第2話 異世界執事を解雇したい
体を洗って着替え、アラトス公爵家の執事の証明である指輪を左手薬指に嵌め、すべての支度を終えた俺は馬を速足で走らせる。
途中、様々な国の商隊を追い抜きながら南西方向へ一時間ほど進むと、商人と冒険者の都、領都プロキオンが見えてきた。
領都の西を守護する白く高い壁、その先に僅かに覗く綺麗な石と煉瓦の街並み。
「いつ見ても新鮮なこのエセ西洋の街感! これぞ異世界ファンタジー!」
やはり、何度見ても飽きない。
さらに馬を歩かせ、西壁の目前に到着する。
「おい、そこの白いの、通行税を支払え」
馬に跨りながら西門の列に並んでいると、下から衛兵がぶっきらぼうに声を掛けてきた。
――さて。
ここからは、はしゃいでばかりも居られない。
お嬢様の執事として、恥ずかしくない振る舞いをせねば。
「これで良いだろうか?」
そう言って、俺は背筋をピンと伸ばし、高貴な振る舞いを意識しつつ、懐からアラトス家の家紋が入った赤色の暗号文を取り出して見せる。
「こ、これはっ! し、失礼致しました! 執事の方だとは知らず、とんだご無礼を……取り決め通り、公爵邸へ繋がる転移魔法陣へお連れ致します! どうぞ、こちらへ!」
先程までの粗野な態度とは打って変わって、ペコペコと頭を下げだし、俺を先導する衛兵。
そんなに畏まらなくても、執事とはいえ奴隷上がりである俺に、元貴族である他の執事の様な強い権限は無いんだが……。
しかし、そんな裏事情を態々話しても良い事など一つも無いので、俺は黙って寡黙を装い、偉い人のフリをして衛兵に着いていく。
「こ、こちらです!」
連れられて到着したのは、西門の最奥にある、一見何も無い様に見える薄暗い小部屋。
「で、では、私はこれにて失礼致します」
衛兵の人は、居心地が悪かったのか、そそくさと持ち場へ戻っていった。
衛兵が見えなくなるのを確認して、俺は小部屋の中央へ進む。
すると、左手薬指の指輪が発光し、それに共鳴するように、小部屋の地面からどこからともなく魔法陣が現れた。
これが、転移魔法陣。
しかし、あくまでもこれは只の扉、鍵が無ければ開かない。
「確か……この暗号文を破れば……」
口で手順を確認しながら暗号文を破り捨てると、魔法陣が赤く発光し始める。
次第にその光が強まっていき、爆ぜる。
そして、次の瞬間、景色が切り替わった。
*
「――遅いぞケンジ、旦那様がお待ちだ」
転移した瞬間に聞こえたのは、聞き覚えのある老人の厳かな声だった。
「申し訳御座いません、執事長。……して、この方は?」
俺は、執事長の他にもう一人、この場に居る青年に視線を向ける。
燃えるような赤い髪に、精悍な顔つきをしたその青年は、その誠実そうな翆色の瞳を俺に向けていた。
「その純白の肌と髪……君があのミルザム様の執事、イヌガミ・ケンジ君だね?」
「……そうですが」
朗らかに話しかけてくるが、この男は一体何者なのだ。
てっきり俺は、この場に他の御兄弟の執事の方々が来られると思っていたが、蓋を開けてみれば、来たのは全く面識のない、謎の好青年。
「やはりそうか、私の名は――」
「自己紹介は後にしろ、旦那様がお待ちだ。二度も言わせるな」
俺と謎の好青年の会話が始まろうとしたところで、執事長がそれを遮る。
気になるが仕方がない。
「これから旦那様をお呼びする。お前達は相応しい姿勢で待っておれ」
「「は」」
俺と謎の好青年は、執事長の指示に従い、その場に跪く。
続いて、執事長が大広間の上座の前に跪く。
「旦那様……両名、集まりまして御座います」
執事長が進言すると、静寂が広間を包む。
数瞬の後、上座の奥の扉が僅かにギイと音を立てて開き、扉の奥から人が出てくる。
その人物は、上座の上を悠々と歩いて行き、やがて上座の中央に取り付けられた豪華な椅子に腰かけた。
「二人とも、良く集まってくれたね。アラトス公爵家現当主、アルドラ・フォン・アラトスだ」
一息置いて、椅子に腰かけた人物――アルドラ・フォン・アラトス公爵閣下は名乗る。
ただ、名乗っただけ。
にもかかわらず、俺は閣下から物凄い圧を感じていた。
しかし、そんな俺の様子など歯牙にもかけず、閣下は俺と謎の好青年に対して語りかけ始める。
「さて、早速本題に入るが……」
俺とこの謎の好青年のみに向けられた話とは一体何なのか。
閣下から感じる圧に押されながら、必死にその事について思考を巡らせていた俺は――。
「イヌガミ・ケンジ。君をミルザムの専属執事から解任し、そこの彼、カストル・フォーマルハウトを新しいミルザムの専属執事とする」
――余りに衝撃的な閣下の言葉に、完全に思考を停止させた。
異世界執事は仕えたい 楽太 @hz180098sd
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