臼殺の童

白兎

第1話

 臼殺うすごろわらべ。それは口減らしに石臼で圧死されたわらべ



 東北のとある宿が話題になっていた。


「ねえ、座敷童子が出る宿、一緒に行こうよ」

 山崎多絵は、職場の同僚を誘った。

「私はそういうの、あんまり興味ないんだけど……」

 あっさり断られた。


 多絵は、長い付き合いのある友人に連絡してみた。

「あっ、紗季? 久しぶり~。元気だった?」

 高校を卒業して二年、まったく連絡も取っていなかったが、紗季は懐かしい友人からの電話に喜んだ。

「多絵、久しぶりだね。私は元気だよ。多絵も元気そうじゃん」

「うん。あのさ~。最近話題になっている宿に行きたいんだけれど、誘える人がいなくてさ、一緒に行って欲しいんだけど……」

 二年ぶりの連絡で、いきなり旅行に誘うとは、相変わらずゴーイング・マイ・ウェイな多絵の性格を思い出し、苦笑いした紗季。

「いいよ。いつ行くの?」

 二人の日程の調整で、旅行の日時が決まった。


 それはお盆の只中だった。

「こんな旅行シーズンによく予約できたよね」

 紗季が言うと、

「急に空きが出来て、超ラッキーだったんだよ。これも、座敷童子の幸運かも?」

 と多絵がはしゃいだ。

 奥深い山の何もない所に、その宿はあった。大きくて立派な古民家で、妖怪が出てもおかしくなさそうな雰囲気を醸し出していた。

「わぁ~。すごいね。迫力ある。いい画力えぢからだよ」

 多絵がスマホのカメラで動画や写真を撮っていると、

「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。どうぞこちらへ」

 宿の者が出てきて、声をかけて来た。

「あっ、どうも。おじゃまします」

 二人は部屋へ案内された。

「この部屋が、座敷童子の出る部屋です。壁に掛けた浴衣が、風もないのに揺れるんですよ。話しかけてあげると、反応してくれるそうです。夕食は七時頃にお持ち致します」

 そう言って、宿の者は戻っていった。


「わぁ~。これ、テレビで紹介されてた。なんだか、ワクワクするね」

 多絵は好きでこの宿に来たのだろうが、誘われた紗季には、正直、興味などなかった。座敷童子なんているわけがない。妖怪も、幽霊も、見た事がないのだから、その存在を認める事は出来ない。紗季はかたくなにそう思っていた。


「お食事をお持ち致しました」

 七時ちょうどに、宿の者が食事を運んできた。

「ありがとうございます」

 二人はお礼を言って、食事を始めた。

「何も起きないね」

 多絵はつまらなそうに言った。

「もっと遅い時間にならないと活動しないんじゃない?」

 紗季は適当に話を合わせた。

「そうだよね? そう言う事だよね? あれよ、丑三つ時とか、そういう時間にならないと出てこないんだよ」

 多絵は本当に信じているようだった。


 食事を終え、風呂に入り部屋へ戻ると、布団が敷かれていた。

「わぁ~。畳に布団って、時代劇だね。この空間だけ時代が遡っているみたいでいいねぇ」

 多絵は、常に楽しそうだった。


 学生の頃と少しも変わらない。そうだ、こんな無邪気な多絵だからこそ、友達になったんだと、紗季は当時の事を思い出した。出会ったのは中学の頃で、一緒に部活動に励み、卒業して、地元の公立の高校に入学した。二人とも学力は平均だったから、必然的に同じ高校に進学したのだった。多絵といると楽しかった。少し控えめで、根暗な紗季を、多絵は強引に連れまわしていたが、彼女には何の悪気もなかった。紗季にしても、誘われなければ、一人ぼっちになっていたに違いない。だから、多絵が友達で本当に良かったと感謝していた。


「私はそろそろ寝るけど、多絵はまだ起きているの?」

「もちろんよ。この目で座敷童子を見るの。スマホのカメラで撮れるといいんだけれど」

「そう。じゃ、おやすみ」

 紗季はそう言って、眠った。


「座敷童子さ~ん。出ておいで。一緒に遊びましょ」

 多絵は、バッグから玩具を取り出した。紙風船にお手玉、毬、羽子板と羽といった、古風なものだった。

 真夏の夜、部屋のエアコンは冷房モードで作動している。宿の者が風もないのに浴衣が揺れると言ったか、エアコンの風が当たって浴衣が揺れている。

「浴衣が揺れるって、これだったの? なんだか白けるなぁ。でも、物音がしたり、オーブが見えたりしたって言うし、絶対いるわ」

 そう言いながら、多絵はスマホで撮影していた。すると、

「あ~そ~ぼ」

 微かにそう聞こえた。

「あっ。座敷童子さん、出てきたのね。うん、うん。遊びましょ。紙風船やお手玉があるよ」

 多絵はスマホの動画を撮影モードにしたまま、スタンドにセットして、自分が映るようにした。

「ほら、見て。お手玉の練習をしてきたんだよ」

 器用にお手玉を投げて遊んで見せた。

「あ~そ~ぼ」

 今度ははっきりと聞こえた。

「うん、遊ぼう。こっちにおいで。楽しいよ」

 多絵は部屋の引き戸を開けたが、廊下には誰もいなかった。

「あれ? いない」

「あ~そ~ぼ」

 その声はすぐ後ろから聞こえた。振り返ると、赤い着物を着た、おかっぱ頭の五、六歳の少女が立っていた。多絵は驚いて、その場にしゃがみ込んだ。

「びっくりした。もう入っていたんだね」

 多絵は引き戸を閉めて、少女とお手玉で遊んだ。

「楽しいね」

 多絵が笑顔で言うと、少女も笑った。

「あ~そ~ぼ」

 少女は毬を手にして、多絵の手を引いて、外へ行こうとした。

「待って、外はまだ夜……」

 けれど、少女は止まらなかった。引き戸を開けて廊下に出て、雨戸を引いて開けると、そこには明るい庭が見えた。

「え? もう朝だったの?」

 多絵は不思議に思ったが、これは座敷童子が悪戯で見せているのだろうと思った。縁側の上り口には草履があって、少女はそれを履いた。多絵も大人用の草履をはいて外へ出た。

「毬突きだね。動画で毬突きの唄を覚えたんだよ。見ていてね」

 多絵は上手に毬を突きながら唄った。それを見て少女は楽しそうに笑った。


 多絵も嬉しくて笑った。


「多絵! 多絵!」

 いつまでも起きない多絵を、紗季は何度も揺すった。その顔は妙にへらへらと笑っていたが、二度と目を覚ますことはなかった。


 多絵の生配信の動画には、赤い着物の少女が映っているとバズっていた。

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