第8話 《逢魔》の襲撃2

 その時――周囲の空気が一変した。


 同時に、ダミ声が公園中に轟く。


『《逢魔》の気配だ!』


「「――ッ!?」」


 弾かれるようにベンチから立ち上がった二人が《解放》する。お互いの手元に盾と二丁拳銃が収まったのを確認してから、公園内を大きく見回した。


《逢魔》の姿はすぐに視認できた。ここからは少し距離があるものの、公園の入り口付近で牙が異様に発達したイノシシのような怪物が三匹、蹄を蹴っている。


「ウォーピッグ!」


「知ってるのか?」


「見ての通りイノシシ型の《逢魔》です。ものすごい勢いで突進してくるんですが、走り出した後は壁にぶつかるまで止まることも方向を変えることもできません。なのでウォーピッグが動き出したらすぐに直線上から離れて、壁に衝突したところを狙えば簡単に倒せる《逢魔》なんですが……」


 ユノはチラリと背後を一瞥した。


 後ろには未だに寝息を立ててる葉月がいる。避ける戦略は選べない。


 そうこうしている間にも、三匹のウォーピッグが動き出した。


「私が受けます。止まったら撃ってください!」


「分かった!」


 とはいえ接近される前に仕留められれば御の字だ。ハジメはウォーピッグに銃口を向けて連射する。


 しかしウォーピッグの突進力が強いのか、それともハジメの練度が足りていないのか、額に当たりはすれどダメージを与えられている様子はなかった。


「あまり魔力を無駄遣いしないでください! 『反射リフレクション』!」


 盾を構えたユノが重心を落とす。


 三匹のウォーピッグが一心不乱に次々とぶち当たる。するとまるでゴム材質のような弾力性のある壁にでも衝突したかのように、奴らは弾き飛ばされてしまった。


 弧を描いて押し戻されたウォーピッグが、無様にも地面にひっくり返る。


「今ですよ!」


 ハジメが引き金を引く。当然のごとく全弾命中。腹に穴を開けたウォーピッグが断末魔の雄叫びを上げた。


 絶命まではしていないようだったが、もう起き上がる様子はなさそうだ。


 とりあえずの危機は去ったと一息ついた二人だったが……まだ終わりではなかった。


『ぼさっとしてんな! まだ《逢魔》の気配は消えちゃいねえぜ! 今度は……上だ!』


 スカルマークのダミ声とともに、東屋の屋根から大量の小人が降ってきた。


 背丈はハジメの腰辺りまでしかなく、犬のような顔には大きな角が生えている。手にハサミ程度の小さな斧を所持した怪物だ。


「ゴブリン!?」


 驚きながらも、ユノは盾を薙ぎ払った。衝突したゴブリンは紙のように吹っ飛ばされる。


 ハジメもまた次々に落ちてくるゴブリンたちを脚で蹴散らしながら、一匹一匹狙いを定めてビームを撃っていく。


 だが数が多い。多すぎる。軽く見積もっても三十体近くはいるだろう。手にしている斧は例外なく弱々しいものであり、大きく振りかぶっても大した怪我にはならなさそうだが、それでも刃物には違いない。


「ぎゃー! お尻触られました!」


「こんな時に、んなこと気にするな!」


「後ろに回られてるってことですよ! 私、前は無敵ですけど後方は無防備なんですから獅子堂先輩なんとかしてください!」


「俺もそれどころじゃねえよ!」


 脚で蹴散らしても諦めずに立ち向かってくる。武器でしかトドメを刺せないのだろうが、一度に二匹ずつしか処理できないため間に合わない。


 ふと、そこで気づいた。ユノの後ろにいるということは……。


『おい! 葉月の上に一匹いるぞ! 助けてやれ!』


 スカルマークの声。振り返れば、葉月の上に乗ったゴブリンが斧を振り上げていた。


「くそっ!」


 鈍らの刃物だとはいえ、無防備に斬りつけられるのはさすがにマズい。咄嗟に動いたハジメは腕でゴブリンを払い、地面に落ちたところをビームで貫いた。


 それでも未だ起きない葉月に向け、ハジメは歯噛みをする。


「つーかこんな状況になってもまだ起きないとか、どんだけ寝つきがいいんだよ!」


『オレ様が声を掛けとく! ハジメは守ってやってくれ!』


 仕方ないと息を吐いたハジメは、正面に向き直る。


 ユノがあらかた駆除してくれたのか、ゴブリンの勢いはだいぶ落ち着いていた。しかし遠方を見つめながら顔面を蒼白にしているユノの態度が、今まで以上の非常事態が起きていることを示している。


