第4話 白き恋人 破2
「久しぶり、アナスタシア。
──助けに来たよ」
目の前に現れたその女は、確かにそう言った。
あの女はオリガだ。何故逃亡ファルサの親玉がこんな所に?
「おい……ロクスレイ」
「仕方ない。お前らは後回しにしといてやるよ」
ロクスレイも明らかな脅威を前に争うほど愚かではない様だ。
彼は銃口の先を俺達から十数メートル先から歩いてくるオリガに移すと、連続で発砲した。
……が、当たらない。俺が軌道を見る限りでは彼女に当たらないとおかしいのだが……当たらない。
少なくとも、当たった気配は無かった。
彼女は俺たちには無関心な様子で、ゆっくりとカリソドの方に歩んで来ている。
「どうなってやがる……?」
「お前の弾道は正確だった。何かトリックがあるだろうな」
「んな事は分かってる!」
ロクスレイが怒鳴り返す。
俺は転がっていた剣を掴むと、カリソドに呼びかけた。
「カリソド。逃げるぞ」
「どうして?ここでオリガを殺せば良い話でしょう!」
この子はこの子で話を聞いてくれないな。
カリソドは長銃を構えると、ロクスレイがそうした様に正確な狙いでオリガに撃った。
だが、オリガには当たらない。
「クソッ!どうして──」
「カリソド、撤退だ!」
俺はカリソドの長銃の銃身を掴み、下げさせて言った。
「ロクスレイが始末してしまいますよ!?」
視線を返すと、射撃では歯が立たないと踏んだのか、ロクスレイが接近して格闘を仕掛ける所だった。
ところが彼がオリガに組みつこうとした瞬間、その身体が不自然にぶれ、バランスを崩し、地面に倒れ込んだ。
……何かトリックがあるな。
「一体何が……!?」
「力の種が割れてない焚書主義者とやり合うのは危険だ。ここは一旦引くぞ!」
俺がカリソドの腕を強く掴んで引っ張ると、オリガが面白そうに声をかけた。
「もう行っちゃうの?折角会いに来たのに……アナスタシア」
「アナスタシアって誰だ……?」
俺が思わず呟くと、意外にもオリガが応えた。
「ああ、ゴメンね。今はこういう名で通しているんだっけ……カリソド」
「何を……言ってるんですか!!」
アナスタシアはオリガに長銃を向けると、数発発砲した。
さっき銃撃戦をしているのを見た時から思っていたが、連射が可能なのを見るに、彼女のマスケット風の長銃は見かけほど古くないようだ。
銃撃はまたしても(俺が見る限りでは)正確だったが、オリガに当たった様子は無かった。
俺の剣で試すか?俺のオフィーリアなら、相手の魔法的な防御ごと斬り裂く事が出来る。
だが、もし通じなかったら……
考えても仕方ないな。
「いいから行け!俺が時間を稼ぐ」
俺は無理やりカリソド……アナスタシア?に後ろを向かせて、背中を押した。
彼女は一瞬迷ったが、すぐに出口に向かって走り出してくれたようだ。
「さてマドモアゼル。俺と君の2人っきりだ」
「私は妹に会いに来たんだけどなぁ……困るよ?ちゃんとあの子を守ってくれないと」
「おい、後ろ」
「騙されないよ」
「いや本当に……」
起き上がったロクスレイが何かパイナップルみたいな形の物を放り投げながら、全力で走り去って行った。
ソレは俺とオリガの間に転がって……よく見たら手榴弾じゃないか!
「しまっ……」
「えっ……」
高速移動は使えない。
意味は薄いと知りつつも、俺は思わず後ろに飛び退いた。
その瞬間、俺の視界は真っ白に染まった。
が、いつまで経っても衝撃は来ない。
俺が身構えたまま恐る恐る目を開くと、そこにはこちらの顔を覗き込むようにしたオリガがいた。
「うわっ!?」
「怖がりすぎ」
そう言うと、彼女は何故か爆発していない手榴弾を俺に見せた。
「何で爆発しない?」
「私の炎を操る力で封じ込んだの。
どうしたの?そんな顔をして。
焚書主義者はただ燃やすだけしか能がないと思ってた?」
「そういう奴が多いのは事実だ」
完全に焚書主義の力を魔法のように制御できていた者なんて、俺の経験上でも片手で数えられるほどしかいない。
直近だと大学で戦ったダエナと名乗っていた女くらいだ。
「さて……まあ、妹にも味方がいるみたいで安心したよ」
と、オリガは俺の事を悪戯っぽく見つめた。
「……カリソドの事か?あいつ、ファルサだったのか」
「正確に言えば、私と同じように自我に目覚めたファルサだね。
彼女の本当の名前はF型アナスタシア。私の姉妹機にあたる存在だ。尤も、彼女は自分をファルサであると認識していないだろうけど」
「そうなると疑問が生じる……何故ローゼン城は自我の芽生えたファルサの始末を、同じ自我の芽生えたファルサにさせているんだ?」
「悪趣味な実験だよ」
よく考えたら、何で俺達は敵同士なのに話し込んでいるのだろうか。
もっとも、当のオリガはそんな事全く気にしていないようだ。
彼女は得意げな笑みを浮かべながら、手に腰を当て、もう片方の手の指を一本立てて説明を続けた。
ちょっとあざといのが腹立つな。
「はっ……はっ……」
カリソドは工場から脱出した後も、足を止める事なく逃げ続けていた。
断じて臆病風に吹かれた訳ではない。
断じて脱走ファルサが恐ろしくて、逃げているんじゃない。
──私は、私が怖いんだ
オリガの顔を一目見た瞬間、猛烈な既視感が彼女の脳を支配していた。
何か大切な事を忘れているような、自分という存在が打ち壊されるような、そんな嫌悪感。
あのオリガの顔を、私は知っている。誰よりも。
だってあの顔は………でも、そんなはずが無い。私はカリソド。
"白き恋人"の異名を取る、バウンティハンターの──
ようやく気づいた。
………………。
どうして今まで気付かなかったのだろう?
