【16:けれども恋は終わりを告げず】


「はぁ~。御素敵」


 時間は日が暮れてしばし。厳島は出資会社のプロデューサーとして収録現場に立ち会っていた。なんで俺がいるかって? 俺が一番聞きたいな。


「臼石泡瀬ちゃんの声てぇてぇ。」


 そのプロデューサーこと厳島は俺を巻き込んで臼石泡瀬の声を聴くためだけにこうやってスタジオにお邪魔しているわけで。文字通りの意味で邪魔している。俺も巻き添えというか付き添いを兼ねてこうして此処にいるが、やっていることの高度さは確かに理解を超えている。その演技の尊さも、直に聞くと圧倒されてしまう。臼石泡瀬こと栗山の声に込める情熱がどこか遠い出来事のよう。


 で、そんな無理筋を通す案件で厳島が百パーセント自分のためにやっているゲーム企画は今のところ問題がないらしい。ソレもどうよとは思うが、彼女に関して言えば毎度のことでもある。きっと厳島には目の前しか見えていないのだろう。良くはないが彼女らしくもある。で、ゲームの企画とはまた別にこうやって栗山の仕事を拝見するのは貴重な機会でもあった。栗山は声優を「微妙な職業」と言っていたが、こうまで真剣にマイクに向かう仕事というのはやっぱり見聞きするだけで戦慄に値する。


「お疲れ様であります!」


 栗山がいつもの調子で挨拶し、そうして収録が終わる。


「ブラボー!」


 感極まった厳島が栗山に抱き着くまでがワンセット。


「臼石泡瀬ちゃん萌え~!」


「ちょっと厳島さん……」


 困り果てる栗山の気持ちもわかるが、俺に厳島を止める理由はない。


「先生……」


 当然栗山も視線をこっちに向けるが俺は首を横に振る。


「無理だ」


「先生以外に止められないんでありますけど」


「無理だ」


 だから俺も重ねてそう言った。そんなこんなで帰路に着くわけだが、その間も厳島は臼石泡瀬のことをベタ褒めして語り続ける。


「このシーンの演技が!」「声に込めた感情が!」「テンションの自在さが!」


 等々。


 一応どこに人目があるかもわからないので栗山は野球帽とサングラスとマスクをつけて御尊貌を隠しており、なんというか有名人がよくやるイメージの変装をしている。だが声は変えようがないので、駅に近づくと流石に情報漏れを考慮して厳島も臼石泡瀬の名は出さなかったが、「なお語り足りない」と身を震わせる。どんだけ臼石泡瀬が好きなんだ。


「栗山の仕事のモチベーションも凄かったしな」


「全部先生のおかげであります!」


 俺は何もしていないのだが、否定しても栗山が残念がるだけなので何も言わない。


「――――――――」


 駅に着くと今日もどこかでデビ……じゃない。弾き語りの歌声が聞こえる。最近は規制も叫ばれて久しいが、やはり全くいなくなるほど簡単なものでもないのだろう。そちらを見やると既視感を覚える少女がギターを抱えて歌っていた。黒髪だが赤のメッシュを入れている。ロックというかパンクにかぶれており一瞬誰だか分らなかった。見た目女子高生の幼い感じの乙女だ。


「綺麗な声……」


 厳島がぼんやりと少女の歌声に惹かれてそっちにフラフラ。熱心に歌っている少女は厳島に気付かないまま一曲引き終えて、そこで漸く自分の歌声を聞いている客に気付いた。俺は少し離れたところで、雑然と歩く人混みに紛れていた。そんな俺の管轄から少し外れ、栗山の肘に腕を回してラブラブしている厳島が、ニコッと笑んで十万円をギターケースに置いた。まぁ一般的には大金だ。厳島には考慮にも価しない。


「いや。そんな貰えないっすよ」


「推しに貢いでいるだけだよ。お姉さん声の通りがいいね。実はデビューしていたり? ちょっと形容しようのない歌声だったけど」


 厳島は栗山がそうだったように気に入った人材には散財するらしい。駅の弾き語りに十万出したのは、おそらく手持ちの金がそれだけしかなかったからで、多分百万円持っていたら遠慮なく全額貢いだろう。こういう暴走は今回に始まったことでもないので俺は何も言わない。


「どうも。リクエストも受け付けるっすよ」


「じゃあエンシェントモダン。分かる?」


「あー。聖痕のガングリオンのオープニングテーマね。ちょっと待って」


 キュイキィとギターの弦を弄って調整するギタリスト。


「そうだ! 栗山さん歌ってよ!」


「ここで?」


 唐突に何を言い出すのか厳島の提案に、流石に栗山も困惑する。だがたしかに良いかもしれない。元々エンシェントモダンは栗山……というか臼石泡瀬の持ち歌だ。


「お小遣いあげるから~」


「いらないんだけど……たしかに厳島さんにはお世話になってるし、我儘くらいは聞いてあげるであります」


「お。君歌えるっすか?」


 ギィンとギターをかき鳴らして、ギタリストが栗山を見た。ちょっと挑発的。


「まぁ下手の横好き程度には」


「わぁ。臼石泡瀬の路上ライブ。しかも弾き語りの女子高生とコラボ」


 そんな尊さで喀血しそうな厳島のご機嫌はともあれ。声楽も学んだことのある栗山の声は駅の道行く人の琴線に触れた。もちろん立ち止まって聞く人間は少ないが、栗山の声がギタリストの引く弦音楽とマッチし、その上で歌詞の流暢な発音とメロディの相互関係がわかる人にはわかってしまう。


