第4話

 


「で、雅樹の彼女、その子名前はなんて言うの?」

「……良いだろ、べつに。教えなくても」

「出た。反抗期!やだやだ、かわいくないなぁ。ほーら貸して」

「あっ!」


 姉貴に携帯を奪われた。それで気が付いた。


 ――気が付いて、しまった。


「なになに……って女の子の名前がないんですけど?」

「……うるさいな」

「まさかアドレス聞いてないの!?うそでしょ?あんた本当に私の弟?」




 にやけた顔っていうのは隠してもバレてしまうものらしく、帰宅して早々目ざとい長女に見つかって事情聴取を受けるはめになってしまった。所々を端折りながら彼女ができたことを伝えると、からかうような表情で彼女の名前を聞かれる。

 なんとなく教えたくなかった。

 俺もまだ呼んだことないのに、姉貴に先に呼ばれるのはどうしても嫌だった。


 答えるのを拒否した俺の携帯を奪うまで、ほんの数秒。

 神業過ぎてドン引きだ。彼氏の携帯もこうやって奪ってチェックしてるんじゃないだろうな、と疑ってしまうのは仕方ない。



 姉貴のせいで気付いてしまった俺は携帯を奪い返すこともせず、テーブルにうつ伏せた。


 失態だ。

 確実に俺の失態。

 坂上さんが自分から聞いてくるような性格ではないことを俺は知っていたのに、俺が聞きにいかなかったのは失態と言わざるを得ない。

 恋人、なのに。カレカノ、なのに。


 ――やばい、にやける。


「アドレスも聞けないなんて情けない男ねぇ。愛想尽かされて明日には振られるのがオチじゃない?」


 不吉過ぎる。

 そんな予言めいた言葉は聞きたくない。


 ばっと耳を塞ぐと高笑いする姉貴の笑い声が聞こえた。


 ちくしょう、塞いでも意味がなかった。


 お喋りな姉貴――長女のせいで、深夜には兄姉全員が俺の失態を知ることになった。更に言えば、経験豊富過ぎる奴らはこぞって「がっかりされたわね」だとか「男としてそりゃねぇな」だとか不吉なことばかり言ってくるので、俺は結局眠れないまま朝を迎えて戦々恐々としながら戦地(学校)へ向かった。




 一番乗りで登校して来たということもあり、教室は静かだった。

 いつもならその静けさは好ましいものだけれど、脅されて眠れないほどに不吉な予言をされたせいで今は静かな教室が早く賑やかになれと願うばかりだ。


 ドアが開く度、ホッとする自分がいる。


 三人、四人、と教室に人口が増えていけばいくほどに安堵していく不思議な感覚。

 その内、坂上さんはいつ来るかな、とどきどきし始めた。


 会いたい、けど、怖い。変な緊張感を持って、教室のドアをじっと見つめる。

 そろそろ半分くらいの生徒が来たかな、という辺りでドアがまた開いた。


 お、篠塚さんか――坂上さん!?


 後ろに、小さな彼女の姿が見えた。


 モデルのようにすらっとしていて背もそこそこ高い篠塚さんのすこし後ろで、小動物みたいな可愛らしさを持つ坂上さんが立っていた。


 思わず顔が緩む。


 ああ、だめだ。

 あんなに不安だったのに、会えると嬉しくてしょうがない。

 今日もちっさいな、かわいいな。


 じっと見返す彼女の視線がゆるんだことに気づいた。

 えへ、とはにかむような、照れくさそうな笑顔がかわいい。



 坂上さんは篠塚さんと話しながら入ってくる。ふたりの会話は俺にも聞こえる距離で交わされていて、ちょっと気になる。


 良いこと、かぁ。俺のことかな――そう思って、違ったらどうしようと恥ずかしく思ってみたり。けれど、勘違いではなかったようで、逆にもっと恥ずかしくなった。

 坂上さんの問いたげな視線に意を察して頷くと坂上さんはまた嬉しそうに口元をゆるめて小さく笑った。




「高坂」

「おー。どした?」

「昼ちょっと話せない?」

「珍しいな。屋上の鍵、借りてくるか?」

「頼む」

「任せろ」


 あー、本当に高坂はよく気がつく男だと思う。


 俺が高坂に何かを言うときは大抵二人で話したいときで、高坂もそれが分かっているから普通生徒は借りられない屋上の鍵を借りようとしてくれる。


 まぁ、実際に鍵を借りてくるのは書類上バスケットボール部の副顧問である年配の女性教師なんだけれど。おばちゃん先生と一部からは親しみを込めて呼ばれている副顧問の先生は高坂が大のお気に入りで、相当融通を利かせてくれる。とは言っても、屋上は完全立ち入り禁止というわけではなく、監督する教師がいるなら生徒も入れるようになっている。監督するのが面倒だからなかなか教師陣がかりてくれない、ということだ。