バウンティハンターになる前の自分の記憶が穴だらけである事に。
どうして気付かなかったのだろう?
錬金術師達が、私に仮面を付けさせていた理由に。
どうして気づかなかったのだろう?
毎朝仮面を付ける前に鏡に映る自分の顔が、街中に貼られている自分の獲物の顔と全く同じモノであった事に。
「妹は私が自発的に自我を獲得した後、人為的に自我を付与されたファルサだ。
──彼女は後天的に記憶を入力されて、自分を人間と思い込んでいるファルサだよ」
いや、私と直接対面した今となっては"思い込んでいた"かな。
オリガは、その顔にあざとい笑みを浮かべたまま、そんな事を言い放った。
「…………」
「びっくりした?それともその顔はあんまりびっくりしてない顔なのかな」
「いや。まあ……お前の話が本当だって証拠も無いしな」
「だったらアナスタシアの仮面を剥ぎ取ってみればいい。私と寸分違わない顔がそこにはあるよ」
「俺は騎士だ。彼女が隠してるモノを、わざわざ暴こうとは思わないさ」
「仮面だってローゼンの仕込みだと思うけどね……あぁ、そうだ」
そう言うと、オリガは俺に目を合わせてじっと見つめてきた。俺は一歩後ずさる。視線は催眠魔術なんかの
「おい。妙な事はするなよ」
「疑いすぎだよ」
彼女の顔には、それまでの蠱惑的な笑みと違う暖かい感じのする微笑みが浮かんでいた。
思わず固まってしまう……焚書主義者がそんな顔をするなんて。
「君は私みたいな焚書主義者を殺しに来たんでしょう?どうしてまだ私を殺そうとしないの?」
「今足を怪我してるし……話の途中だったろ」
「そんな話の通じる君にお願いがあるんだけど」
「笑わせるな」
「私達は2日後、この国をひっくり返す計画を実行する。ワイス大公国は、多分それで終わる。人間がファルサを踏みつけにしていた時代は終わるんだ」
「クーデターを起こすつもりか?……そうはさせない」
「君もワイスベルグを見ただろ?外で働くのはファルサだけ。大公国の"人間"は、みんなふんぞり返って……我らファルサを道具だと認識してる。力でひっくり返すしかない」
「全員がそうじゃない」
「大多数はそうだ」
「だから、公国の人々を皆殺しにするのか?全てを一緒くたに」
俺がそう返すと、何故かオリガはさっきと同じように穏やかな笑みを浮かべた。
「やっぱり君は優しいね。だから、一つお願いがあるんだ」
「焚書主義者の願いなんて……」
「2日後、この国は炎を以て滅びるだろう。その時の混乱で、彼女は人間達から切り捨てられるかもしれない。
だから、アナを守って。私の妹を」
「………」
そう言って踵を返した彼女に、俺は何も出来なかった。言葉を返す事も、剣を向ける事も。
「………残酷なテロリストのファルサから、優しい人間の貴方へのお願いだよ」
俺は優しくなんてない。
本当に、優しくなんてないんだが……
「おい!待て!」
その背中が陽炎の様にゆらめいた次の瞬間、オリガは工場から消えてしまった。
俺が慌てて彼女が立っていた場所に駆け寄ると、わずかに床が焦げているのみである。
最初から幻だったのか……?それなら、正確な銃撃が当たらない事にも説明がつく。
「勝手な事言いやがって……」
剣を鞘にしまって、オリガの言っていた事を反芻する。
わざわざ嘘を言っていたとも思えないが………というか、最後のお願いは一体なんなんだ?敵の俺に何を期待してる?
そもそも、計画の実行日をバラしたのはどういう意図がある?
話が込み入ってきた。
今この瞬間やれる事は………何だ?
『アナを。私の妹を』
焚書主義者にまともな奴はいない。知ってるはずなのに……
俺は何故か、オリガの言葉を頭の中でリフレインさせていた。
仕方ない。まずは、カリソド……アナスタシアと合流しよう。
Principle of navy @macaron_of_raspberry
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