最終話 新たな日常の始まり

 戦後処理はまだまだ残っているが、少しずつ宮中にも京にも落ち着きが戻ってきている。


 璃耀はあの後、勝手に裁きの場に出てきたことを紅翅に怒られていたが、結局言いくるめて何事も無かったかのように私の側に控えている。


 怒られている璃耀を見ることは少ないので、ニヤニヤしながら見ていたら、その後すぐに、その五倍、戦中のあれこれについて璃耀に叱られた。


 何故か幻妖宮の結界を解いた方法まで知っていた。

 犯人を探し出して説教してやらねば気持ちが収まらない。


 そう思っていたら、凪から、既に関係者が集められてこっぴどく叱られたので犯人探しは勘弁してやってほしいと懇願された。誰かは知らないが、ほら見たことか。

 仕方ないので、凪に免じて犯人探しは諦めてやろう。


 それから、あれから京がどうなったのかを自分の目で確かめたいから京に行きたいと璃耀に訴えたら、いつものようにため息をつかれた。


「もう、そのようなことが簡単にまかり通るお立場ではありません」

「現場を見ずに良い治世はできないと思います」


 キリッといい顔で言ってみたが、璃耀はニコリと笑って速攻で却下した。


「だから、配下の者がいるのですよ。御自身で仰っていたではありませんか。貴方に出来ぬことは他の者にお任せください」


 ……口の立つ璃耀を正攻法で説得するのはしんどい。


「許可してくれないなら、勝手に外に出るから良いです」


 むくれてそう言ってみたら、迂闊に口走った事を心底後悔するほど長々と説教された。


 しかしその後、璃耀は渋々といった様子で、お忍びで京に出られるよう外出準備を整えてくれた。


 仕事はカミちゃんに押し付けておく。


「何故私にだけ仕事を残して、おいていかれねばならないのです」


と膨れ面で文句を言われたが、ニコリと笑って流しておいた。私の不在はカミちゃんに守っていてもらわなければ困る。


 蒼穹、璃耀、凪、桔梗、私。

 皆、市井の者たちに紛れられるような格好だ。

 仮面もつけている。


 さらに、蒼穹たちの他にも、遠くからこちらの様子を伺う者が複数手配された。

 巡回の検非違使もいつもより目を光らせている。


 かなり仰々しい。忙しい時間を割いてくれた者たちに申し訳ない。


「蒼穹達だって忙しいでしょう。何もここまで……」


と言ったら、凪が小さく首を横に降った。


「すぐに何かに巻き込まれる白月様には、これでも少ない方だと思います」


 蒼穹がそれに笑いを零す。


「鬼に支配された京に我らを率いて華々しく現れ、危険を顧みず最前線で体を張って子どもを助けたのです。白月様は京では既に英雄のような扱いですよ。姿絵も出回っているようなので、背格好や特徴くらいは広まっているでしょう。警戒するに越したことはありません」


