第28話



 裏帳簿を見付けた私達は早速王都に引き返し、私は普段通りの生活に戻った。

 帰ってみれば、接触しそうになった馬車の御者は捕まえられていた。

 ただ金で雇われただけの実行犯だった。

 王都に残っていたレグルス達がユーフェミアの周辺を気付かれないよう警護して捕まえたというのだから、その思いの深さを認めざるを得ない。

 ルドルフに託した裏帳簿があの後どうなったか子細は知らないが、上手くいったのはハリウェル伯が主催する夜会の招待状がレグルスに届いたことから簡単に推察出来る。

 この夜会はハリウェル伯がルドルフを披露する為のものだ。

 そして、私は、エレイン様のお付きとして足を運んでいる。

「エレイン様、お美しいです」

「あら、マーシャ、上手ね」

「本当ですよ。嘘は吐きません。ですが、こういう催しに参加されるのは久しぶりだと聞きました」

 社交界ではマクファーデン公としてレグルスが取り仕切っており、エレイン様は田舎屋敷で籠もっていることが多かった筈だ。

「だって、これは特別なのでしょう?それに、ユーフェミア嬢が来るかもしれないと聞いたら来ないわけには行かないわ」

 王都に戻り、ユーフェミアに物語の続きを聞かせた私にとって、ルディがユーフェミアの前から姿を消したのは既定のことだったが、ユーフェミアにとって友人を失うショックとなった。

