第5話 《解放》
《黄昏時》を迎えた瞬間、室内の温度が下がった……ような気がした。
実際には変わっていないのだろうが、様変わりした和室を見回してしまっては肝も冷えるというもの。
面積や置いてある家具などは、元の世界と同じ。しかし何年も放置された廃墟のように、壁や襖などが一瞬にして朽ちてしまっていた。
ハジメも含め、ここにいる四人の《黄昏ヒーローズ》に関しては特に変化はない。
ただ一人、一ヶ所を除いては。
『おーっす! 今日も全員生きて《黄昏時》に戻って来れたみてえだな!』
葉月の言葉通り、左目の眼帯がドクロの刺繍がされた物へと変わる。
ただ、それだけではない。ドクロの口の部分が開き、言葉を放ったのだ。
唐突に聞こえてきたダミ声に、ハジメは驚愕のあまり放心してしまった。
「えっ……なんで眼帯が喋って……」
『おう、昨日の坊主も健在か! オレ様はスカルマーク。よろしくな!』
「自己紹介が唐突すぎる……」
眼帯の主である葉月が呆れて頭を抱えた。
「こいつの名前はスカルマーク。何故か私の左目に棲みついてる相棒よ」
『おいおい、棲みついてるなんてのは人聞きが悪ぃな! オレ様が寄生虫だってか? ……いや、違いねえな。オレ様は葉月の寄生虫、スカルマークだ! ゲッハッハ』
「話が進まないから、ちょっと黙っててくれる?」
葉月が注意すると、スカルマークは完全に沈黙してしまった。主には逆らえないのか。
未だ事態を呑み込めていないハジメは、瞬きも忘れて葉月の右目へと視線を合わせた。
「えっと……俺はどういう反応をすりゃいいんだ?」
「ありのままを受け入れてちょうだい」
「《黄昏時》に出てくるってことは、この世界特有のものなんだよな? なんで竜宮の左目だけそんな変な物が付いてるんだ?」
『変な物とはお言葉だな、坊主。つっても、オレ様自身もオレ様のことは何一つ分かっちゃいねえんだけどな。だから葉月の左目に棲みついてるご意見番って認識でいいぜ。おっと、自分で棲みついてるなんて言っちまったな。ゲッハッハ』
変な物というか、変な奴だ。テンションがおかしい。
「例えば何らかの理由で眼帯として封印されたとか?」
『なんだそりゃ、ゲームの設定か何かか? オレ様には何の記憶もねえのよ。あるのは《黄昏時の世界》の知識だけさ』
「スカルマークがいたからこそ、私がこの世界に転移した時は特に慌てふためくことはなかったわ。だから一応感謝してる」
むしろ、いきなりこんな奴が自分の目に現れたら混乱しそうなものだが。
葉月とは根本的に物の捉え方が違うようである。
『それと小僧。こいつのことは葉月って呼んでやってくれ。苗字と名前じゃ、呼ばれた時のバイタルが段違いみたいだからな』
「ああ、分かった」
「分かるな! 今まで通り竜宮でいいから!」
少しだけ頬を紅潮させて反抗する葉月。どうやら血行は良くなったみたいだ。
その横で、何故かユノが「なんでちょっと良い雰囲気になってるんですかぁ!? ずるいですぅ!」と嘆いていたが、何かの発作だと思うので無視した。
「とにかく! さっさと外へ行くわよ。アリスちゃんはお留守番しててね」
「あ、はい。気をつけて、いってらっしゃい」
部屋の奥で隠れるアリスに見送られ、ハジメと葉月とユノ、そしてスカルマークという名の不思議な生物(?)は河野古書店を後にした。
茜色に染まる住宅街を歩きながら、葉月が《黄昏時》での目的について解説する。
「《黄昏時の世界》で一番優先すべきなのは生き残ること。《逢魔》の殲滅は二の次。だから私たちは積極的に《逢魔》を探したりはしない。街中を歩いて《逢魔》を発見したら倒す。やることはただそれだけよ」
「じゃあ、やっぱりずっと隠れてても問題ないんだな」
「基本はね。でも河野さんからも聞いたかもしれないけど、放っておくと《逢魔》は増えるみたいだから、安全のためにもできるだけ倒した方がいい。それに戦う能力があって、倒すべき怪物が存在する。戦うことがこの世界の秘密を解き明かすヒントになるかもしれないから、やれるべきことはやった方がいいと私は思うの」
「なるほどな」
最終的には、異世界の侵略を何とかしなければならない。解決の糸口を探すためにも行動した方が良いのは合理的であり、降りかかる火の粉は払うのは当然だった。
「ちなみに、今どこに向かってるんだ?」
河野古書店を出てから迷いのない足取りで歩いているものだから、どこか目的地があるのだと思ってた。ユノがどうかは知らないが、ハジメは葉月に付いてきてるだけだ。
「ちょっと広めの場所を目指してるの。今日は《新参者》がいるから」
「?」
戦い方のレクチャーでもしてくれるのだろうか?