「なんですか……あれ」


 視線の先には、大量に蠢く《逢魔》の影があった。


 狼のような毛並みをした獣、シルバーウルフ。二足歩行するトカゲ顔のリザードマン。身長三メートルはあろう一つ目の巨人、サイクロプス。意思をもって動くマネキン、ペッパードール。そして先ほどのゴブリンが多数。


 目に映る数だけでも、五十体以上の《逢魔》が集結していた。


「な、なんでこんなに……」


 声を震わせたユノが一歩引き下がった。


 同時に、《逢魔》の群れが進軍を開始する。


「とにかく今は抵抗しろ!」


 ハジメが銃口を向けた。


 日没まで逃げるという選択肢も浮かんだが、背後もまた《逢魔》の群れに囲まれているようだった。高いフェンスで仕切られているためすぐには乗り越えてこないだろうが、壊されるのも時間の問題だ。逃げるにしても、どこか一点を突破するために戦わなければ。


 まずは一番足の速いシルバーウルフが疾走してくる。


 すかさずビームで応戦。スピード重視の《逢魔》には避けられると思ったが、この武器にはあまり関係ないようだ。狙いを定めて引き金を引くだけで、見事シルバーウルフに命中する。しかもウォーピッグよりも肉質が柔らかいのか、顔面から受けたビームはそのまま胴体を貫いていった。


 だが速すぎる。連射も間に合わず、あっという間に懐まで接近を許してしまった。


「近距離は私に任せてください!」


 飛び掛かってきたシルバーウルフを、ユノは盾で薙ぎ払った。


 言葉通りシルバーウルフは彼女に任せ、ハジメはまだ距離のある《逢魔》へと照準を絞る。


 その瞬間――。


『ハジメ! 横だ!』


「えっ!?」


 首を回せば、昨日襲ってきたキョンシーの《逢魔》がいつの間にか間合いに入っていた。


 鎌を大きく振り上げる。銃口を向けるのは間に合わない。咄嗟の判断で、ハジメは腕を上げた。


 脳裏に昨日のトラウマが過ったが……昨日とは結果が違った。


 斬りつけられた右手首に痛みが奔る。だが切断はされていない。肉は裂けたが、骨で受け止めていた。


 相手の動きが止まったところでトリガーを引く。放たれたビームがキョンシーの頭部を吹っ飛ばしていった。


「地獄の特訓の成果が出てるってことかな」


 あまりしたくもない感謝は心の中に留め、再び前へと向き直る。


《逢魔》の群れは、もうそこまで迫っている。とても二人で対応できる数ではなかった。


「葉月! 起きろ!」


「起きてください、葉月先輩ぃ!」


『さっさと目を覚ませや相棒!』


 ハジメは乱射して足止めし、ユノは盾で薙ぎ払いながら葉月の覚醒を求める。


 その瞬間、ようやく背後で衣擦れの音がした。


「……ったく、うるさいわね。おちおち寝てられやしないわ」


「今はそんな場合じゃねえんだってば!」


 起き抜けで髪を整える葉月を、ハジメは叱咤した。


 とはいえ、今さら葉月が起きたところで意味はあるのか? 《逢魔》の数は未だ三十体近くはいる。戦力が増えれば多少は楽になるだろうし、逃げる時に葉月を抱える手間は省けるが、その前に何とかして突破方法を考えなくては……。


 しかし自分の考えは甘すぎたのだと、ハジメはすぐに知ることになる。


 立ち上がった葉月が、気怠そうに言った。


「分かったわ。なんだか大変なことになってるようだから、さっさと片付けるわね。二人とも跳んでちょうだい」


「は?」


「いいから跳べ!」


 葉月の怒声とともに、ハジメとユノは全力で地面を蹴った。


 驚いたことに、ハジメの垂直跳びは地上五メートルもの高さに到達していた。おそらくこれも練度上げの賜物なのだろう。隣を跳ぶユノは、その倍の十メートルには達していたが。


 頂点に達したところで、ハジメは足元を見下ろした。


 そこで目の当たりにする。葉月が《逢魔》の群れを一掃している光景を。


「『刃渡り:最長』」


 前方に構えた葉月の日本刀が、一瞬にして伸びた。その長さ約五十メートル!


