△▼望まぬ箱卜義理切リ歯△▼

鳥兎子

△▼望まぬ箱卜義理切リ歯△▼


 闇市場の裏テリトリーを彷徨いながら、悪癖のままに切歯した時だ。口内は思わぬ咀嚼物を手に入れた。飲み込むには不完全な砂のようで不快なソレと、犬歯をざらついた舌で確かめた。

 

 ……欠けちまったか。


 歯が脆くなっていた。どうやら虫歯が巣食っていたらしいと、ようやく気づいた愚かな自分に嫌気が刺す。唾ごと、黒ずんだ掌に歯の砂利を吐く。が、濁った血反吐と共に落ちてきた黒石に、久しぶりに両のまなこをかっぴらいた!


「ンア”!? 」


 

△▼ナニ、 犬歯ごと取れやがった!? △▼


 

 舌先でもう一度確かめた左の犬歯がある筈の空間は、がらんどうでスカスカするから間違いない。嘲笑うように鉄の味が口内に蔓延る。だが、何故コレは黒い!?


 俺は汚れの詰まった爪先で、掌の不審物を検分する。形は確かに犬歯だ。虫歯の奴が白い領土を侵攻したにしては、不自然に真っ黒すぎる。オマケに、ミジンコみたいに小さな白い文字が刻んである。……『義理切リ』?


「我ながら、まぁまぁですわね」


 またもや突然、降ってきたのは可憐な声。つぶらな瞳で、浮浪者の血反吐まみれの掌を不審に覗き込むのは、小綺麗なモノクロワンピースに身を包む蝋色ろういろツインテールの少女だった。

 

「なんだお前は」


 下賎な世に捨てられた浮浪者……もとい、名前:堕蹴ダケ/推定三十五歳 /男……の俺は、奇妙な状況に片頬が引き攣る。

 

「私は『望まぬ箱』。最も穢れた者に義理を切れる欠片が現れる、と占いをしたの。早速成功したわ、魔女である私の格は確かなようね」 


 無い胸を得意げに張る『望まぬ箱』の顔面に、俺は血混じりの唾を飛ばしながら批難する!

 

「ふざけんな、俺の犬歯を元に戻せ! 明日良い肉が噛み切れなかったらお前のせいだぞ」


 望まぬ箱は、それとなく上品にシルクハンカチで幼顔を拭うと空き缶のゴミ箱に捨てた。

 

「あら、明日のお食事ディナーの邪魔をしてしまったかしら。だけど貴方に外食の予定があって? 」


NOノー


「なら問題無いわ。貴方は明日のステーキより、素晴らしい品を手に入れたのだから誇っていいの」


「……それが俺の元犬歯だと? 何の義理をこんなちっぽけなゴミで切れるって言うんだ」

 

「義理というのは、世の道理の事。人として守るべき正しい道を切れる歯なんて、世を恨む貴方の復讐にピッタリでしょ? 」


 にゃはは……と奇妙な嘲りを展開する望まぬ箱に、俺は口の端が引き攣る。


「どちらかと言えば、俺はお前との縁を既に切りたい」


「なんでよ! 可愛らしいロリ魔女との縁なら深めたいはずでしょ、この変質者が」


「俺は浮浪者だが、まだ犯罪は犯してないぞ! 自分で可愛らしいとか言う辺りだいぶ怪しいのは望まぬ箱おまえだろ!? ……で、【義理切リ歯】の使用方法は」


堕蹴あなたこそ、ちゃっかりしてるけどね。凄く簡単。【義理切リ歯】を握った拳で、義理を切りたい人物の額の前を横切らせるだけ。……あら、早速使っちゃう? 」


「勿論だ。俺はヤツが狂うのが見たい」


 浮浪者らしく血塗れた歯抜けなまま笑った俺は、早速客引きもせずに寝こける偽善者ヤツを【義理切り歯】で切る!


