ケーキか死か

雪夜

第1話

プロローグ クリスマスの日

「ケーキと死、どっちに選ばれるかな」

私達の住むこの世界では、不可解な事がよく起こる。

よくと言うよりは毎年十二月二十五日深夜零時に限った話だが。

十八歳。

つまり成人の年のクリスマスに誰もが被害者になり得る摩訶不思議な話である。

幼い頃から

「十八歳までに初恋は済ませておきなさい」

そんな事を言う大人が星の数ほどもいて、

そして口を酸っぱくして言ってくるお陰で本物のたこが耳にできそうだ。


十八歳の十二月二十五日深夜零時の時点で初恋がまだの人は姿を消してしまう。

つまり世間から死んでしまう事と同等である。

これを人々は「ケーキか死か」なんて言ったりする。

クリスマスマスケーキを食べれるか、死ぬかという単純な話だ。

初恋の基準は「神様」が決めるらしい。

神様とか言っておきながら何者だとか思ったりする。

失礼、こんな事を言っていたら初恋を経験済みであっても神隠しに逢ってしまいそうだ。

でも、私は思う。

「初恋」なんて曖昧なものがどうして人の生死を分けるのか。

不思議で仕方がない。

それに相手を好きだと思う気持ちなんて、

死にたくないから誰かを好きになるなんて単純なものであっていい訳が無い。

いや、そんな単純な感情であるならとっくに初恋なんて経験してるだろう。

そんな訳で私は今、死を目前に控えた十八歳、秋の日である。



一.十月


十八年って本当にあっという間だなーなんて思う。

十八年経った今では、ハロウィンの街の盛り上がりも落ち着いてきている気がする。なぜこんなにも残酷な「神様」にまつわる行事が賑わうのだろうか。心底不思議である。

そんな事はさておき、私には柊という親友がいるということをお話しただろうか。いや、していなかった気がする。

私は小学校に上がると同時にこの街に越してきた。その時初めて話した同学年の男子が柊だった。ただそれだけである。家が近いという理由だけだったが、街の外れの私の家の近くに住む同年代は彼だけであっただけに貴重だった。雨の日も風の日も、なんて言ったら大袈裟に思われるかもしれないが、取り敢えず人生の中で家族の次に一緒にいた時間が長いのが柊だ。仕事であまり家に帰ってこない父よりも私の事を知っている気がする。

こんな仲であるだけに、お互いの事を好きだとか付き合っているだとかいう噂は勿論あった。意識してみたことも無いわけじゃなかったが、きっと「好き」という感情ではなかったと思う。ただただ仲の良い異性であるというだけだった。今日も柊の家に向かい、一緒に高校へ向かう。

ちなみに言っておくと、柊も初恋はまだらしい。本当か嘘かなんて知らないが、彼が言うならまだなんだろう。

お互い崖っぷちだからか、不思議と二人で歩いていると可笑しさがこみ上げてくる。


このまま愉快な時間が続けばいいのに。


やっぱり柊といる時間は楽しい。


学校ではハロウィンパーティーなんてものがあった。周りに合わせて楽しげな顔で乗り切ったが、やっぱり本心からは楽しめない。ただのパーティーならどれだけ気が楽なことか。

同じクラスに初恋がまだな仲間はいない気がする。少なくともいつも一緒にいるメンバーの中には。

帰りに百円ショップに行ってルーズリーフでも買おうと思い立ち寄ったが、まだハロウィン当日なはずなのにクリスマスの商品が陳列されていて、死を間近に感じた。

そんな訳は無いと分かってはいるものの自分の死を喜ばれているような気がした。

家に帰ればなんの事ないという顔の家族がいて、「初恋できた?」とチャットで聞いてくる友人への返信を済ませ、SNSには「初恋の人は誰だ」なんて言って盛り上がっている投稿やらを眺めて一日は終わった。

私が死ぬかもしれない日まで残り五十五日。



二.十一月


空も木も葉も、すっかり秋に染まったように感じる。

ほんの少しだけ自転車を漕いだだけでも耳の奥がツーンとする。

この感覚をもう一度味わう頃にはどうなっているのだろうかなんてついつい考えてしまう。


人間、そんなものだろう。


今日は、どうせ死ぬならと残りの人生を謳歌する計画を立てた。

どこでかって?そんなの柊の家に決まってるだろう。

学校を休んで日本一周しようだとか、

富士山に登りたいとか

ディズニーに行きたいとか、

一日ケーキだけ食べて過ごしてみたいけど口の中が甘くなって逆に気持ち悪くなりそうだ

なんて話してたらあっという間だった。


こういう時間が一番愛おしい。


さぁ、明日は何から始めようか。


家に帰ってからはいつも通り夕食をとって勉強して返信してSNSをチェックして寝る。

最近は寝るのが一番怖い。着実にクリスマスが近づいているのを実感するし、寝る時ってこれといって考える事も無いから、そうなると頭に浮かんでくるのは自分の死のことばかりだ。