 おばちゃん先生は監督しなくても高坂なら大丈夫だと信頼しているそうだが。




 昼休みに無事、屋上へと入れることになった俺と高坂はどちらともなく昼食を開始してぽつぽつと話し始める。


「篠塚からのメールが減ってるんだけどさ、やっぱ返し方マズったかなー」

「俺、そもそも内容を知らないからなんとも言えないんだけど」

「言わねーよ。俺と篠塚のふたりのひみつだから」

「そういうことは篠塚さんに言えよ。俺に言うなよ、このイケメン」


 人差し指を唇に当ててひみつ、という高坂は男の俺から見ても爽やかなイケメンで、これが全部計算だったらいっそ面白いのにな、と有り得ないことを考えてしまう。計算でも出来ないことはないだろうが、高坂という男は変な所で不器用だから計算でやろうとすればボロが出るに違いない。


「俺さ」

「おう」

「坂上さんと、付き合うことに、なった」

「……まじ?」

「まじ」

「すげぇじゃん!なんだよ!早く言えよ!おめでとう、幸せになれよ!」

「いやいや結婚するんじゃないんだから」

「あ、違ったわ!幸せにしてやれよ、だったわ」

「言い直さなくていいから!どっちみち結婚報告の返しみたいになってるから!」


 俺はなんでいつも突っ込み役をやらされるんだろう。


 弁当の卵焼きをつまむ。母さんの卵焼きはやっぱうまい。姉貴の砂糖なしとは違って。


「……なんかさ、目が合うんだよね」

「坂上と?」

「そう。やっぱ俺の気のせいかな」

「気のせいじゃないだろ……付き合ってるなら目も合うだろ」

「やっぱり?わーどうしよ、恥ずい」

「まぁ、俺も目が合うけどな」

「……なに?」

「いや、坂上とじゃないからな?篠塚と」

「あー……」


 沈黙。


 高坂は、篠塚さんが好きだ。直接言われたことは無いが、十中八九好きだと思う。というか、俺に「篠塚が好きなんだ」とか打ち明けるのもなんか変な話しだし、聞いても「あ、そうなんだ」くらいしか返せない気がする。

 会話の中で徐々に篠塚さんの話が増えていって、今ではメールする仲になったということくらいしか知らない。――いっそ、俺から聞いた方が高坂も楽なのかも。


「篠塚さんな……」

「渡さないからな?」

「何だよそのライバルみたいな発言は。俺には、さ、坂上さんがいるし」


 照れる。言って照れた。なんだこの発言。


「でも、初めて聞いたよな、たぶん。高坂がそういうこと言うの」

「女の子を好きになったのが初めてだからな、俺」

「……まじで?」

「まじで」


 誰かと付き合った、という話しは確かに聞いたことがなかった。


「なんか、気がつくとさ、色々な感情が向けられてることが多くてさ。どうすりゃ良いのかなって考えてるうちに、どんどん感情が変わっていくんだよ」

「例えば?」

「好きだって言われるだろ?でも俺は分かんなくて、考えさせて欲しいって答えても、三日後くらいにはどうせダメなんでしょ、みたいなことを言われて」

「……んー、あー……なんか想像できた」

「その時はもう好きって感情より、どっちかって言うと憎しみみたいな方に転がってるからさ俺もなにも言えなくなって結局誰にも答えられないままって感じだったわけよ」

「憎しみってお前また極端な表現を」

「じゃあどう言えば良いんだ?えーっと、恨み?」

「それも違うだろ。落胆とか諦め、じゃないの?」

「ああ、そんな感じ。それにちょっと非難めいた感情が混ざってる」


 言いたいことは大体分かる。

 高坂の周りはいつもそうだ。高坂に何かを期待して、その通りにならなければ高坂に落胆する。


 理不尽だな、と思うことはある。それでも、高坂は「別に良いって」と笑ってやり過ごす。こいつ、ストレス溜まったりしないのかな、なんて時々思うけれど、高坂はバランスが良いというか、自分を調整出来るみたいな所があるからなんとかなっているんだろう。

