第2話

 「ささ、殿下。どうぞこちらへ」

 侍従に促され、エルリック王太子がバルコニーに向かう。が、ふと途中で振り向き、手を差し伸べた。

 「そなたもここへ、カティア・ドルマン伯爵令嬢」

 窓からの逆光が、王太子の柔らかな金髪を美しく輝かせる。すらりとした長身。抜けるような白い肌。整った顔立ちに、空色の瞳が美しい。その彼が、優し気に微笑みながら自分に手を伸ばし、バルコニー席に誘ってくれる。

 カティアはうっとりしながらその手を取り、しずしずとバルコニーに向かった。集まっている群衆が気づいたらしい。わぁっと歓声が上がり、彼とカティアは拍手で迎えられた。

 「王太子様、万歳!」

 「カティア様、万歳!」

 「未来の王太子妃に祝福を!」

 「そして、呪われた魔女には死を!」

 群衆の熱狂がこちらにまで伝わってくる。そして、その熱狂の最大の原因を、カティアは目の当たりにする。


 大聖堂の貴賓室。王族と、王族が許した者しか入れぬ部屋だ。その部屋のバルコニーからは、これから処刑される「魔女」が広場に引きずり出される様子がよく見える。髪はぼさぼさ、ずだ袋のような粗末な囚人服、足は裸足。あれがかつての「宮廷に咲く薔薇」とまで呼ばれた侯爵令嬢だったとは……。

 「ふん、ついにこの日が来たか」

 王太子は侮蔑の色を隠そうともしない。かつての許嫁候補だった令嬢が、おぞましくも悪魔と通じ、王太子と仲の良い妙齢の女性たちに呪術をかけていた魔女だというのだから、無理もない話だ。

 カティアはその「呪いをかけられた」女性の一人であり、王太子殿下の許嫁候補の一人であった。とはいえ、眉目秀麗、容姿端麗、才色兼備と誉れの高いアルラには及びもしなかったのだが。

 風向きが変わったのは、例の噂である。

 ――アルラ・カヴァラは魔女だ。恋敵に呪いを掛けている。

 非の打ち所がない人物だからこそ、噂が広まるのは早い。それは、おそらく妬み嫉みも加味しているのだろう。人は完璧なものを疑う。彼女がもう少し、どこか欠点があれば、ここまで非難されることもなかったであろうと、カティアは思う。

 そして、もう少し融通が利けば、こんな目に逢うこともなかっただろう。罪を認め、謝罪をし、しおらしい態度を見せれば、せいぜいが王太子妃候補の座から降りて修道院送り程度で済んだはずなのに。

 

 執行人が、アルラの前で書類を見せながら処刑の宣告を述べる。群衆が騒々しいので、その声は聞こえないが、おそらくは処刑の執行を告げているのだろう。

 ほどなく、屈強な男たちが数人集まり、嫌がって身をよじるアルラは抵抗の甲斐なく両手両足を太い荒縄で縛られた。彼女は広場のど真ん中であおむけに寝かされ、手足に結われた縄の先は四頭の馬につなげられた。

 いよいよだ。群衆のざわめきも一層増して、騒々しいことこの上ない。

 執行人と教会の神父が、彼女の側に立って何か話しかけた。おそらくは懺悔の祈りを促したのだろう。

 「―――!」

 彼女が何か喚いた。その声も群衆の声にかき消され、何を言っているかは分からない。あおむけになったアルラは、明らかにバルコニーにいる王太子と、その隣にいるカティアを見ている。こちらを憎々し気ににらみつけているさまは、なまじ整った顔立ちゆえに凄味があり、カティアは後ずさってしまいそうになるのを懸命に堪えた。誰が何と言おうと、今は自分が王太子の許嫁であり、元・許嫁候補だったアルラは罪人なのだ。

 処刑人が、馬たちに鞭を当てた。緩んでいた縄はぴんと張り、アルラの四肢がぐいっと引っ張られる。すさまじい悲鳴が広場に響き渡り、群衆の歓声も負けじと盛り上がる。

 「ははは、見よ。そら、魔女の右腕がちぎれたわ。おお、今度は右の脚が――」

 王太子が愉快そうに笑いながら、酒杯を干した。カティアは、倒れそうになるのを必死で堪えるしかなかった。すさまじい絶叫と、飛び散る血しぶき。四肢を引きちぎられ、「魔女」は絶命した。

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