第15話
「もしかしてあの二人……意外に、す、進んでる?」
顔を真っ赤にして、上手さんが僕に言う。
山川と江草さんの方が交際期間は長いし、僕たちの知らない世界へ進んでいる、という可能性は十分にある。ただ無骨な山川と、おとなしめの女子である江草さんが色々進んでいるというのは、少しイメージしづらいところもあった。
「どうなのかな……?」
「何が進んでると思ったの?」
「ふえっ! そ、そんなの、言わなくてもわかるでしょ」
「わからん」
「ふ、二人で、誰もいない自分の家に行くってことは……すること一つしかないでしょ!」
ちょっとふざけて、カマをかけてみたのだが、上手さんは完全に、かなり進んだ方向の妄想をしているらしい。
「そうだな。二人、誰も見られてないところでゆっくり……ゲームでもするのかな」
「げ、ゲーム?」
「えっ? 上手さんは、何考えてたの?」
「なっ!?」
「家で、二人ですることといったらゲームくらいじゃないの?」
「なななっ!?」
「もしかして上手さん、すごく不純なこと考えてた?」
「なーっ!」
上手さんが爆発しそうになり、持っていた小さな紙袋を落としてしまう。
袋の中身が、少しだけ姿を見せる。
明るい水色の――どう見ても、女性用下着、すなわちブラだった。
「きゃっ!?」
慌ててそれを拾う上手さん。
江草さんと一緒に買ったのって、それか。
「……こここれはね、こういう女の子っぽいのも持っておいた方がいいと思って! 別に、何かやましい気持ちがある訳じゃないから!」
「やましい気持ちって何?」
「もうー! 南條くんのいじわるー!」
上手さんが僕をぽかぽかと叩きはじめた。僕がからかって、遊んでいるのだと気づいたらしい。流石にこれ以上は可愛そうだ。
「実際、どこまで進んでるんだろうね、あの二人」
「そ、それは流石に聞けないけど……そういえばこの下着選んでもらった時、すごく慣れた感じだったしなあ……もしかして……」
具体的に想像してしまうと、僕の方も急に恥ずかしくなってきた。
山川と江草さんのことはとりあえず置いておくとして――上手さんが、僕に見せるためにその下着を選んでいたのだとしたら。
いつかそれを身に着けた上手さんの姿を見られるのだとしたら。
そんな機会は、僕の人生にはまず発生しないと思っていた。想像するだけで頭の中が蒸発しそうになる。
「わ、私たちは、これからどうする?」
「うーん。僕の家には妹がいるんだよなあ」
「そ、そういうのはまだ早いと思うから! それに私も、全然準備とかできてないから!」
「準備って?」
「い! じ! わ! る!」
また叩かれる。からかうと意外に面白いな、この子。
「どっか、行きたいところある?」
「えっと……この前、南條くんと一緒にいったカフェがいい」
「あそこでいいの? お茶するならもっといいお店あるかもよ」
「それはそうだけど……あのお店、私にとっては思い出の場所だもん。何回でも行きたいな」
「そ、そっか」
僕としては、妙な時間にふらふらしていた上手さんを軽い気持ちで誘っただけなのだが、上手さんの心の中では、とても大事な思い出になっている。
僕はその事実を急に重く感じて――上手さんに、少しときめいてしまった。言葉では言い表せられないけど、心が上手さんの方へ、強制的に引き寄せられていくような感覚だった。
「じゃあ、行こうか」
「うん!」
「そういえば、今日は手つないでなかったな」
山川たちとバタバタしていたので、手をつないでゆっくり歩く機会がなかった。僕は普段帰り道でそうしているように、上手さんの手を握った。
「ひゃん!」
「えっ?」
「ご、ごめんなさい、急だったから、ヘンな感じがして」
「やめとく?」
「や、やだ! つなぐ!」
今後は上手さんから、がしっと僕の手を握ってきた。心なしか、いつもより熱いような感じがした。
こうして二人で例のカフェへ向かい、二人ともホットチョコレートを頼んだ。
「これ飲んでみたかったんだよね~うわあ甘っ」
「まあな」
ホットチョコレートとは甘いものの詰め合わせである。よほど甘党の人にしかおすすめしない。だから前回も、上手さんにはフラペチーノを勧めたのだが。
温かいものなので、今回はカフェの席に座って、ゆっくり味わった。
「勉強、進んでる?」
ふと、軽い雑談のつもりで、僕は上手さんに聞いた。
「う……実はこの前模試があったんだけど……自己採点したら、前より落ちてた」
「ずっと勉強してるのに、そんな落ちるものなの?」
「前より出題範囲が広かった、っていうのはあるけど、正直このままだとまずいんだよね」
「医学部医学科ってさ、一浪とか二浪とか当たり前の世界なんだろ。あんまり焦らないで、ゆっくりやった方がいいんじゃないの?」
「それは確かにそうだけど……やっぱり現役合格がいい」
「なんで? お金の問題?」
「ううん、お父さんは浪人してもいいって言ってるけど……南條くんは、美大行くとしたら浪人してもいいと思ってる?」
「美大って言っても色々あってさ、名前書けば受かれるようなところから、一番難しい帝都芸大は、十浪とか当たり前の世界なんだよね」
「じゅ、十浪!? 流石にそれは間違ってない?」
「入試自体がセンスの世界だからなあ。他の美大で四年かけて学んで、帝都美大受ける人もいるよ」
「ふうん……南條くんは、チャレンジしてみたいの?」
「さすがに十浪とかは嫌だけど、挑戦はしてみたいな。美大はほとんど私立だから、帝都芸大受けつつ、他の私立大学も受ける、みたいな」
「そっか……じゃあやっぱり現役合格だよね。私、南條くんと同じタイミングで大学生になりたいもん」
「えっ、それが理由?」
「そうだよ。だって南條くんだけ大学生になったら、私が一人勉強しているうちに、美人の先輩に誘惑されて、取られちゃうかもしれないじゃん」
「いやそんな事、ないよ。僕そんなにモテないから」
あまりに予想外の事だったので、僕は笑ってしまった。
「そんな事あるよ~! 私、南條くんを誰かにとられないか、いつも心配してるもん」
「心配しなくたって僕は上手さんのことしか考えてないよ」
「うっ……?」
さらっと恥ずかしいことを言ってしまって、ホットチョコレートがほとんど冷めるまで、二人とも黙ってしまう時間が流れた。
何でもできる上手さん、僕に甘えるのだけ下手くそすぎる件 瀬々良木 清 @seseragipure
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