天理人欲 》干しぶどう《

宇宙籠城

天理人欲 ありんこ>田丸

ぁ一番星だ。窓の外を見て、そう思った。心なしかいつもより明るく光ってる?

部屋の中まで届きそうな強い光に引き寄せられる。手に望遠鏡を取り窓の前のベットに膝をつく。私の視線は空をさまよう。周りには二番星、三番星と星がポツポツ静寂の光を放ち始めた。私は星に詳しい。星を何よりも愛している。そのため毎日こうやって寝室の窓から星を眺める。ただ今日は見慣れない星が一つ広い空に浮かんでいる。もしかしたら新星かもしれない。期待に胸を膨らませながら望遠鏡を覗き込んだ。

すると突然青い光が目を刺した。あまりの眩さに反射的に目を瞑ってしまった。再び目を開けるとそこには先ほど見ていた星はなく、月のような、石のような光る物体が浮かんでいた。なんだと思い目を凝らすと何かが視界を横切った。ぁ゛r゛、、! びっくりした拍子に望遠鏡が手から滑り落ちた。全身の毛が逆だった。一気に手汗がにじみ出る。

目だ。確かに私はくっきり開いた目を見たのだ。間違いない。私を見ていた。見られた。見られてしまった。体の穴という穴からから汗が吹き出した。顎がガクガク震えるにつれ声にならない声が喉の奥から漏れた。胃まで呼吸しているようだった。口内が汗をかき、それが喉をつたって胃に入っていくようだ。今の私の感情をどう表現できようものか。怖がるべきか喜ぶべきか判断できない。体がおかしくなっていった。右の眉が重くなり目が半開きになる。体の体重が右に傾き私はよろめく。そのままぽすりと頭から布団の上に倒れる。布団は冷えていた。体から湧き出る水分をすべて吸い取っていった。脳内が真っ暗になった。

目覚めたらすっかり朝になっていた。あの目がいまだに脳裏をよぎる。あの目は確かなにかに似ていたような、見たことがある気がした。顔を思い出そうとした。しかし何も思い出せない。ビクッと体が震え血の気がザッと下がっていった。さっきから見られている感じがして仕方がない。狂ってきた。あの目の持ち主は誰なんだ。昨日は空からだったけど、今はそれほど遠くないとこから覗き込まれている気がしてならない。もしかしたら近くにそのなにかがいるのではと思いまた体が震えだした。そんな私のことはお構いなしに拍子抜けなチャイムが鳴った。

昔見た映画を思い出す。確か借金取りから逃げる男が主人公だった。彼は借金を踏み倒そうと部屋に閉じこもっていると壁のひびや、ドアの下、部屋中の隙間から液体化した人物の影が何人分もヌルヌル入ってきて主人公にタコ足のように体中に絡みつくというB級ホラー映画だ。

砂が詰まったかのように重く鈍い上半身を嫌々起こし、ドアの方を向いた。そこには黒い人形の影があった。怖さのあまり

「ぁ゛ぁ゛」

という声が漏れてしまった。逃げ道を確保しようと窓の方に後退りしもたれかかろうとした。が背中の後ろに窓はなかった。でも後ろを向いて確認している場合ではなかった。壁に映る影が動き出したからだ。腕を私の方に伸ばしてる。しかし現実世界で映画のようなことが起きるわけがない。フィクションはフィクションで影はただの影だ。平面上に広がる黒の形状は私を掴めない。呪文を詠唱する様に頭の中でそう言い聞かせた。すると後ろから軽く湿った手が私の顎を掴み、むりやりグッと後ろに向けた。そこには上半身は裸で背の高い、人のような形をしているなにかがいた。人と決定的に違うのは猫のような頭とへそあたりに食い込んでる半円状の布切れだ。あの目がじっと私を見つめている。私も目を見開く。顎をつかむその手に力が入り鋭い爪が頬に食い込む。首の筋がピキピキ痛む。しかし、猫にあらがうこともできず私の口が開いた。状況を理解できなくて呻き声をひとつあげた。一つの確信と共に。

「宇宙人だこの人。」

宇宙人は怖い。知らないものより怖いものはない。

やつの腹筋が動く。上を向くと目をくっきり開いたまま口角だけをにたりと上げ無音で笑ってる。顎をつかんでいない方の手が動いた。その直後ホカホカのどら焼きが私の口の中に押し込まれる。

宇宙人はけたたましい笑い声をあげ始めた。その振動で腹に張り付いている布切れが剥がれた。こんなことはあってもいいんだろうか。腹の中から内蔵がドロドロと流れ出て私の顔と胸の上に落ちる。内蔵はどら焼きの香りがした。それから少し経ち宇宙人の体全体も次第に崩れていった。私は血と溶け出した体に埋もれた。腕を冷たい血がつたっていった。上半身が完全に溶けきり、宇宙人の頭がごろりと地面に落ちた。しかし、目だけは溶けないようだった。まぶたすら無くなってしまったというのに二つの目はこちらを見続ける。私は胸の上に張り付く内蔵を剥がす。どら焼きの香りがして仕方がない。くらくらしてきた。甘ったるい匂いに私は誘われ、口に詰め込まれたどら焼きを吐き出した。そして宇宙人の体の切れ端を口いっぱいに放り込んだ。最初は喉は通らなかったが腕をつかんで押し込んだ。美味しいどら焼きだ。ハハハアッハハ。ガハ。やばい美味ぇ。

気がつくとと私は真っ赤なシーツの上に寝ていた。体中が痛い。体をくねくねさせながら起き上がる。足を引きずりながらお風呂場へ行き、シャワーをかぶる。水の温度は生ぬるい。不思議な体験をしたような気がする。忘れられない、柔らかい、体温がこもった血が体を包みこみ、次第に冷えていくあの感覚を。グフ。

シャワーを終わらせ風呂場を出る。

廊下を規則的に立てられる音が次第に近づいてくてヌルっと毛の塊が足に絡みつく。愛猫だ。彼はみゃー鳴き、私の方を見上げる。

本来あるべき青い双眼はなく、永遠の暗闇が広がっていた。目が回るような感覚に襲われへなっと体がバランスを崩した。私は力強い二つの腕の中に落ちる。

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