第4話 白い恋人 破 1

白き恋人 破


 俺たちはペトコフ氏をローゼン城の人員に任せた後、作戦を練る為ホテルに一旦戻っていた。まだ時刻は夕方。もう一人くらいの手がかりくらいは、今日中に見つかるだろう。


「……そういえば」

「どうしました?」

「俺は今日どこで寝るんだ?ここにはベッド一個しか無いが……もう一つ部屋を借りてるのか?」

 俺が当然の疑問を発すると、カリソドは(仮面を付けた)頭をかわいらしくかしげ、当然のように答えた。

「二人用のベッドですよ、これ」

「………?」

 これで話が早い!やったぜ!などと喜べるほど単純な脳であれば良かったのだが、残念ながら俺はそこまで浮つけるような歳では無いし、そんな猿じみた価値観も持っていない。

 俺は騎士なのだ。

「何が問題なんですか?同じベッドで寝るだけの話だと思うんですが……」

「それが問題じゃないのか……?一体何を考えてるんだ……」

 あまりにも当然そうに言われると、自分の常識に疑問が生じてくるんだが……

「何を戸惑ってるんですか。リチャードさんがやましい気持ちを持たなければ良い話でしょう」

 そっちこそ何が言いたいんだ、とカリソドは言い返してきた。

「そうなのか……?しかし……」

 俺はしばらく逡巡していたが、やがて決心した。

「そういうのは不健全だと思うな。

俺は今から下に行って自分の部屋を借りてくるから、君は次の目標について説明する準備でもしててくれ」

「予算の無駄だと思うんですけどね」

 心底不思議そうなカリソドの声を背中に受けながら、俺は部屋を出た。



 

「そ、そんな……嘘でしょう?」

「申し訳ありません。本日は既に満室でして……」

 クソ寒い田舎の国(失礼!)なのに繁盛してるとは結構な事だが、それは本当に困ったことになった。

 参ったな……この歳になるまで彼女なんていた事ないのに。

 よく覚えてないが、ひょっとして女性と同じベッドで寝た事なんて母上以外に無いかもしれなかった。

あぁしかし、ダダを捏ねても仕方がない。寝袋でもあれば良いのだが……

 

 俺がロビーから踵を返そうとすると、今度はカリソドがロビーに降りてきた所だった。

「おや?どうしたんだ」

「問題発生です……大公側のバウンティハンターが、ワイスベルクに戻っているようです」

「どこからか情報が漏れたのか?」

「そこまでは分かりませんが……彼らがオリガの潜伏場所を掴んでいるとしたら、状況はあまり芳しくありませんね」

「それで、慌てて調査を再開する訳だ」

俺が納得したように言うと、カリソドは首を横に振って言った。

「いいえ」

 その表情は、白い仮面に隠れている。

「大公側のバウンティハンターを始末しに行きます」 

 人間同士で戦っちゃうのかよ!




