聞いた人が他にもいないか調べよう。この情報は共有しても大丈夫だよね?」


「はい、大丈夫です。よろしくお願いします」


 葉月が頭を下げると、河野はメモを取る手を止めた。


 ペンで額を小突きながら、自らの考えを口にした。


「《黄昏ヒーローズ》が異世界人の生まれ変わりというのは定説だが、君の夢のおかげでその可能性が一層高まったと言えるかな。おそらく君はリーシャの生まれ変わりなのだろう。リーシャの視界を通して、毎回同じ夢を見ているわけだからね」


 葉月としてはほぼ確定と言いたいところだったが、未だ生まれ変わりという確たる証拠はない。《黄昏ヒーローズ》が特定の人物と視界を共有している、というだけだ。ただ、自分とリーシャという人物の間に何かしらの繋がりがあることは、もう否定しようがなかった。


「あの……河野さんはどう思います? 異世界が侵略してくることと、私たちが見る夢に関連性はあると思いますか?」


「ん? んー……こう言っちゃ悪いけど、僕は当事者じゃないから葉月君が立てた予想以上の意見は持てないかなぁ。少なくとも今のところはね。もう少し情報を集めて、考えはまとまってから話すよ。妄想を語っても余計に混乱させるだけだろうし」


「そうですか……」


 葉月が目を伏せる。落胆はしたが、河野の言ってることももっともだ。


 彼は《黄昏時の世界》に転移できる《黄昏ヒーローズ》ではない。故に葉月たちから聞いた話を噛み砕き、今まで調査してきたことと照らし合わさなければならない。結論を出すまでに時間がかかるのだ。


 少し焦っていたな。と、葉月は自分を戒める。


「あ、それと今の話はユノと獅子堂君にはまだ話さないでください」


「それは構わないが……どうしてだい?」


「私自身が確信を得ていないからです。もっと繰り返し同じ夢を見て、鮮明に思い出せるようになってからじゃないと……」


「それに獅子堂君を疑っているから、かな?」


「――ッ!?」


 心の中を見透かされたような言葉に、葉月は喉が引き攣るほど驚いた。


 河野の顔を直視する。彼は特に感情を表に出すことはなく、葉月の反応が図星であることを認めて頷いていた。


「どうして……そう思ったんですか?」


「僕の考えを話そう。獅子堂君は……なんていうかね、どうも呑み込みが早すぎたような気がするんだよね。《黄昏時の世界》の話をした時、驚きはすれど理解が異常に早かった。変な世界に飛ばされて、怪物に腕を切断された直後だよ? 戦ってくれと懇願しても、普通は拒絶すると思う。まあ、僕は出会ったばかりで獅子堂君のことは全然知らないから、それが彼の性格なのかもしれないけど。だから、どうして君が《黄昏ヒーローズ》に選ばれたのか考えてくれっていう宿題を出した。どう答えるのかが知りたくてね」


「あっ……」


 それを聞いた葉月は、密かに答えを与えてしまったことを後悔した。


 とはいえ、特に説明もされていない彼女を責めるのも酷だが。


「そして葉月君。君が獅子堂君に疑念を抱いてると感じたのは、こんな朝っぱらからこの店にやって来たからだ。夢の内容をメモしているなら、別に学校帰りでもよかっただろう? でもできなかった。夕方だと、ユノ君と獅子堂君も一緒だから」


「……はい」


 河野の推理通りだと、葉月は白状した。


 事実、葉月はハジメを疑っていた。その理由は昨日の出来事があったからだ。


 大量の《逢魔》が一度に襲撃してきたこと。範囲が拡大された葉月の夢。ハジメが加入した初日に、今までなかったことが二つも重なった。何かしらの関連性を疑ってしまうのも仕方のないことだろう。


「そう。昨日君の報告を聞いて、僕も変だと思ってたんだ」


「彼は何なのでしょう?」


「分からない。《黄昏ヒーローズ》とは別に異世界と関わりがある人物なのかもしれないし、本当に偶然だったのかもしれない。どちらにせよ獅子堂君は無自覚だというのが僕の予想だけど」


 それには葉月も同意した。


 だからこそユノにも伝えたくないのだ。彼女は正直者すぎて露骨に顔に出る。彼女を通してハジメに悟られることもあるだろうし、ただの取り越し苦労だった可能性も捨てきれない。


 そして何より、ユノにはハジメを疑ってほしくないのだ。今のところ、仲間関係は良好みたいだから。


「獅子堂君のことはしばらく観察するとしよう」


「分かりました」


 一通り報告を終え、葉月は一息つく。


 だが河野はそんな彼女をさっさと追い出したいようだった。


「ささ、店を開ける準備するから、葉月君は学校へ行きたまえ。今から急げば、朝礼は無理かもしれないが、一時限目の途中くらいからは参加できるだろう」


 どうせ客なんか来ないだろと思いつつ、葉月は反論する。


「眠いから奥で仮眠させてもらおうかと思ったんですが……」


「ダメダメ。学生の本分は学業だろ? 将来のためにも、しっかり勉強しなきゃ」


「…………」


 この人は、葉月に将来なんて来ると本当に思っているのだろうか?


《黄昏時の世界》を解決するまでは、もう普通の生活を送ることはできない。だから一生懸命勉強なんてしても意味はないのだ。


「学業に専念しなきゃいけないのは、親御さんとの約束だろ?」


「……嫌なことを思い出させてくれますね」


 ため息を漏らしつつも、河野にお礼を言った葉月は学校へ向かったのだった。

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