悪夢
塚本ハリ
第1話
「これより被告人、アルラ・カヴァラの処刑を執り行う。被告人をここへ!」
執行人の声に、群衆の歓声が一層高まる。貴族のご令嬢の処刑なんて、めったに見られることではないからだ。刑が執行される大聖堂前の広場は、前日はおろか、三日前から座り込んでいるという見物客で賑わっている。
「こいつぁ見ものだぜ。そもそも、お貴族様連中ってぇのは何かやらかしてもそのご身分ゆえにご赦免の恩恵にあずかるってぇのが大抵なのになぁ」
「ああ、ましてや今回死刑になるのは、カヴァラ家のうら若いご令嬢でなおかつ王太子様の許嫁候補だったってぇ話じゃねぇか」
「それだけのご身分なら、せいぜい謹慎処分。最悪でもどこかの修道院に生涯幽閉程度で、命まで奪われることはなかろうに。それがご赦免の機会すら許されず、刑に処されるとはよほどのことだろうな」
「さらにその処刑がすさまじい。ここ五十年は執り行われなかった『八つ裂き』の刑に処すってぇんだからな」
「ああ。あまりにも残酷すぎるからって敬遠されていた昔の処刑方法をわざわざやるってぇ話だろう?」
「おお怖い、あのお嬢様はどれだけとんでもないことをやらかしたんだ?」
「なんだお前、知らねぇのかよ。お触れの立て看板が出ていただろ?」
「いやぁ、俺ぁ無学で字が読めねぇからな。その何とかってお嬢様が死刑になるってぇことしか……おっ、あれがそのお嬢様か?」
広場に連行されたのは、アルラ・カヴァラその人。豊かな黒髪は結われもせず、ぼさぼさになっている。粗末な灰色の衣服を着せられ、裸足で地べたを歩かされるという哀れな姿。手は後ろ手に縛られていて、うつむいた彼女の表情は分からない。だが、連日連夜の厳しい尋問で、心身ともに疲弊している様子が遠目にも分かるほどに見て取れた。
「何とまぁ、哀れなことよのう。宮廷に咲く薔薇とも呼ばれたお方が…」
整った身なりの男が気障ったらしくハンケチで目元を拭っていた。
「何でぇ、旦那。あのお嬢さんをご存じなんで?」
「ご存じ、というほどではないがな。一度、舞踏会でお目にかかったことがあるのじゃ。あの黒髪を結い上げて、絹のドレスをまとった姿が実に美しくてのぅ。わしのような下級貴族には声をかけることなんぞ、もってのほかであったからのぅ」
「なぁ旦那。あっしは無学なんでお偉い方々の考えることなんぞとんと分からねぇんでさぁ。そんなお方が、どうしてこんなことになるんでさぁ?」
「それはな……」
男が話そうとしたそのとき、執行人の一人が巻き物を広げ、処刑の告知を朗々と読み上げ始めた。
「被告人、アルラ・カヴァラ。エルリック王太子殿下の許嫁候補でありながら、殿下の親しい友人であらせられる、カティア・ドルマン伯爵令嬢に嫉妬し、禁忌の呪術を以て呪殺を試みようとした罪により、死刑を執行するものなり!」
執行人の言葉に、詰めかけた人々からどよめきの声が上がる。
「だ、旦那ぁ……呪殺ってぇのは?」
「うむ、恋は盲目とはいえ、憎き恋敵を呪い殺そうとするとはのう。要はあのお嬢さんは呪術を使う魔女だったということよ」
「へぇ~、あんな小娘が! 女ってぇのは怖いねぇ」
「だがな、あのお嬢さんは何度尋問されても、おのが罪を認めようとはしなかったのだよ。それゆえに刑の軽減も許されなんだ。せめて『私が悪うございました』と罪を認め、涙の一粒もこぼしてしおらしい態度を見せれば、せいぜい修道院送り程度に赦されて、こんな死刑など免れたであろうに……」
「はぁ~、不器用なお方じゃねぇですかい。……ん? ってぇことは、あのお嬢さんは、無罪を訴えているってぇわけですかい?」
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