第9話 夢の続き

 薄暗い大聖堂の中。


 色鮮やかに輝くステンドグラスの前で待ち受けるのは、異形の姿。この世界を混沌の渦へと陥れた元凶、魔王だ。


 立ち向かうは女騎士。逞しく頼りがいのある背中が、一歩一歩、魔王との距離を詰めていく。


「セブン!」


 誰かが誰かの名前を叫んだ。


 ただ、声の聞こえ方が奇妙だった。普通に耳から聞こえたわけではなく、まるで身体の内部を伝って鼓膜へと届いたような……。


 そんな疑問を抱くのも束の間、前を歩く女騎士が振り返った。こちらへ向けて、優し気な笑みを浮かべる。


「私一人で大丈夫だよ、リーシャ。手出しは無用さ」


「でも!」


「私が決着をつけなければならないのだよ。この聖剣を手にした私が」


 再び魔王へと向き合った女騎士の横顔は、己の死をも覚悟したように引き締まっていた。


 もう一人の声の主は、「セブン……」と心配そうに小さく漏らす。


 ついに対峙する女騎士と魔王。


 そこで行われた戦闘は凄まじいものだった。


 最高位の魔法を両手から何発も放つ魔王。


 それらをものともせず、聖剣で弾き返しながら斬りかかる女騎士。


 両者一歩も引かない攻防が続く。


 やがて戦いの衝撃で大聖堂が崩壊を始め、倒れた燭台が周囲を炎の海へと変える。


 と、焦れた視界の主が魔王へ向けて剣を繰り出した。魔王は女騎士に手一杯で余裕がなくなり、なおかつ炎によってこちらの姿を認識できていないと判断したのだ。


 しかし魔王に隙はなかった。反撃され、視界の主は無残にも地へと伏せる。


「リーシャ!」


 女騎士が叫ぶのとともに、全力をもって魔王へ斬りかかる。


 すかさず魔王が魔法を放つ。


 下腹部に大きな風穴を開ける女騎士。だが彼女は諦めなかった。


 最後の力を振り絞り、魔王の体内にある《魔核》を砕く。


「残念だったな、魔王。この勝負……私の勝ちだ!」


「どうやら……そのようだな」


 どす黒い血を吐き出した魔王もまた、生きることを諦めているようだった。


 その時、《魔核》を砕かれ消滅を始める魔王が、いきなり女騎士を抱きしめる。


 そして彼女の耳元で、そっと囁いた。


「だが構わぬ。どのみちこの世界は……もうすぐ滅ぶのだからな」


「なにッ!?」


 女騎士の顔が驚愕に歪むのと同時に、二人は灼熱の炎に飲み込まれてしまった。






「――ッ!?」


 場面が暗転し、葉月は飛び起きた。


 全身から汗が吹き出し、さらには全力疾走した後のように肩で息をしている。過去どんな悪夢を見た時も、これほど疲弊したことはなかった。


 混乱が落ち着いてから周りを見回す。


 カーテンから漏れる月明かりが、室内の輪郭をぼんやりと浮かび上がらせている。ほぼ真っ暗ではあるが、毎日寝泊まりしている場所なので見間違えはない。ここは自分の部屋だ。


 日没を迎える前に河野古書店へ戻り、ハジメやユノと別れ、まっすぐ自宅へと帰還した。


 それから普段通りに生活し、いつもの時間に就寝する。それら一連の記憶もある。当然、今が《黄昏時》であるはずがない。


 スマホを手に取って確認。時刻は深夜四時だった。


「夢を……見た?」


 口にすることで、はっきりと自覚した。


 今日の《黄昏時》、日課の仮眠中に無理やり起こされたため、見ていたはずの夢の内容を完全に忘れてしまっていた。それを今やっと思い出したのだ。


 しかも毎日ルーチンワークのように繰り返し見ていた夢ではない。


 夢の内容が先に進んだ。……いや、時系列的には時間が戻ったのだ。


 女騎士と魔王、二人が戦い始める前へと。


「くっ……」


 ベッドから飛び降りた葉月は、照明を点けて即座にノートを引っ張り出す。たった今見た夢の内容をメモするために。


 夢の中の登場人物は、ずっと女騎士と魔王の二人だけだと思っていたのだが、実はもう一人いた。その人物の視界から、葉月は同じ光景を見ていたのだ。


 女騎士の言葉からして、その名はリーシャ。そして女騎士はセブン。


 ここからは予想だが、二人は魔王を大聖堂に追い詰めた。聖剣を手にしているセブンが戦っている最中、リーシャが魔王を攻撃したが返り討ちに遭ってしまう。何とかしてセブンが魔王を討ったのだが、生憎も相打ち。魔王は《魔核》を砕かれ、セブンとリーシャは大怪我を負ったまま灼熱の炎に包まれたので、おそらくあの場で三人とも亡くなっただろう。


 そして……言った。魔王は間違いなく言った。


 この世界は滅ぶ、と。


「……どういうこと?」


 思い出せる限りをノートに記した葉月が頭を抱えた。


 女騎士のセブンは魔王を倒した。それなのにあの世界は滅ぶのか? それで平和が訪れるのではないのか?


 この世界が侵略されていることと……どう関係があるのだ?


 ペンを置いた葉月は、夜が明けるまで一人静かに思考を巡らせていた。

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