 それも、ずっと続くかは分からない。今だけだからなんとかなっているだけなのかも知れない。


「篠塚は違うんだよ。気づいたらそこにいる、みたいな。それだけ」

「その言い方だとホラー映画みたいだ」

「難しいな。どう言えば良いんだろうな……欲しい時にある、みたいなさ」

「あー、はいはい。分かった」

「でも、いつもは居なくて……なんか、すごいよな。妖精さんみたいだろ?」

「いや、妖精さんって」

「本当に。まじで。掴まえたいんだよ。ずっと居て欲しい。だから頑張ってるんだけどな、なかなか上手くいかない」



 ――ああ、本当に変な所で不器用だ。


 高坂と知り合ってつるんできて、こんなに真剣な顔で話しをされたのは数えるほどしかない。なんでもできて、バランスも良くて、性格すら良いこの男がこんなに悩むことは初めてなのかも知れない。



「メール返って来ねーし……」


 携帯を頻繁に見ていた理由は篠塚さんからのメールを待っていたからなのか。

 思わず笑ってしまう。あれだけ持て囃されている男が携帯片手に落ち込む姿はあまりにも普通過ぎて。


「なぁ、雅樹」

「んー?」

「一世一代の頼み事しても良いか」

「やだよ。一世一代の頼み事って頻繁にあるものだから」

「それは雅樹の兄姉だけだろ……」

「……まぁ、確かに」

「俺のは本当に一世一代の頼み事だから」

「聞くだけ聞くよ。無理だったら無理って言うよ」


 そんなことを言いながら。



 とっくに心は決まっていた。


 いつだって自信に満ち溢れていて、周囲に気を配っていて、誰より輝いている癖に誰より気が利く高坂が他人に頼み事をするなんてもしかしたら最初で最後かも知れない。自力でなにかを掴み取ることはあっても他人に頼んでなにかを手にすることはぜったいになかった高坂が、必死な顔をする。


 それだけで十分だ。

 俺は口に出すのは恥ずかしいが、高坂の一番の友達らしいので。



「坂上さんとデートする時、その内の一回だけで良いんだ。俺と篠塚、呼んでくれないか」


 ――やっぱり、高坂は高坂だった。

 自分で、自分の力で、欲しいものを掴み取ろうとする。


「坂上さんに篠塚さんの好きなひと聞いてくれ、とかじゃなくて?」

「そんなの坂上にも篠塚にも悪いだろ」

「……まぁ、ともかく坂上さんが、良いって言ったらね」


 やめろ、男の抱擁はいらない。欲しいのは坂上さんの抱擁だけだ。





 とにかく、香坂の頼み事を叶える為にはまず坂上さんの許可がないと始まらない。

 坂上さんが訝しんだ時は高坂の気持ちを坂上さんに明かしても大丈夫だと高坂も言っていたし、たぶん、坂上さんは拒否したりしないと思う。少しでも困った様子を見せたら流石に即座にナシにするけれど。


 どうやって切り出したら良いかな。


 そんなことを頭の端で考えながらノートを埋める。途中、坂上さんが振り返って目が合ったような気がした。


 あー、どうしよう。帰り、一緒に。とか言いだしたら困らせるかな。

 でも、それしか思いつかない。それに、連絡先も聞いておきたい。



 授業が終わってから、そっと席を立つ。

 坂上さんは何故か机に伏せていた。肩を叩くとのっそり顔を上げる。


 もしかして、疲れてる?


「ぜんぜんノート取れなかった、美奈ちゃ……」


 あ、篠塚さんと勘違いされた。


 もしかして篠塚さんと話そうとしていたのかも知れない。念の為に、周りを見てから近づいたものの、篠塚さんも席についていたから大丈夫だと思ったんだけれど。


「ごめん、邪魔しちゃった?」


 一応、聞いてみる。坂上さんは真っ赤な顔をして、唇を薄く開いた。


「か、かか、」


 蚊……?