周囲を警戒しながら、おっかなびっくり葉月の背中について行く。
数分ほど歩くと、中央分離帯のある片側三車線の広い国道に出た。
その間、《逢魔》が襲ってくることはなかった。
「そんなにビビらなくても、頻繁に《逢魔》と遭遇することはないわ。あなたも私に会うまで生き延びてたわけでしょ?」
「そういえば、そうだったな」
キョンシーに襲われるまで一時間ほど街中を彷徨っていたのに、他の《逢魔》に出会う気配はまったくなかった。元々がこれくらいのエンカウント率なのか、それとも葉月たちが駆除してくれているからなのか。
「そんなものよ。普通に歩いてても、一日で遭遇するのはだいたい二組三組くらい。しかも私の場合は《逢魔》の気配を感じたらスカルマークが警告してくれるから、気を張るだけ無駄」
『おう、任せとけ!』
ダミ声が意気込む。確かに昨日、同じ声で『《逢魔》の気配だ!』というのを聞いたような気がする。
廃車が散乱する国道の真ん中まで出たところで、葉月が振り返った。
「じゃあ、そろそろ《
「どうやるんだ?」
「手を前に出して《解放》って言うだけでできるはずよ」
果たして、どんな武器種が出てくるのか。
年甲斐もなく胸を躍らせたハジメは、両手を掲げて高らかに宣言した。
「《解放》!」
その瞬間――頭に鋭い痛みが奔った。
前頭部から後頭部にかけて、脳にいくつもの針が刺さったような感覚がハジメを襲う。あまりの激痛に耐えられず、ハジメは頭を押さえながら膝をついてしまった。
「先輩、どうしたんですか?」
珍しく心配そうな声をしたユノが覗き込む。
その時点では、すでに頭痛は治まっていた。
「いや……大丈夫だ。何でもない。ってか、これ……」
ハジメの手には、いつの間にか大型の自動拳銃が握られていた。
しかも二丁、両手に一つずつである。
「これが俺の武器……」
「獅子堂君の武器は『銃』なのね。はんっ、まったく面白味もない」
「日本刀に言われたかねえよ!」
だが葉月の皮肉も通じないほど、今のハジメは興奮していた。
少年のように瞳を輝かせながら、手にした銃を隅々まで眺め始める。
「マジかぁ、かっけえな! デザートイーグルに似てるけど……何の銃だろう。写真撮って後で調べてみるか」
「銃の名前とかはどうでもいいけど……」
呆れた葉月が水を差す。
「大切なのは性能よ。試しに撃ってみて」
「ああ、分かった」
空に向けてトリガーを引く。
銃口から発射されたのは銃弾ではなく、琥珀色に輝く細長い光の筋だった。
「おい、ビームが出たぞ!?」
「……魔法みたいね。もしかしたら獅子堂君の魔力を圧縮して放っているのかもしれない。実弾とか無くても撃てるけど、あまりに乱発しすぎると魔力が尽きて疲労困憊になってしまう……と私は推測するわ」
「俺、魔力なんて持ってないけど!?」
「自覚がないだけよ。《黄昏時の世界》にいる間は少なからずあるはず」
さて……と、葉月が本題に入る。
「武器種も分かったところで、今日やるのは《新参者》である獅子堂君の練度上げよ」
「練度上げ?」
「男の子だったらレベル上げって言った方が伝わるかもしれないわね。私たち《黄昏ヒーローズ》は、戦えば戦うほど能力がアップしていくの」
「マジか。ゲームみたいだな」
「そうね……まずはステータスを確認したいから、《解放》の時と同じように、手を前に出して『ステータス、オープン』って言ってみて」
