アーレア・ヤクタ・エスト/2



 生存不能域とは現在は辺獄戦争によって隔離された領域とされているが、内部の状況は異聞局の謳うモノとまるで違っている。


 辺獄戦争の影響は大きく残っているが、過去数十年に渡り、都市にとって害のあるモノが隔離処分を受けて同じ空間に放り込まれ続けていた。


 稀代の怪物、意思を持つ機械、過去の企業の不始末それら全て過去に存在した街で起きた事象────辺獄戦争の舞台となったビナーエデンもその一つ、都市に渦巻く罪業の一つにしか過ぎなかった。


「にしてもけったいな場所やな。先人の負債をエルゴスムの遺産とやらで一ヶ所に押し込めたっちゅーのは」


 周囲の景色へときょろきょろと忙しなく視線を動かすアルフレッド。


「この辺はまだ浅い、、からな。ほとんどは旧ゲブラーエデンのままだ、もっと深くは遺跡に潜るようなもんだな」


 見上げればかつてのゲブラーエデンを象徴するANGアンゲルス社の本社ビルが半ば崩れかけた状態で放置されている。現在では門の管轄は有力な十三協会連合にて行われているが、以前はANG社がその全ての実権を握っていた。それと言うのも門の技術はANG社が造り上げたモノだからだ。離れた場所同士を瞬時に行き来する技術、まさしく異聞技術の名に相応しい物だった。


「ん?」


 不意にアルフレッドが前方を見ながら立ち止まった。視線は遥か遠方へと向けられている。ベイルも同様に立ち止まり、横に並んだ。


「どうした?」


「見てみぃアレ。どえらいバケモンがおるぞ?」


「は?」


 突拍子の無い言葉に思わずそんな声を漏らしたベイルがアルフレッドの見ている先を確認する。おそらくは数キロは離れているだろう遠望に、廃墟群を蠢く巨影をベイルは認識した。


「なんだアレ」


「んなもんワイが知るわけあらへんやろ。というかあの辺ってお前が向こうてる場所やないか?」


 言われ、ベイルの内に不吉な予感が奔った。過去、繋がりのあった知り合いの身に何かが起きている。決して弱い集まりでは無かったとベイルは記憶していたが、それでもこの場所──生存不能域では何が起きるかは分からない。


 真紅の体を大波の様にうねらせ、街を破壊する巨大な何かが存在していた。ベイルはその生物が何であるかを推察した。あれは、巨大な百足の様に見える。


「なぁ、あっち側に行くのやめへんか? あれとやり合うんはどうしようもないやろ」


 アルフの言い分は正しい。けれど、間違ってもいる。危険なモノは避けるという発想は生物としてごく自然だ。しかし、危険を避けて進んだ先に更なる危険が待ち受けている可能性────この場所が生存不能域と呼ばれている所以。そうした認識が足りていない。ベイルはそれを知っていた。


「お前は知っているか。ここが生存不能域とは別の名で呼ばれている事を」


「なんやて? そんなん聞いたことあらへんぞ!?」


「だろうな」


 頷いて、ベイルは廃墟と化した石造りの街並みを一瞥した。そして、その内の一つの建物に目をつけて近寄った。あらゆる建物が半壊しているが、ベイルの選んだその一つだけは入口の扉が残っており、そこでアルフは違和感に気付いた。


「その扉……どうなってんねん」震えた声でアルフが言った。


「気付いたか」


 言いながらベイルは扉の取手に手を掛けた。木製の古い扉はぎぃと擦れる音を立て、内に秘めた禁忌を吐き出さんとその口を開き出した。ベイルの手が取手から離れて尚、扉は一人でに開いていく。

 異様。アルフは息を呑んだ。


 扉が開ききると、その内側に広がる景色は、ベイル達のいる廃墟街とはまるで違う世界が広がっていた。


 そこは、赤色が空を覆い、ゆらゆらと揺れる無数の人らしきものの影。

 腐臭、血の臭い、唸り声、崩壊した街。

 地獄。そうとしか思えない世界がそこにあった。


「地獄、だと思ったか?」


 ベイルの言葉でアルフは我に返り帽子のずれを直しながら向き直った。


「おお……なんなんやこれ」


「これが生存不能域の正体だ。幾重にも重ねられた都市の負債。罪業の積層空間、煉獄プルガトリウム


「こんなもんがあったんか……都市っちゅうのは恐ろしい事考えるもんやな……」


 呑気な感想を述べるアルフ。余裕の現れにも見える態度に、ベイルは苦笑した。


「案外落ち着いているな?」


「せやな。まぁ、仕事柄得体の知れんもんはよう見てきたつもりやったしな。で、ここ、、を行くんか?」


 それは煉獄を進むのか、という確認だった。しかし、ベイルは首を横に振った。


「なんやねん。じゃあなんで今こんな話したんや?」


「生存不能域は不安定だ。どこが煉獄に繋がってるのかが分からない。だから、この先突然堕ちる事が起きないとも限らない。一応説明だけしてこうと思ってな」


「そう言う事かいな。そんなら心配あらへん、そん時はワイが何とかしちゃる」


 そう言いながらアルフは大口を開けて笑った。


「どうするつもりなんだ?」


「それは言えんわ」


 きっぱりとそう告げたアルフに対し、ベイルは怪訝な表情を浮かべる。胡散臭いにも程がある、ベイルは内心呆れていた。


「……まぁいいか」


 一先ずの文句を胸に仕舞い込み、遠望の大百足に視線を移す。今は、大百足は動いておらず、恐らくは休眠状態になっている様に見えた。ベイルは改めて旧五二番街を目指して歩を進める事とした。


「やっぱ行くんか。またあれが動き出したら大変やぞ」


 後ろで不満を漏らすアルフだが、しっかりとベイルの後に続いていた。


「いい加減言っておくけどな、この場所じゃあんな化け物腐る程いるからな。普通の請負人なら絶対にここには来ない。逆に言えば、ここで生き残ってる様な請負人こそが真の化け物だよ」


「バケモンバケモンて……そんなビビらせんでもええやろ」


 はぁ、とアルフが溜息を吐く。背の高い廃墟街の街並みの陰に入り、二人の視界からはもう大百足が見えなくなった。


 



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Nemo-Alignment Eidos- ガリアンデル @galliandel

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