第4話
彼女はひ孫の足音で目を覚ました。昼下がりの日差しが心地よく、ついうとうとしていたようだ。
「ひいお祖母様、アルラです。ご機嫌麗しゅう」
「お入り、愛しの『先祖返り』」
部屋に入ってきたひ孫のアルラは、いつにも増して美しい。シンプルだが上質の絹布で仕立てた緑色のドレスは、彼女の豊かな黒髪によく似合っている。透き通るような色白の肌に琥珀色の瞳。娘盛りの美しさの中に、少しだけ凄みのようなものが混じって見えるのを、この老婆は見逃さなかった。
「ふむ……試練を経て、また一段ときれいになったようじゃの」
「ひいお祖母様には劣りますわ」
「ほほほ、当然じゃ。この婆のようになるには、あと百年は必要じゃろうて」
しわくちゃの顔に笑みを浮かべ、軽口を叩き合いながら、抱擁とキスを交わす。カヴァラ一族の最高齢の女傑・ハルドラは、ことのほかこのひ孫を可愛がっている。また、一族の中でもアルラが最もこの曾祖母に懐いているのだ。真っ白な髪、しわとシミだらけの顔、骸骨のようにやせ細った体躯。だが、老いてなおこの老女には威厳がある。高齢を理由に屋敷の離れに住み、一日の大半をまどろみながら過ごす老女のことを、一族の者たちはどこか恐れを抱いていた。物おじせず、彼女に会いに来てくれるのは、この「先祖返り」のひ孫だけである。
「……で、そのお嬢さんは?」
「ええ、全て涙ながらに白状したそうで」
でっち上げの罪でアルラを魔女と告発した、カティア・ドルマン伯爵令嬢。全ては自分が仕組んだことであると王太子の目の前で打ち明けたそうだ。謹慎が解かれたアルラに代わり、今度は彼女が自宅で蟄居を命じられている。今なお悪夢にうなされ、すっかりやつれ切っているらしい。王太子からは今回の顛末についての報告書と丁寧な詫び状も届いている。
「やれやれ、ひと月ももたなんだか。根性無しが」
「根はお優しい方なのでしょう。良心の呵責に耐え切れず……ということですわ」
「……夜ごとの悪夢に耐え切れず、であろう?」
曾祖母の問いに、ひ孫はにっこりと微笑み、手提げ袋から小さな小瓶を見せた。中には少しばかりの灰が入っている。
「羊皮紙に相手の名前と呪文を書き記し、ヒキガエルの脚と共に火にくべて祈る。その灰が手元に残る限り、相手は悪夢にうなされる……。他愛もない『おまじない』ですわ」
「で、どんな悪夢を?」
「わたくしが、むごたらしく処刑されるのを目の当たりにする夢ですわ。首つり、斬首、火あぶりに八つ裂き……」
「ほほほ、己の死に様とは。悪趣味が過ぎるぞ」
「人のことを魔女呼ばわりしたのですから、魔女らしい悪夢がよろしいかと」
「やれやれ、そのお嬢さんにはちとばかり同情したくなるわの」
ハルドラはアルラに命じて、書棚から数冊の本を持ってこさせた。魔導書やカヴァラ一族の歩みを記した書物など。まだ読み書きもままならぬ幼い頃から、アルラはよくここでハルドラに本を読んでもらっていた。このひ孫にとっては、乳母が読み聞かせてくれるどんな絵本よりも面白かったらしい。
カヴァラ一族でも知る者はごくわずかな秘密。この一族に稀に生まれる「力」の持ち主。女性にしか授からない「それ」を持つのは、この二人だけだ。
「僭越ながらこの婆も、その一人じゃと自負しておった。じゃが……」
カヴァラ一族の秘録に残る、七代前の女性の肖像画。ファラ・カヴァラ。歴代の中でも並外れた魔力を有し、その力を以て戦争や流行り病など、当時の国の災厄を陰から防ぎ乗り切ったといわれている、伝説の大魔女だ。こうして見ると面差しがアルラに似ている気もする。
「時が下り、今や魔術呪術の類は禁忌扱い。じゃが、お前様を見た時まさに『ファラ様の先祖返り』だと感じたのじゃよ。口さがない連中になぞ、お前様の良さは分かるまい」
「ありがとう、ひいお祖母様。わたくしを理解してくださるのは、ひいお祖母様だけだわ。大好きよ」
二人の魔女は、互いを見つめ合いほほ笑んだ。
悪夢 塚本ハリ @hari-tsukamoto
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