朝が来て小鳥が鳴いて目覚ましが鳴って柊の家のインターホンが鳴って学校のチャイムが鳴る。

今日はそんないつもの朝ではなかった。

朝が来て小鳥が鳴いて目覚ましが鳴って柊の家のインターホンが鳴って私達は東京駅へ向かった。

鳴ったのはチャイムではなく新幹線の発車メロディだった。

十八年間のお年玉と貯金を崩して先ずは北へ。

どうせ死ぬならお金ほど使わないと損するものは無い。

この時期の雪景色ほど真新しいものは無かった。

始終二人で騒ぎながら観光名所を周り、夜を明かした。

翌日は北海道。次は中部地方の日本海沿岸部。近畿地方、中国地方、九州、沖縄、四国、中部地方太平洋側。最後になるかもしれない旅を精一杯の贅沢で飾った。

帰ると、何かを察したような親の顔があった。

私の親は不思議と「初恋はまだ?」なんて聞いて来ない。祖母によれば、母や父自身、この十八歳のクリスマスに悩まされたからだそうだ。そう思うと、何も言わずそっとしておいて貰えるのが本当にありがたいと感じる。詮索されるよりも何百倍かは楽だ。


十一月十一日。

今日は世間ではポッキーやらプリッツやらがとんでもなく売れる日だ。普段の三倍も売れるとか。お陰でギネスに認定されてるとか何とか。

人は流行に弱いのだなという実感が湧く。

とは言え私も新作の味を買ってしまうほどには弱い。

明日は私の誕生日だ。遂に十八歳である。


十一月十二日。

朝起きて十八歳最初に見たものはいつもと変わらない白い壁だった。いつもと同じ様に家を出て学校へ向かう。受験も間近になり学校に来ない人も現れ、自習が学校にいる時間の大半を占め始めた。私は受験なんて出来るのだろうか。ある意味楽しみでならない。

教室に入ると、よく一緒にいる友人や普段はあまり話さない様なクラスメイトまでもが私の誕生日を祝ってくれた。ありがたいし、本当に周りの環境に恵まれたと思う。

そしてあっという間に帰宅してケーキを食べて寝た。

まだ自分が十八歳になったんだという実感は毛ほども無いが、皆そんなものなのだろうか。


十一月三十日。

明日にはもう十二月になるとか正気だろうか。何が恐ろしいって、最早死ぬ事よりもテストが恐ろしい。テスト二週間前らしいが、まだ勉強が手付かずである。放課後に図書館でも行こうかななんて考える。私に塾ほど縁のない人はないんじゃないだろうか。塾に行けば行くほど成績が下がったので、一年くらい前に辞めてしまった。私だけじゃないといいな。

仲間意識があれば少しは気が楽になる気がする。初恋未経験っていうのも同じだ。




三.十二月


最近、柊に好きな人ができたとかいう噂がある。裏切りやがってという気持ちとなんか悔しい気持ちとが混ざりあっって頭がどうかなりそうだ。

柊の好きな人って誰だろう。無性に探りたくなるが、ウザがられたくはなかったので程々にしておいた。どうやら同じ高校で、毎日話す仲らしい。誰だろうな。


十二月十四日。

今日は命のタイムリミットまで残り十日であるのに加えてテスト一日目だ。

徹夜なんてするもんじゃない。眠過ぎる。寝ぼけ眼で学校へ向かい、学校に着いたら即寝て体力を温存するのがテスト当日の習慣になりつつあるなんて言えない。誰も知らないから知らないフリをしていてください。

案の定テストはそれなりしか解けなかった。埋められても合ってるのか不安になるのが定石では無いだろうか。

そういう訳で帰る時は柊と答え合わせをしながら帰る。


もしかしたら私は柊の事が好きなのかもしれない。


十二月十七日。

テスト最終日且つ金曜日だ。最高としか言いようがない。

とは言え受験生なのだから休みも何もないといえばその通りなのだが。

しかしながら土日を挟まないで四日連続のテストは辛い。

今日はさっさと帰って睡眠負債を何とかしたい。


十二月二十三日。

今日も夜になれば、タイムリミットは残り一日である。

残念ながら富士山には登れなかったが、今日はディズニーに行く。平日だから人も少ないだろうとか思っていたが、なかなかチケットは取れなかった。何故こんなにも人気なんだろうか。楽しいし、特別感があるから仕方がないといえば仕方がない。せめて今日は楽しみたい。一緒に行くのが誰かって?そんなの柊に決まっている。ディズニーでは花火が上がり、一日の終わりを感じる。楽しかった一日と言うのは本当に過ぎるのが早い。


十二月二十四日。

ついに最後の日がやって来た。いつも通り起きて学校へ行ってイルミネーションへ寄り道しながら帰ってご飯を食べていつも通り布団に入った。

明日の朝はどうなっているだろうか。



エピローグ 神隠し


朝起きて窓の外を見ると、雪が降っていた。私の住む地域ではホワイトクリスマスの確率は0%であるとすら言われていたのにも関わらず、雪は降り積もっている。


これは、夢か現実か。

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