 

【ふがっ! やはり/サラリーマン堕蹴/を面接で正解だった! チョロいから騙して借金地獄を擦り付けてから辞めさせてやった! 小心者の奴は上司圧政に逆らえない! 】


 

「まぁ! 元上司を選ぶなんて、欲望に従順。 もう既にサイコパス上司は義理は切れてたけど! 堕蹴は浮浪者よりワンランク上の糞=底辺社畜だった訳ね」


「浮浪者の歯で亀卜きぼくモドキをする、望まぬ箱おまえに言われたくない」


「あ? 一回堕ちとけ、浮浪者」


 望まぬ箱は、ロリ顔に似合わずどす黒い呪詛を吐きながら得体の知れない何かを投げつける!


「何だこのちっさい髑髏どくろ共は! 」


「それは金魚草の乾いた種。カサカサする地味な恐怖に足掻くがいい」


 身体に齧り付く金魚草の髑髏種に、目ん玉が裏返った俺の意識は一瞬で暗転する。……懐かしの実家の中まで宗教組織に追われている。Help_me_! あ、エセ医者の元に行く為に救急車呼べばこっそり逃げれるか。


   △▼堕蹴。脳味噌OVER HEAT△▼


「社畜時代でも思い出してるのかしら、お可哀想に。今の貴方は変哲無い浮浪者だから安心してっ!」

 

 望まぬ箱が食らわした後頭部チョップで、脳内悪夢ループの金縛りが解ける。意識が鎮座した俺は、脳髄の圧を高める怒りの衝動のままに怒鳴り散らす!


「ふざけんなっ! 元上司の義理は上に、悪夢を降らせやがって! この、似非魔女が!! 俺の犬歯元に戻せ!! 」


 可愛らしくうるうると上目遣いで助けを乞う、望まぬ箱に内心胸がすく。


「ぇえ……あんたの元上司の義理が既に切れてたなんて知らないわよう……。似非とか言われると……りたくなる」


 望まぬ箱の低く唸る様な殺意は先程の悪夢以上の地獄を垣間見えようとしていて、俺は染み付いた社畜時代のなせるままに、綺麗な土下座をする!!


「すいやせんでした!! 俺の犬歯を元にお戻し下さい!! 」

 

「そう。分かればいいのよ、分かれば。私は魔女であって、歯医者じゃないんだけど……そうね。足りない歯は乾いた死体の骨から使えって言うし……どうしようかな」


 そんなん聞いた事無い。と俺は蹲るままに、望まぬ箱をチラ見する。……犬歯を奪われたのは俺のはずなのに、何故俺は綺麗な土下座をしているのだろう。あ、元社畜だからか。


「やっぱ白骨死体と言えば、あの二人よね」


 望まぬ箱が二拍手すると、鮮やかな緑蔦這う廃線トンネル内に一瞬で俺達は移動していた。What?


 ――カラン、コロン。と骨が散らばる廃線レールを辿って誰かがやって来る。少女とおっさんくらいの背丈である。


 訪れた、乾いた死体の二人は散らばる骨達と材質は変わらないが……夏風が吹き抜ける眼窩は懐かしい。


「どうも……」


 おっさんの白骨死体と綺麗なお辞儀を交わすと、新しい犬歯が掌に乗せられた。新しい犬歯は鍾乳石のように、溶けかけの三本筋が走り未完成だった。


 スチャッ。

 

 勝手に嵌った新しい犬歯の滑らかな舌触りに、俺は既視感を覚えた。そうか……俺達は既にのか。


 胸を締め付ける郷愁のままに望まぬ箱を見下ろすと、彼女は『ようやく気づいてくれた』と切なく微笑した。俺は差し伸べられた小さな掌をとる。義理切リ歯は、二人の掌で溶けていく。


 ――カラン。と新たな二対の白骨死体が廃線レールに転がった。


 

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△▼望まぬ箱卜義理切リ歯△▼ 鳥兎子 @totoko3927

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