第3話
がばっと跳ね起き、カティアは目が覚めた。
「ああ、また……」
寝間着が汗でじっとりと湿っている。胸の鼓動は夢と分かった今も静まってくれない。寝室はまだ暗い。おそらくは真夜中なのだろう。
ここのところ、毎晩のように悪夢にうなされている。夢の内容は決まってアルラ・カヴァラの処刑だ。しかも、日を追うごとにその処刑は残虐さを増していく。
最初に見たのは絞首刑の夢。あの美しい顔が、苦悶に歪み、やがてだらしなく舌を出し、目玉が飛び出しそうになった顔をさらして死んでいった。次は斬首刑。首がはねられる瞬間、大きな声で無実を叫んだ彼女。転がり落ちたその生首と、しっかり目が合ったのを鮮明に覚えている。その次は火刑。燃え盛る炎と煙に包まれながら、こちらをにらみつけたあの顔が、やがて醜く焼けただれ、最後には黒焦げの肉塊と化していった。肉の焼ける嫌な臭いが今なお鼻腔の奥に残っているような気がする。
そして今夜の悪夢。手足をもがれた瞬間の絶叫と、骨と肉がちぎれた音が耳の奥にこびりついているようだ。
どの夢でも共通しているのは、カティアがエルリック王太子殿下と共に処刑の場に立ち会っていること。そして、どの処刑の場においても、アルラ・カヴァラが無罪を訴えて絶命していることである。
カティアは再び寝台に潜り込み、目をつむる。正直なところ、ここ何日もよく眠れていない。眠るのが怖いのだ。眠れば決まって悪夢を見る。悪夢の理由は分かっている。
アルラ・カヴァラは無実なのだ。
「おお、どうされた。カティア・ドルマン伯爵令嬢。顔色が優れぬようだが」
白粉を多めに塗っても、目の下のクマは隠せなかったらしい。せっかくエルリック王太子殿下が午餐に招待してくれたというのに、申し訳ない限りだ。
「相すみませぬ、殿下。娘はこのところ、あまりよく眠れておらぬようでございまして……」
今日の午餐には、父親のドルマン伯爵にも同席してもらっている。未婚の女性を供もつけずに王太子と二人きりにさせるには、まだ早いからだ。
夢の中ではすでに婚約者になっていたが、現時点では許嫁候補の一人でしかない。許嫁候補のトップであったアルラも、例の悪夢とは異なりまだ生きてはいるが。今は宮中への出入りを禁止され、実家で謹慎中の身だ。追って尋問が行われ、事と次第によっては相応の刑を受けることが決まっている。
彼女が悪魔と通じた忌々しい魔女であると告発されたのは半月ほど前の話。カティアをはじめ、数人いた許嫁候補の令嬢たちの許に、奇妙な呪符が届いたのがきっかけである。それが百年ほど昔の魔導書にも記録されている、恋敵を呪うための呪いであることはすぐに分かった。そして、呪符の切れ端にカヴァラ一族の紋章らしきものが書かれていたことが決め手になり、アルラ・カヴァラ侯爵令嬢が魔女であると結論づけられたのだ。
「まぁ、あんなことがあれば不安にもなろう。だが案ずるな。今日は嫌なことを忘れて、楽しんでくれ」
エルリック王太子が手を叩くと、侍従たちが次々と料理を運んでくる。前菜に、サラダに、食前酒。そしてこんがりと焼けた鴨のロースト。
「一昨日の狩りで私が仕留めた鴨だ。脂がのって食べ頃だ」
香ばしい肉の匂いは、しかしカティアに悪夢を思い起こさせる。火に炙られて燃えるアルラの匂い……。だがエルリック王太子も、カティアの父親も、そんな彼女にかまわず、顔をほころばせる。
「これはまた、見事な鴨でございますな」
「どれ、今日は私が供してやろう。こう、ここの関節にナイフを入れてからこう捻ると……そら、簡単に外れるのだ……」
自ら給仕役を申し出たエルリック王太子が、鴨の腿肉を切り分けたその瞬間、カティアの脳裏には、四肢を引きちぎられたアルラの惨状がありありとよみがえった。こみ上げる吐き気を手元のナプキンで押さえながら、彼女はその場に伏した。
「で、殿下……お許しくださいませ。わ、わたくしは……」
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