第47話 二度あることは三度ある

 

「この邪龍、やってくれるわね……」


 ね。


「あはは」

「あははじゃない」

「だって、何も無いのもつまらないなって思ったからさ」


 呆然する私達の目の前で、リートはカチッと宝玉をはめた。

 壁が今度は赤い光を発する。


「あと、忠誠を誓えばパワーアップするってのも気になったし」

「あれを忠誠とは言わないでしょ」

「邪龍の世界では忠誠の作法なんだよ」


 しれっと答えるリート。


「ぜーったい嘘だわ」

「嘘ですね」

「ねえノノア。こいつノヴァと一緒に討伐しない?」

「それ僕もお手伝いします」


 ミレットとルカちゃんがそう言うと、彼は一つも悪びれない表情で笑った。


「二人とも酷いなぁ」


 酷いのはどっちだ。


「反省はするよ。でも、おかげで本当にパワーアップは出来たみたいだし、よかったってことにしよう。何事も平和にいかなきゃ」

「ったく、それでノノアを困らせちゃ話にならないわよ」


 全くだ。

 じっと二人のやり取りを見ていると、ミレットがゆっくりとこちらにやって来る。


「そういう訳で」


 部屋の隅に隠れた猫を誘き出すように、ミレットが優しく私を覗いた。

 私はさっきから師匠の後ろに隠れていたのである。


「この男にはしっかり文句を言っておいたから、もう安心して出て来なさい」

「だそうだ、ほらもういいだろ。出ろ出ろ」


 トントンと肘で軽く叩かれる。

 師匠が私を促していた。


「……」


 恐る恐る、高い警戒心のまま、師匠の背後から顔を覗かせる。


「酷いなあ、そんなに警戒するなんて。彼の時はここまで拒否されなかったって聞いたのに」

「僕の時の話はやめてください」


 彼と呼ばれたルカちゃんが、思い出して戸惑った。


「馬鹿言いなさい、ルカとあなたじゃ培ってきた絆が違うのよ」

「そんなものかな?」

「そんなもんよ」


 さすがミレット。

 一発でリートを黙らせる。

 ミレットの言葉に、リートは納得したようなしていないような顔を見せた。


「……わかったよ」


 肩をすくませ、彼はポンと両手のひらを合わせた。


「ごめんね、ノノア。もちろん責任は……」

「とらなくていいです」

「えっ、即答」

「その代わり、本気で邪龍ノヴァ討伐はお手伝いしてくださいね」

「りょーかい」


 別に私だって子供じゃない。

 だからこのくらいのことで大きく騒ぎ立てるつもりはない。

 ただちょっと、びっくりしただけなのだ。


===


「それじゃ話もまとまったところで」

「なんでお前が仕切るんだよ。反省してろって」


 師匠が言葉をぶった斬る。


「まあいいから」


 そう言ってリートはミレットに向けて指をさした。


「は、私?」

「うん。俺もルカちゃんもパワーアップしたんだ。じゃあ次は君の番かなって」

「え」

「えっ」

「当然だろ、相手は邪龍ノヴァだよ。持てる武器は全部使わなきゃ。もちろん聖女の能力だって」


 もっともらしい笑顔で語る。

 なんだろう、笑顔なのにすごく悪いものを感じる気が。


「……そういうところが良くないんだと思います」


 ルカちゃんが珍しく冷たく言った。

 その通り。


「ごめんごめん。でも本当に、ミレットはどうする?」

「……」


 リートの言葉に私は隣に視線を移す。

 私達のやり取りにも混ざらず、ミレットは珍しく真顔で悩んでいた。


 悩むんだ。


 確かによく考えたらミレットは、成り行きでここまで付いてきただけで、忠誠とか親愛とかそんな仲じゃない。普通に嫌なのかもしれない。当たり障りない断りの言葉を考えているのかも。


「ミレット」


 だから私はこちらから断れるように言葉を選んだ。


「……何?」

「ミレットは今でも十分強いし、余計な事する必要はないと思うな。それにやっぱりちょっと恥ずかしいし、無しの方向でいい――」

「はあ? なんでそうなるのよ」

「えっ、でも」


 ミレットが怒った。

 言葉選びを間違えてしまったらしい。

 美人な目元がキッと私を睨んだ。


「余計な事だなんて、いつ私が言ったの? 強くなるんでしょ? やるわよ、やる。聖女様の恩恵が貰えるとか勝ちフラグ立ちまくりじゃない」

「勝ち……フラグ?」


 また分からない用語が。


「私が考えてたのは、どうすればその恩恵が一番大きいかなってこと」

「べ、別にどこで何やっても関係無いと思うよ?」

「分からないじゃない!」

「ま、まあ、そうだけど」


 完全に私の予想が外れた。

 ミレットが悩んでいるものは、私の理解を超えたところにあった。


「ちょっと待ってて。今、何かネタがあったかもしれないから思い出す」

「う、うん。じゃあ待ってる」


 本人の気のすむまで待っていようと、そう考えた時だった。


「だーかーらー、いい加減もたもたするなって言ってんだよ!」

「あっ、ちょ、師匠」

「ちょっと何よ、ノノっ……」


 強引に師匠に頭を押さえつけられた。

 ゴッと何かが私の瞼に当たる。

 悩まなくても、それはたぶんミレットの唇だろう。


「よし、これでいいんだろ。行くぞ」


 師匠があっさりと告げ、ドタバタ劇は終焉を迎えた。

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聖女だけど勇者の浮気を目撃したらパーティから追放されたので、先にラスボス倒してスッキリしてやりますわ! 椿谷あずる @zorugeru

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