 俺の武器は長剣だ。剣は斬ったり突いたりするのが主な仕事だと思われがちだが、中には殴打する技もある。

 その技というのが──

「リチャードさん……?何故刃の部分を握って、柄の部分で相手を殴ってるんです?」

「これはそういう剣法だから……」

 俺はそう言いながら、倒れた大公国側のバウンティハンター……の一人の足に、もう一度剣の持ち手を振り下ろした。

うめき声を上げているのを見ると申し訳なくなるが、これで彼を殺さずに済むのだ。

「さっき頭を思いっきり叩いてましたよね?」

「運が良ければ脳震盪で済む」

 俺達は今、大公のバウンティハンターが突入したという郊外の廃工場の前に来ていた。

 ここには"ビル"という名のファルサと他数名が潜伏しているらしい。

つまり、三つ巴だ。

「工場内では既に戦闘音が起きてますね。我々も急ぎましょう」

「あぁ。……耳が随分と良いな」

「まあ、特技ですから」


「何者だ!?」

「ローゼン城」

 工場に入るなり、カリソドは警戒に当たっていたと思わしきバウンティハンターを数人始末した。見事な命中率だ。

そしてそれは、俺が入り口でした努力が水の泡に帰する事も意味する。

「……普通に殺すのか?」

人間相手でも、と聞いた俺に対して、カリソドは何でもない事のように答えた。

「任務ですからね。むしろ、リチャードさんがそういうタイプだとは思いませんでした」

 その表情は、相変わらず白い仮面に阻まれて読む事ができない。

「罪の意識を少しでも軽減したいだけだよ」

 俺は短く答えると、先を急いだ。


 工場の奥にいくと、工業機械が幾つも並ぶエリアに入った。おそらく稼働していた時は、ここで何かが造られていたのだろう。

 だが、もはや此処で何かが生み出される事は無い。

「静かになりましたね……」

 カリソドが小さくつぶやいた。

「手遅れかもしれません」

「だが、下にはまだバウンティハンターがいるって事は……下手人は残ってるんだろう」

 確か依頼人……あの錬金術師は、大公の雇った傭兵の事を"ロクスレイ"などと言っていたか。

 あの時はピンと来なかったが、ロクスレイ・アイヴァンホーと言えば、ボーデン王国で少しでもその筋に詳しければ知らない者はいない名だ。

 随分とあの錬金術師は俺の事を持ち上げてくれたが、ロクスレイだって腕前は星室官に匹敵するだろう。



 やがて、"ビル"の遺体は見つかった。しかし、下手人は……ロクスレイはまだ見つかっていなかった。

「………」

 逃げたのか?しかし逃げたというには、大公国のバウンティハンターも残っていた。不自然に思える。

 俺たちが足音を潜めながら工場内を探索していた、その時。

「見つかりませんね。足跡も消えてます。

「……もしかして、上──」

 俺が言いかけたその瞬間、カリソドが銃口を天井に向けて撃ち放った。

 しかし、その時には手遅れだった。

 既にモスグリーンの外套をはためかせ、その男──ロクスレイは、何らかの手段で潜んでいた屋上から、俺たちがいる所から20メートル程度離れた地面に降り立つところだった。

──その手には、鈍く光る黒い拳銃。

「………!」

 それとほぼ同時に、工場内に二発の銃声が響き渡った。


──────────


「おいおい……」

 ロクスレイは、その手に持つ拳銃をくるりと回した。

「何だ、そりゃあ。冗談じゃ無いぜ」

 その視線の先には、一発ずつ弾丸を叩き込んだはずのリチャードとカリソドが立っている。

 驚きを禁じ得ない。

 少なくとも、彼の着地に反応仕切れなかった白い仮面の方は殺せたはずだったのだ。

 だが黒服の男は自分に飛んできた銃弾を剣で弾き落とすと、紺色の軌跡を残しながら高速で移動し、白い女の方を狙って撃った弾まで防いで見せた。

「さては、アンタが"紺色の湖面"だな?」

 モスグリーンの外套を着た銃士は、思わず唇の端を歪めた。



────────


 うっ、痛い!急に動いたせいで足に負担がかかった。若干攣り気味だ。

 あの速度はやはり体に悪い。

「え?今、何が……」.

「何だ、そりゃあ。冗談じゃないぜ」

 目の前の男……おそらくロクスレイ……は、そう言って微笑を浮かべた。

 冗談じゃないはこちらのセリフだ。

 あれだけして見せれば、大体の相手は怖気付いてくれるのに……目の前の男は、微笑さえ浮かべて見せた。

 ゾッとする。死ぬかもしれないというのに、何故笑っていられるのか?

 こういう手合いの気持ちは、俺には一生分からないんだろうな。

一生、理解したくもないけれど。

「さては、アンタが"紺色の湖面"だな?」

「そうだ。"ビル"という名の逃亡ファルサはどうした?」

「あの人形どもなら、オレが既に処理済みだ。ボーナスは貰っておくぜ」

「私からも質問がある」

 カリソドが長銃を構えて言った。

「何故潜伏場所が分かった?」

「野生の勘ってヤツかな」

「真面目に答えろ」

 カリソドが語気を強くすると、ロクスレイは肩をすくめた。

「怖いねえ〜……まあ、ネタバラシすると、タレコミがあったらしいぜ?

大公様に」

「……ローゼンに裏切り者が?そんな訳が!」

「あぁ、それと……」

 ロクスレイはガンスピンを止め、構えた。

「これを教えたからには、お前らにも死んでもらうぜ」

 俺は剣を構え直した。

 先程までの動きは流石に出来ないが、少し足を痛めた程度では銃弾を防ぐのに支障はない。

20メートルくらい、高速機動を使わずとも詰めてやる。

「不意打ちで勝てなかったお前に、俺たちが倒せると思うか?」

「どうとでも」


 ロクスレイは中腰で構えると、俺に向けて続けざまに発砲した。

 俺は剣でその銃弾を容易く弾き……たい所だったが、彼は俺の手元を狙ってきた。

防ぐのが難しいところを狙ってるな。

「やるじゃないか」

「まだまだ序の口さ」

 その様子を見て、カリソドが俺の後方から銃撃を放った。

 不利を悟ったロクスレイは、すぐさま銃を撃ちながら横に跳び、工業機械の陰に隠れて見えなくなった。

「待て!」

 俺は彼を追い、森のように立ち並ぶ工業機械の中に飛び込んだ。



 ロクスレイは機械の間を縫って、銃撃を放ってくる。

 俺は銃弾を剣で偏向させて防ぐと、一気に飛び上がって斬り掛かる。しかし、奴は外套をひらめかせてまた離れた機械の影に隠れてしまった。

 俺の速度は、この少し入り組んだ場所で活かしにくい。

「リチャードさん!危ない!」

 後ろからカリソドの声が聞こえたので首を傾げると、頬を掠めて銃弾が飛んで行った。カリソドが放った銃弾だ。

「危ないのは君じゃないか……」

 俺は思わず呟いたが、その間に、戦いはカリソドとロクスレイの機械を遮蔽物にしての銃撃戦に移行していた。

 