 刀身を水平に保った葉月は、そのまま除草機で草でも刈るように己の身体を一回転させる。彼女の刀に斬れない物はないのか、フェンスや東屋の柱、道路向こうの民家や遊具など、半径五十メートル以内に存在するありとあらゆる物体ごと《逢魔》の群れをぶった斬っていった。


 二人が地面へ着地する頃には、すべてが終わっていた。


 広がるのは凄惨な光景。公園内のグラウンドや斬り落とされたフェンスの向こう側に、無数の死体が転がっている。さらに公園に隣接する民家は音を立てて倒壊していった。《黄昏時》の廃墟でなければ大事故ものである。


 刀身を元の長さに戻した葉月は、これくらいは朝飯前と言わんばかりに大きな欠伸をかましてベンチへと腰かけた。


「仕上げはお願いするわ」


「…………」


 あれだけの群れを一撃で倒した葉月の能力に、ハジメは呆気に取られてしまう。


「《逢魔》は……全滅してないのか?」


「当たり前でしょ? あの程度で全滅しているわけがないわ」


 日本刀は何者にも阻まれることなく《逢魔》たちを真っ二つにしていった。


 ただ《逢魔》にも体格差があるのだ。例えばサイクロプスは両脚を切断されただけだし、刀身よりも低い位置にいたシルバーウルフは背中の肉を抉られて悶え苦しんでいる。ちょうど首の位置だったゴブリンや胴体を真っ二つにされたリザードマンは、ほとんど絶命しているようだったが。


 確かに一回転だけではすべてを殺しきれていない。だが未だ襲って来ようとするほど傷の浅い《逢魔》も見当たらないので、実質全滅と言っても過言ではなかった。


「さっすが葉月先輩。尊敬します!」


「いいから早くして。また別の《逢魔》が来るかもしれないわよ」


 嬉しそうに頬ずりするユノを、葉月は煩わしそうに引き剥がした。


「《逢魔》の体内には《魔核》と呼ばれる核があるの。それを砕かない限り《逢魔》は消滅しないわ。ま、死体を遺しておいたところで復活するわけじゃないんだけどね」


 ハジメも見ていた。一刀両断されて死体が残っている奴もいれば、一瞬にして黒い霧となって蒸発した奴もいる。おそらくちょうど魔核を切断されたのだろう。


 言われるがまま、ハジメとユノは残った《逢魔》の《魔核》を砕く作業に移る。すでに息の無い死体ならともかく、悶え苦しみながらも無抵抗の怪物にビームを向けるのはちょっとだけ気が引けた。


「ってか、こんな強いんだったら最初からやってくれ」


「聞こえてるわよー。私だっていきなり起こされたから、見てた夢の内容が全部吹っ飛んじゃったのよ。勘弁してほしいわ」


 何故か逆切れして頬を膨らませる葉月。


 死んだら夢どころの話じゃないんだっつーの。と、ハジメは不貞腐れる。


「ささ、日没まで残り十分くらいよ。今日もこの恰好で帰りたくないから、早く殲滅してちょうだいな」


「お前も手伝えよ。というか、この行為に意味はあるのだろうか……」


 真っ二つにされた死体が蘇ることはないし、日没が訪れれば勝手に消える。なので普通の人の目に触れることもない。生き残ってる奴のトドメはともかく、《魔核》を砕くまで徹底的にやる必要はあるのか。


 そして何より、葉月がゴスロリ衣装で帰宅する羽目になろうがハジメには関係なかった。


「なあ、葉月。一つ訊いていいか?」


「なに?」


「こんな大量の《逢魔》が押し寄せてくるなんて……普通じゃないよな?」


「…………」


 葉月が押し黙った。何か深く考え込むように眉間に皺を寄せている。


 思うところがあるのか? と問おうとする前に、彼女は口を開いた。


「数……だけならあり得なくもないわ。ゴブリンだって基本は二十体から三十体の集団で群れているから、二つの群れが偶然にも同じタイミングで襲ってこればこれくらいの数にはなると思う。でも……まったく違う種類の《逢魔》が徒党を組んで襲撃してくるなんてのは……私も知らない」


「つまり前例が無いんだな?」


「そうね。偶然ってこともなくはないんだけど……」


 葉月は、ほぼ消滅しかけている《逢魔》の死体を見回した。


 だいたい六種類、七種類くらいの《逢魔》が一度に襲ってきた。一日の平均が二組から三組くらいと言っていたので、この数は明らかに異常だ。


 そして偶然じゃないということは、何者かの意思が介入してそうさせている。そう疑わざるを得なかった。

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