「お、おう!」
まるでラノベの主人公になった気分だ。
募っていく興奮を隠しきれないまま、ハジメは意気揚々と宣言した。
「『ステータス、オープン』!」
だが何も起こらなかった。
アニメで見るような透明な立体映像が出るのはもちろん、《解放》時にあった頭痛が起こることも、どこかにステータスらしき数字が表示されることも。
聞こえてくるのは、人を小馬鹿にしたような女の子二人の小声だけだった。
「ぷーくすくす。本当にやったわよ、あの人」
「獅子堂先輩って、こういうの好きそうですもんねぇ」
どうやらステータス云々は嘘だったらしい。
からかわれたことを認識するやいなや、ハジメの顔がみるみるうちに赤くなっていった。
「よくも騙したな! こっちは生き残りたくて必死だっつーのに!」
「ごめんなさい。獅子堂君があんまりにも嬉しそうだったから、ついね」
「次やったらコイツで撃ち抜いてやるからな」
脅しの意味を込めて二人の方へ銃口を向けるも、もちろん本気で撃つつもりはない。が、葉月は半笑いのまま挑発するように手をこまねいてみせた。
「別に今でもいいわよ。試しにその銃で私を撃ってみなさい」
「は?」
訳が分からず、ハジメは己の銃と葉月の顔を交互に見やる。
「いくら何でも危なすぎるだろ」
「たぶん大丈夫よ」
少しだけ躊躇ったが、やれと言われたのだから仕方がない。
ハジメが銃を構える。狙いは葉月の眉間。引き金を引くと、先ほど同じように豪快な発射音を放ちながらレーザービームが炸裂した。
葉月は動かないのか動けないのか、静かにビームを受け入れる。そのため狙い通り彼女の眉間に命中したのだが……ビームが頭を貫通するということはなく、スコンッ! と小気味の良い音を立てて葉月の首が後ろへと弾かれた。
ゆっくりと首の角度を戻した葉月が、得意げに笑う。
「こういうことよ。私の練度が高いのと、獅子堂君の練度が低すぎるからまったくダメージが入らないの。練度を高めることによって、攻撃力や防御力を高めることができるわ」
「涙目になってんじゃねーか!」
しかも命中した額がほんのり焦げているようだった。
絶対やせ我慢しているに違いない!
「ちょっと獅子堂先輩! 普通、女の子の顔とか狙いますぅ!?」
『小僧! オレ様に当たったらどうするんだよ!』
「そっちが撃てって言ったんだろうが!」
言われた通りにやっただけなのに、何故か批難轟々だった。
ユノが葉月に治療魔法を当てている間、ハジメは問いかける。
「で、その練度ってのはどうやって上げられるんだ? ゲームみたいに《逢魔》を倒せばいいのか?」
「それが一番手っ取り早いんだけど、さっきも言ったように《逢魔》とはそれほど遭遇しないし、練度の低い獅子堂君がいきなり戦うのは危険が伴うからあまりお勧めしないわ」
「んじゃあ、どうすれば?」
「獅子堂君には私と戦ってもらう」
「は?」
治療を終えた葉月が《解放》と宣言する。すると、彼女の手に日本刀が出現した。
刹那――ハジメの胸に、横一文字の切り傷が入る。
「へ?」
斬られたと理解した瞬間には、ハジメはすでに地面に倒れていた。
「それじゃあ戦闘開始ね」
茜色に染まる空を背景に、仰向けのハジメを覗き込んだゴスロリ衣装の悪魔は嗜虐的な笑みを見せるのだった。
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