 そういえばノートが取れなかったとか、言ってたような。


「ノート?あ、俺の貸そうか?」

「梶川くん……。う、ううん。大丈夫。ノートは美奈ちゃんにお願いするから……」


 ――ちょっと残念だったのは顔に出さない。けれど、坂上さんに自信を持ってかせるほど綺麗な字は書けていないから結果オーライだったかも。


「そっか。必要だったら遠慮なく言って。俺、結構字、汚いけど」

「そう、なんだ。意外かも」


 意外っていうことは、字が綺麗だと思われていたってことだろうか。


 坂上さん俺に夢見ちゃだめ!字も汚いし授業中居眠りもするよ!――って、そんなことは今どうでもよくて!



「あのさ」

「はい!」

「えー……と、かえり、なんだけど」

「う、うん」

「良かったら一緒に帰らない、かなと」

「え?」


 不思議な顔された!急過ぎた!?

 どうしよう。うわ、失敗した!


「あ、用事ある?いや、それなら、良いんだけど、っていうか、急にごめん。いきなり過ぎだよね」


 とりあえず捲し立てた。

 おれなにやってんだ……。


「そんなことない……!」


 うわ、え、違うの?どういうこと?え?失敗してない?


「いやでも、なにか用事あるなら、また今度で」

「ううん!ない!ない、から。一緒に、帰りたい」


 ――俺、言わせた!?坂上さんに!?

 ダメだって、それはダメだって!俺が一緒に帰りたくて誘ったのにこれじゃ坂上さんに無理言わせたみたいになってる!

 落ち着け、俺も、言わなきゃ。

 俺の気持ちもちゃんと言わなきゃ。


「うん、俺も一緒に帰りたい。……じゃあ、今日は一緒に帰ろう」

「今日は……っ?」


 あああああああもう!また失敗した!

 なんでそう引っかかるようなことを俺は!今日はって何だよ、今日はって!


「えっ、あ、ちがっ、きょ、今日から!今日から、ずっと!」

「でも、梶川くん……明後日から、その、夏休みだよ」

「あ、そうか……」


 何なんだろう。俺なんなんだろう。

 教室の片隅で、なにしてんだろう。


 ちょっと冷静になろう。落ち着こう。――って落ち着けないから!坂上さん目の前にしてそんな冷静になんかなれないって!


「じゃあ、またあとで」


 余計なことをまた言ってしまわないうちに退散!


 恥ずかしすぎて俺もうだめかも……。





 正直言うと、うきうきしてて、楽しみで楽しみでたまらなくて、靴履き変えるときまで浮かれすぎて靴が飛んでいったくらい、坂上さんと帰るのをすごく楽しみにしてた。


 でも。


「坂上さんは素直だよね」


 全部、顔に出てる。

 ああ、なにかあったんだなぁって。


「素直、かなぁ」


 素直過ぎて、いとしくなる。だけど、俺が原因ならそんな呑気なことは言えない。


 なにかしてしまったのかも知れない。高坂みたいに気が利くわけじゃないし、兄貴達みたいに女の子の気持ちが察せるわけでもない。言いたくないのかも知れない。それなら聞かない方がいいかも知れない。


 どうすれば笑ってくれるのかなんて、そんなことばっかり考えて。


「俺、気が利かないっていうか、気がつかないっていうか、そういう所あるから……なにか俺にいやな所があったんじゃないかなって思ってるんだけど、もし良かったら教えて欲しい」

「……え!?」

「坂上さん、学校出てから落ち込んだ顔してるから、気になって」


 坂上さんは笑顔がいちばんかわいい。どんな顔も見たいけど、やっぱり笑顔がいちばん好きだ。

 悪いところはなおすから、出来れば言葉にして欲しい。


 ――そう、思った、けれど。


「違うの!梶川くんがなにかしたとか、そういうわけじゃなくて。ちょっと悩んでることが他にあって、梶川くんと帰るのに緊張してるのもあるんだけど、でも、落ち込んでるわけじゃなくて」