 だったら、俺はロクスレイの後ろを取れば良いわけだ。悪くない。

 足音を出来るだけ消して、移動しながらもロクスレイを追跡し──頃合いを見て、刃を突き付けてやる。



 音も無く彼らの横を通り抜け、ロクスレイの背後を取ろうとした時、俺は信じられないものを見た。

カリソドが相打ち覚悟で放った弾を、ロクスレイが自分の銃弾とかち合わせ、相殺したのだ。

「カリソド!隠れ──」

 弾よりも遅い声での注意は間に合わない。ロクスレイは連射性の高さを利用して、もう一度カリソドに発砲した。

「うっ……!?」

 カリソドは何が起きたのかわからない様子で(勿論その表情は分からないが)、自分のコートの腹に滲み始めた血を見つめ、それから崩れ落ちた。

 ロクスレイは追加で銃を撃ち込もうとしたが、それは不可能だった。


──なぜなら、俺がいるからだ。

 俺はロクスレイから3メートルも離れない所で射線に割り込み、放たれた弾を全て防いだ。これで弾切れだ。

「おっと!」

「チェックメイト」

この距離なら逃げられないだろう。

 俺は距離を詰めて武器を振り上げ、そして振り下ろ──せなかった。

 ガチン!という金属質の音。

 ロクスレイは俺の振り下ろした剣を、拳銃の銃身で防いでいた。

「馬鹿な……」

「チェックメイト、だ」

モスグリーンの外套のロクスレイは。  皮肉たっぷりにそう言い、左手でもう一つの拳銃を取り出した。

 やらかした。俺は慌てて剣を戻そうとしたが、ロクスレイは逆に銃のグリップ部分を引っ掛けてそれを阻止した。

 左手の銃は、至近距離から俺を狙っている。

「………やば」


BANG!BANG!BANG!!!



 そして、俺は膝をついた。

「驚きだな……今ので死なないとは。

ファンタスティックだ、リチャード」

 銃口を俺に向けたまま、ロクスレイはせせら笑った。

「あそこで即座に、剣を捨てて斜め後ろに跳ぶとは……はん、とはいえそうしているのを見るに、無傷では無いみたいだな?」

 奴の言う通りだった。

 腹の真ん中に風穴が開きこそしなかったが、脇腹が猛烈に痛い。血も出ている。

「まさか、俺が"紺色の湖面"を仕留めるとはな。それにしても、どうしてあそこで割って入った?」

 皮肉ではなく、単なる疑問の口調だ。

「後ろからザシュッ。これで勝てただろう?

身を張ってまで守る価値があるのか?あの仮面女に。旧友か?恋人か?大切な人って訳か?」

「……いいや。朝からの付き合いだ」

「じゃあ何故庇った」

「さあね……」俺は脇腹を抑えながら、肩をすくめて答えた。

……」

 強いて言うなら、間に合いそうだったから間に合わせてみただけだ。

本当に、特に何も考えていなかった。

「怪しいな……憎からず思ってたからそうしたんじゃねえの?」

「言っただろ。今日の朝、初めて会ったんだ」

「関係ないと思うがね……まあいいさ。

これで終わりにしてやるよ。

お前と仮面女の頭に一発ずつだ」

 脚も痛い。脇腹からは出血だ。

「………」

 あぁ、面倒な事になった。

 まさか、大公国に踏み込んでから一日でこんな事になるとは。 

 あの湖の管理はどうしようか。

 オフィーリアは、俺がいなくなったらどうなる?

 俺が死んだとして……クレアは泣いてくれるだろうか?

 デュノワは泣いてくれるだろうか?

 アリシフェットはどうだろう?

 ゲルダは?

 彼は?

 彼女は?

 それから……

 俺は早々に諦めた。

 そして、瞳を閉じた。

だが、いつまで経っても銃弾が飛んで来る気配はなかった。

「……?」

 目を開けると、ロクスレイは俺に銃口を向けていなかった。

 俺は痛みを我慢して、飛び退く時に落としていた剣を掴んだ。

 それから、ロクスレイが今銃口を向けている方向を見た。

 白い髪で白い肌の、整った顔立ちの女性がそこにはいた。

 黒くスマートな印象を与える服装。

 そしてその瞳は、昏く燃えている。

 俺が"湖面"を取り出すと、そこに浮かんでいたのは炎の紋章。

 そこにいた彼女の名はF型オリガ。

 バウンティハンターが追っているはずの逃亡ファルサの指導者。

 そして俺がこの地に来た目的である、焚書主義者だった。

 

「久しぶり、アナスタシアいもうと

──助けに来たよ」

 

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