「あれ? この声……」「ネットでバズってる奴じゃない?」「臼石泡瀬の声に似てるな」


 似ているも何も本人なのだが。軽やかに歌う栗山の声は高い音でもブレないという、ソングの基本をしっかり押さえていた。そうやって歌い終わると、聖痕のガングリオンのファンが駅の入り口に人垣を形成し、拍手喝采を贈った。おひねりも随分出て、おそらくギタリストの臨時収入になっただろう。そもそも厳島が十万円突っ込んでいるが。


「ども。ども」「お耳汚し失礼したであります」


 喝采の声に二人が応じ、それから少女は栗山をしげしげと見つめる。


「綺麗な声っすね。アニメ声?」


「声優をやっていまして」


 歌い終わって栗山がマスクをつけると、野球帽とサングラスと合わせて不審人物風。


「なるほど。最近の声優って歌えてなんぼっすからね。自分も歌の上手い人だと演奏のし甲斐があるっすよ」


「ねえ。お姉さん。どこかのレコード会社と契約とかしてる?」


「全くのアマチュアっす。そりゃ契約できるならしたいんすけど。世の中上手くいかないもんで」


「じゃあウチでデビューしてみない?」


「ウチって。女子高生っすよね? 会社でも経営してるんすか?」


 最近は一円から起業できるんで無い話ではないだろう。ただ女子高生として可愛い厳島が無理して仕事する様はコイツには見えまい。俺も仕事に関してはノータッチ。


「ちょっとウチでゲーム創る企画があるのよ。お姉さん作曲できる? 出来ないならテーマソングだけでも歌わない? バックバンドはこっちで用意するから……」


「ちょちょちょ。待つっす。いきなりそんなこと言われても詐欺の匂いしかしないっすよ。どういう好条件っすか。借金して自費デビューしろとかそういう話?」


「もちろんロイヤリティ契約だからゲームが売れた分だけお姉さんに還元するよ。そうじゃなくても初期投資に契約料は払うから。使用権は売り渡してもらうけど――」


「――落ち着け。音無が困惑してる」


 俺がガシッと厳島の後頭部を掴んで止めた。気に入ったクリエイターを支援するのは真っ当かもしれないが、ここで条件を詰めても相手の不審を買うだけだろう。


「あれ? 先輩?」「よ。音無。元気にやっていると思っていたが……こんなとこで何やってんだ?」「――結婚してください!」


 俺を認識するなり音無は飛びついた。何故? 厳島と栗山もキョトンとしている。


「大学出て一流企業に就職したんすけど過密スケジュールとやりがい搾取と無賃金残業と上司のセクハラでストレスマッハだったんす! 最終的に三十後半の部長に結婚申し出られて辞めざるを得なかったんすけど次の就職が決まらなくて! もう今月の家賃も払えないっすよ! 事故物件で限りなく家賃安いのにこっちの収入がもっと安いっていう!」


「先生。お知り合い?」


「大学の後輩の音無。年齢は音無が上だが、こいつ詐欺幼女だから中高生にしか見えないっていう」


「もうここ数週間水分と塩分と炭水化物しかとってないっすよ~! タンパク質とらないと肉体の構築に支障が! セルフダイエットにも限界はあるっす!」


「じゃあなおさら厳島……こいつの話を受けろ。保証は出来んが詐欺ではないぞ?」


「デビューできるっすか?」


 まず音楽関係がどういう金の流れかを俺が知らんのだが。


「ぜひ先輩の部屋に泊めて! エッチでもなんでもするっすから!」


「そこまで追い詰められる前に連絡しろ。スマホは?」


「料金未納で止められてるっす。充電も店に行って良心的にやってもらうより他になく」


「あー。厳島?」


「うちは大丈夫だよ? お姉さん……音無さんが住むくらいの環境はあるから」


 そう相なるか。ていうか厳島のヘッドハントからこっち女の子との因縁が積み重なるな。


「じゃあ寝床は用意してやるからついてこい。とりあえずメシだな」


「やっほ~い! 先輩愛してるっす! 肉! 肉食いたいっす!」


「じゃあ鉄板ステーキでも食べましょうか。シェフが目の前で調理してくれるやつ」


「先輩先輩。この子何者っすか?」


「俺の婚約者」


 婚約指輪はまだ贈ってないけどな。

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教え子のJSと恋仲になって公職追放されたがJKに育った彼女が全然俺を諦めていない件 揚羽常時 @fightmind

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