 慌てふためく坂上さんに、自分が安堵するのが分かった。焦っている坂上さんを前にして、この気持ちは不謹慎なのかも知れないけれど、本当にホッとした。


「……よかった」


 思わず漏れた言葉に、坂上さんの目が潤む。

 じわり、じわりとその目から溢れてくる涙に心臓が強く鳴った。


「梶川くんのせいじゃないの……」


 目尻を擦る指が涙を消し去るように左右する。


 ああ、だめだよ、目が腫れる。


「わ、まって、坂上さん待って、」


 ぼろぼろとこぼれてくる涙を坂上さんが拭う度、目元が赤くなっていく。


「ハンカチ!じゃなくて、ティッシュの方が良い?ええと、ハンドタオルもある、けど、これは手を拭いたからだめで、ああ、目擦っちゃだめ!腫れるから!」


 慌てて右ポケットから出したのはハンカチで、鞄のポケットから出したのはティッシュ。

 左のポケットにはハンドタオルがあるけれど、手を拭いてしまったから使えない。どれが良いのかわからなくて、焦る俺に坂上さんが言った。


「かじかわくん、ひ、卑怯なこと、聞いても、いい?」


 なんでも良いから!

 いくらでも聞くから。――泣かないで。


「良いよ、良いから、ハンカチ使って」


 ハンカチを半ば強引に渡す。


 坂上さんはしゃくり上げながら、


「こう、こうさかくんって、好きな人、いる?」


 とても、残酷な質問をした。





 その質問は何度目だろう。


 坂上さんからされるのは、初めてのことだけれど。まさか、坂上さんからもされるとは思わなかった。


 坂上さん、高坂のことが?

 でも、だって、両想いのはずで、俺と坂上さんは、同じ気持ちでいたハズで。



 気が付いたら言っていた。高坂のこと、高坂からの頼まれ事のこと。


「今日、実はその話をしようと思ってたんだ。……坂上さんと付き合うことになったって話を高坂にしたら、その、篠塚さんと……坂上さんと俺と高坂で、どっか行けたりしないかって。高坂、篠塚さんのことがずっと前から好きで、だから、」



 ――ねぇ、坂上さん。

 姉貴が言うように、アドレス聞けなかったから、俺に愛想が尽きた、なんてことが、本当にある?


 高坂は坂上さんを見てない。

 坂上さんを見てるのは俺だよ。


 そんな気持ちがあった。


 高坂は篠塚さんが好きだから、だから、坂上さん、俺でも、良いじゃないか、なんて、そんな意地悪な気持ちで。


「美奈ちゃん……! ちゃんと、かなったよ……!」


 ――え?






「まだ言えないけど、わたしの悩みも梶川くんの話しとちょっと似てて、えっと、言えないんだけどね?言えないんだけど、美奈ちゃんのことでわたしちょっと悩んでて、でも……解決したから、大丈夫」


 その言い方だと、まさか。


「ありがとう、梶川くん。あ、わたしの悩みは言えないよ?だめだよ?まだダメだからね?」


 そんなに必死になっても遅いよ。なんとなく察しがつくよ。


 でも、ホッとした。本当に。


「うん。聞かない。俺も今一瞬すごい悩んだけど、解決した」

「え?悩んだ?なに?わたしも聞かないほうがいい?」

「……ホント、どうしようもない悩みだから。俺ばかだなぁって思っただけだから」

「ばかじゃないよ。梶川くん、いっぱい本読んでるし」

「読書してるからって頭いいわけじゃないんだけどなぁ」




 唐突だが、高坂は男前だ。


 見た目のこともそうだけど、性格だって男前だ。



 チームメイトのミスをフォローこそすれ責めたりなんかは絶対にしないと言うし、試合を見ない俺もなんとなく想像がつくくらい普段から男前だ。


 誰かの相談には真剣に乗るし、女子からの告白だって真剣に受け止める。高坂はなんでもできるし、頼りにされている。誰にでもある欠点なんて高坂には実際にはないし、それは欠点を欠点だと周りが思わないということでもある。


 高坂は運も良いし、ちょっとしたミスが幸運を呼び寄せたりなんかもするし、本当憎たらしいくらいにバランスが良い男だと思う。だからこそ、頼み事をされたときに「叶えてやりたい」と思ったし、そうするつもりで既に俺の気持ちは動いていた。そういう周りに「助けたい」「力を貸したい」と思わせるところもまたあいつのすごいところだ。





 しあわせが、またひとつ。

 たぶん掴まえられると思うよ、高坂の妖精さん。

 夏休みに入ったら、目の前に現れるはず。


 ――今日は連絡先を聞いて、俺も一歩前に進むから。


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唐突だが、高坂くんはイケメンだ。 尋道あさな @s21a2n9_hiromichi

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