 蒼穹の言葉に私は血の気の引いた顔で璃耀をチラと見る。

 璃耀はじっと私を見たあと、何も言わずにハァとため息をついた。


 お咎めなしというより、諦めに似たため息だ。それはそれで心に来る。


 蒼穹も、いちいち私のやらかしを璃耀の前で掘り返さないでほしい。



 京に出ると、トンテンカン、小気味良い音があちらこちらから響いてくる。

 商店通りでは、外に仮で出された台の上に商品が並び、人出も戻ってきているように思えた。


 ちなみに、通りの真ん中を貴族の牛車のためだけに開けておくような阿呆な真似は即やめさせた。


 真ん中は荷を運ぶ馬車牛車や人力車、馬などの道に使用し、脇の道は人だけの状態だ。

 京の南側の町は市井の者たちのためにあるべきだと思う。


 貴族は京の北側を使えばいいし、貴族の牛車は東西通りを使えれば十分なハズだ。


 久々に活気のある町を歩いているとウキウキしてくる。


「初めて京に来たときが懐かしいね、璃耀」


 私が言うと、璃耀は眉尻を下げる。


「白月様と楠葉は楽しそうでしたが、私は気が気ではありませんでした」

「それは申し訳なかったけど、何も知らなかったわけだし……」


 そう言っていると、背後から


「白月様ーー! 璃耀さーーん! 蒼穹さーーん!」


 と大声で呼びかける声が近づいてくる。


 振り返ると、人の姿に変わった楠葉が駆けてくるところだった。


 瞬時に周囲がざわめき、同時に凪たちの空気がピリッと張り詰める。


 すぐに、検非違使が動き出し、楠葉はこちらにたどり着く前に捕えられた。


「ちょ、蒼穹、楠葉助けて!」


 私が言うと、蒼穹がすぐに空に向かって指示を出し、遠くで様子を見ていたらしい宇柳が楠葉のところに向かってくれた。


 ただ、私の名前も蒼穹や凪の名前も、あの時に一緒にいたせいか知られてしまっているようで、あっという間に周囲に人集りが出来てしまった。


「白月様だと!」

「幻妖京の英雄だ!」

「いや、京どころか、この世界の英雄だ!」

「ちょっとどけ! うちの息子は白月様のおかげで助かったんだ、御礼を!」

「うちこそ、軍が来てくれなければ家族全員が危なかったんだ! こっちが先だ!」

「蒼穹様ー! 素敵ー!」

「凪様は仮面を着けていてもお綺麗だな!」

「お隣の凛々しい方はどなたかしら。」

「白月様! 京を救ってくださってありがとうございます!」

「白月様!」


 とにかく、どんどん人が集まってくる。

 戸惑っている間に上空に兵が集まり、検非違使が人々を掻き分けこちらへ向かってこようとする。


「白月様、ここまでです」


 凪は翼をバサっと広げると、私を掴む。フワっと浮遊感に襲われたと思うや、私達は上空に退避していた。

 璃耀と蒼穹も、降りてきた軍の者の背に乗っている。


 桔梗はその周囲を警戒するように飛んでいた。


 私達を見上げて歓声を上げる者たちの中から、私は検非違使に捕えられた楠葉の姿を探す。


「宇柳! 楠葉を連れてきて!」


 私が下に向かって叫ぶと、宇柳が楠葉を掴んで飛んでくるのがわかった。



 幻妖宮の一室に、楠葉と私は小さくなって座る。


「あの頃とは違うのだ。状況をよく考えよ」

「……ごめんなさい。」


 泣きそうな楠葉の前には、呆れ顔の璃耀が座っている。


「このように京で騒ぎを起こされては困ります。」

「……ごめんなさい。」


 私の前には瑛怜がいる。


「私を置いて楽しもうなどとされるから、こういうことになるのです」


 カミちゃんはそれを横目にこれみよがしに愚痴を零す。


「翠雨様は黙っていてください。話が進みません」


 璃耀が言うと、カミちゃんはムッと口を尖らせる。


「そもそも、其方の事前準備が甘かったせいではないのか?」

「あの場に狐の村に居るはずの楠葉が来ていることを予測せよと?」

「あらゆる事態に備えておくのは其方の得意分野だろう。手を抜いていたのではあるまいな」

「仕事をおろそかにして遊びに出かけたいと白月様に駄々を捏ねるような方に言われたくありませんね」

「いつ私が駄々を捏ねた。其方はいつだって……」


 二人の口論は周囲を置き去りにして白熱しかけている。


 カミちゃんと璃耀の口論を瑛怜が馬鹿馬鹿しげに眺め、蒼穹や宇柳が顔を青くしてその行方を見守っている。


 部屋に居る者の視線がそちらに向くと、楠葉がこそっと私に声をかけた。


「白月様。私、勉強して、課試を受けようと思います。また白月様にお仕え出来るように頑張ります」


 楠葉が可愛らしくニコリと笑う。

 私もそれに微笑み返した。


 ふと、視線を入口の方に向けると、誰かが襖の向こう側でオドオドしながら此方の様子を伺っている。


「どうしたの?」

「……あ……あの、いつ此方に来るのだと、烏天狗から使者が参っているのですが……」


 襖の向こうから僅かに顔を覗かせて恐る恐る声をかける蔵人所の者に、カミちゃんと璃耀は同時に目を向ける。


「そのような者、しばらく待たせておけ!」


 二人の鋭い声に肩をビクっと震わせた可哀相な彼は、


「は、はいぃ!」


と返事をして慌てて走って戻っていった。


 私はハアと息を吐く。


 騒々しい日常は、始まったばかりだ。





おわり




―――――――――――

「白月色の兎」はここで終になりますが、舞台を人界に移して、彼らのお話は続いていきます。

よろしければ、以下もお読みいただけたら幸いです。


「結界の守護者」

https://kakuyomu.jp/works/16817330648997995374


白月達の旅に、ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

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