 その為か以前にも増して私に懐くようになったとシャーリーが不服そうに私に告げた。

 ハリウェル伯からの招待状にルディの一言が添えられていた事が断るつもりだったユーフェミアを引き止めたようだ。

 どうせまた出会うのだからというのは、先を知っている私の楽観的な考えだが、ユーフェミアにとっては一大事だろう。

 震えながら、夜会への招待を受けたのだから、ユーフェミアも少しは成長しているだろう。

「王都にこういう会場があるとは思いませんでした」

「夜会を開くに相応しい会場を貸し出す仕組みがあるのよ。田舎屋敷で催さなければこういうものを使うものよ」

 流石のエレイン様、社交界の情勢には詳しい。

「では、私は控えの間でお待ちしていますので、お楽しみ下さい」

「貴方も好きなように動いて構わないのよ、マーシャ、お友達がきっと呼びに来るわ」

 確信めいた言葉に首を傾げればエレイン様は薄く笑って、こちらの様子を窺っているメイドを目線で指し示す。

「ふふ、貴方も楽しんでね」

 そう告げるとエレイン様はメインホールへと向かった。

 人垣が割れる様に、エレイン様の貫禄を見せつけられた気分である。

「マーシャ殿ですか?こちら、渡すよう申しつけられました」

 小さなメッセージカードを差し出される。

 差出人の名前は思い描いていた通りの人物だった。




 指定された場所に足を運べば、そこには想像した通りルドルフが待っていた。

 貴族らしい服装も想像していたよりも似合っている。

 ホールから少し離れた夕涼み用の中庭は開催前だから人の気配はない。

 東屋に一歩、私は足を進めた。

「無事に事は済んだようで、何よりね」

「……驚かないんだな、僕のこと」

 黙っていた後ろめたさがあるのかルドルフの視線はふわふわと揺れている。

「想定の範囲内だったから、と言っておきましょうか」

「そんな想定をしているとは相変わらず珍しい女性だ。改めて、礼を言いたかった。君が探し出してくれて感謝している」

「あれを上手く使えたのは貴方だから。貴方の得た勝利でしょう」

「君達がいたからだ。僕がハリウェル伯と話すと言った時に、パイアス殿達は条件は付けたが了承をしてくれた。感謝してる」

 どうやら、原作通りルドルフはあの裏帳簿を持って直談判したらしい。

 原作部分でユーフェミアが担っていた外部からの抑止はマクファーデンが肩代わりしたのだろう。

「あれを持って行って、話をした。今の領地のこと、包み隠さずに伝えることが出来た。あの人も、領地のことを等閑にしたこと恥じていた。それは本当だと信じたい」

「そう」

 ハリウェル伯領の事だから私が与り知らぬ事なのにルドルフは丁寧に説明をしてくれる。

 それが、彼なりの誠意の見せ方だというのもなんとなく分かってきたつもりだ。

「シューリスは放逐された。そして、僕は代官補佐としてハリウェル伯を支えることになった」

 物語の筋書き通りの帰着に私は小さく頷くが、ルドルフは怪訝な顔をして首を傾げる。

「……君は責めないのか?あんなに貴族を馬鹿にしていたのに、そちら側になるのかと言われると思った」

「私をどんな人間だと思ってるんですか。ハリウェル伯が貴方の才能を放置するとは思えませんし、そちら側に居ることで為せることもあるでしょう?」

 咎め立てるつもりは毛頭無いことを伝えればルドルフは安堵したように息を吐き出した。

「そうか。君の言葉は適確すぎて酷く胸に来るからな。少し、不安だったんだ」

 怖い人だとでも思われているのならば心外だ。

 小心者だし、人を進んで傷付けようなんて思ったことも無い。

「――それに、僕自身のことを伏せていた」

 出自のことを口にしているからかルドルフの声は哀切を帯びている。

 無遠慮に他人に触れられたくない場所、それをルドルフは私に晒しているのだ。

「隠し事をしていたのはお互い様でしょう?」

 既に私のことも調べは付いているだろう、と暗に匂わせれば、ルドルフは眼をパチクリとさせ、笑みを口元に携えた。

「……君がマクファーデンの関係者だったとは思わなかった。僕に助力した理由も、推測の域を出ないし」

「その辺りは、気にしないで欲しいですね。私は私の心情と忠義の為に動いただけですから」

 ユーフェミアの為であり、レグルスを心配するエレイン様の為に私は働いただけだ。

 そこに明確な正義があるわけでも、理屈があるわけでも無い。

「君をスカウトしようと思っていたんだけどな」

「あら、ありがとうございます。丁重にお断りさせていただきます」

 エレイン様に終身雇用を約束されている以上他の誰かのもとへ行く気はない。

 身一つでこの世界に転がり込んできた私を助けてくれたのは他でもないエレイン様なのだから。

「そういうと思った。ああ、本当に惜しい」

「今の職場に満足していますので」

「だろうな。そういう顔をしている」

 残念そうに溜息を吐くルドルフに申し訳なさを感じるものの、やはりエレイン様を裏切るなんて欠片も考えられないのが実情だ。

「……彼女は、何か言っていたか?」

 ルドルフの声に色が少し滲む。

 これが聞きたかったことだろうか、と視線を遣れば、気まずそうなルドルフと視線がかち合った。

「仕方ないだろ。彼女のこと、話せるのは君ぐらいなんだから」

 赤らめた顔を隠すように顔を背けてルドルフは口早にそう告げた。

「そうですね。貴方が消えたこと、ショックを受けてました。ただ、招待状を受け取って貴方のメッセージがあって少し元気になりましたね」

 からかってやろうかと悪戯心が頭を擡げたが、慣れないことで加減が分からず断念する。

「そうか。来てはくれるのか」

 野暮なことだろうが、その感情の意味を問い掛けたくなる。

 どうしてそんな穏やかな顔をするのか、ルドルフは自覚しているのだろうか。

「断ったらどうするつもりだったのですか?ユーフェミア嬢はこの手の催し物苦手だって事ぐらいは把握しているでしょう?」

 自分の名前がそれほどまでに効力があると自負していたのならば、なんて傲慢だと非難しただろう。

「それなら、別の手立てを考えるさ。ただ、彼女に共有して欲しかっただけだ。僕の新たな旅立ちに立ち会って欲しい、それだけだ」

 呆れるほど純粋で我儘な願いだ。

 漸進力が羨ましくて堪らない。

 ルドルフは容易く挫けない。

 目的の為に、努力を怠ることはなく、油断もない。

「貴方が本腰入れたら大変なことになるって分かったわ」

 本気でユーフェミアを手に入れようと考えるならば、レグルスにとって最悪の敵手になり得る男だ。

 距離間を掴みかねて、見守るだけで良いなんて殊勝な事を思わせているうちが好機なのだろう。

「何がだ」

「いえ、貴方がユーフェミア嬢の味方だって分かっただけで私は満足ですとも」

「味方?そんな都合の良い存在に僕はなるつもりは無い。僕の邪魔をするならば排除するさ」

 その言葉に芯は無い。

 上辺だけの言葉だと今の私には分かる。

「そうですか」

 敢えて踏み込まずに、小さく頷くに留めた。

 無遠慮に心をまさぐる程不躾でもない。

「そうだ。そんな十把一絡げにされるつもりはない」

 強がるのが矜持だと言われてしまえば頷くほか無い。

 ルドルフの本心を垣間見ることは出来たのだから、それで満足だ。




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