第27話
夜中の作戦が失敗したという報告を私達は明け方に説明された。荒事にならなかった事、執務室の中の探索が一通り出来たことが戦果であった。
そして、私は今、パイアスとカイル、と共に執務室に居る。
「こちらは王都でも流行っております、如何ですか?」
パイアスは本当の商人かと思うほど詳しく商品を説明しており、内心舌を巻く。
この渉外能力は現代でも重用されるレベルのものだ。
「ラギン産の貴石は確かに貴重なものだが……」
シューリスはテーブルに広げられた貴石を覗き込んで考え込んでいる。
想像していたよりも若い男だった。
悪徳役人なんて脂ぎったおじさんだとばかり思い込んでいたが、こざっぱりとした衣服に身を包み、身嗜みが整えられているところを見ると好感を抱きやすい人物だ。
悪人と予め言われなければ、騙されていただろう。
「他には何がある?」
「こちらにはお持ち出来ませんでしたが、品種改良された苗が幾つかあります。寒さにも耐えられる貴重なものです」
「苗、か……」
考え込む素振りを見せるシューリスは領民の暮らしを考えているように見えてしまう。
現実問題、騙したり騙されたり、私は向いていないのだと思い知らされる。
慌ただしい足音が部屋の外から近付き、荒いノックの音が響いた。
「大変です。門にまた奴らが」
「っ!!そちらで対処を出来ないのか」
「そっ、それが、実は――」
腰を折り耳元に唇を寄せて入室してきた使用人は何かをシューリスに話す。
瞠目し、驚愕の色がシューリスの容に広がる。
パイアス達の作戦が順調に進んでいることが、この反応で分かる。
「何か、火急ですか?宜しかったらそちらを先に済ませていただいても構いませんよ」
絡繰りに気付いていながら素知らぬ顔でパイアスはシューリスに中座を勧める。
「済まない。少し待っていただきたい」
そう言うとシューリスと使用人は執務室から出て行ってしまう。
立ち去って、数秒、足音が遠ざかり聞こえなくなったのを見計らってカイルが息を一つ深く吐く。
「順調なようだが」
「さて、家捜しを始めよう」
パイアスの合図に私は控えていたソファの後ろからデスクのある窓際に移動する。
「言っておきますけど、私は失せ物探すの得意では無いですからね」
整頓された机の上に目を走らせる。
既に昨晩探しているところをなぞる必要は無い。
「机の中は大丈夫だ。隠し底もないのは確認済みだ」
「……ルディは本当に無事なんでしょうね」
パイアス達に煽動された民衆が門に詰め寄っている。
そして、その中にはルドルフもいるのだ。
シューリス達の意識を外に向ける為の囮だ。
「頃合いを見計らって撤退しろとは言ってある。他の奴のフォローもあるから、手を動かせ」
作って貰った時間を無駄にしない為にも、怪しいと言われていた棚に私は手を伸ばした。
幅の厚みに違和感を持つのは先達から言われていたからだけでは無い。
伸ばした指先が掠める棚の奥の感触の材質が外枠と違うからである。
「怪しいけど、押したり引いたりするボタンはないし」
本棚の外を見渡しても凹凸は見当たらない。
時間制限があるからどんどんと焦っていく。
やはり先程の勘に従って、本棚の奥へ腕を突っ込む。
収納している書類を取り出すのが手間でそのまま腕を無理矢理ぐいぐいと押し入れる。
途端、指先が何かを掠める。
奥の板だが、不自然に動いた気がした。
「引き戸か」
私の声に、棚の周囲を探っていた二人の動きが止まる。
「何かあったか?」
「待って、えっと、動きます」
奥の板が横にスライドするとほんの少し奥に、もう一つの板、二重底のような仕組みになっている。
そして、そこに、僅かな凹みを指先で感じ、力を込めてみる。
カチリ、と音が鳴った。
「開いた」
外から開けることが出来なかった飾り棚の一部が、僅かに押し出されている。
「これは、当たりだ。良くやった」
棚を引っ張り出してパイアスは中に収められていた薄い帳簿を取り出し中を確認する。
「っ、マズイ、足音が近付いてくる」
ドアに耳を当てたカイルが小さな声で注意を飛ばす。
慌てて腕を棚から引き抜き、隠し棚を元に戻す。
「マーシャ、これ、そこに隠して」
あろうことかパイアスは私に帳簿を押しつけてくる。
「ちょっ」
「急いで」
問答している余裕もないと諦めて私はそれをスカートの中に隠して、先程の定位置に戻った。
太股に挟んで正直ずり落ちそうで怖いが長いスカートが役に立つとは思わなかった。
「お待たせして済みまない」
「用事は終わりましたか?」
涼しげな顔でパイアスはソファに腰掛けながらシューリスに問い掛ける。
「いや、まぁ……」
苦い顔をしたシューリスの様子からルドルフが無事逃げ切ったことを確信して安堵する。
「マーシャ、次の商品を持ってきてくれるよう言いに行ってくれるかな」
パイアスからの指示に、部屋の外へ出るチャンスを貰い私は頷いてそろりそろりとドアまで歩み寄る。
「では、行って参ります」
パイアスとカイルに目配せをし、軽く頭を下げて私は部屋の外へと逃げ出した。
誰が何処で見ているか分からないから流石にスカートの中から裏帳簿を取り出すわけには行かず不自然にならないスピードで歩いていると、また使用人と擦れ違う。
(心臓に悪い……)
門扉で騒ぎがあったと言うことはそちらに人が居るだろうと判断して人気の少ない道を選んで裏口に出る方向に進む。
そちらに荷馬車も置いてあるはずだ。
普段の一歩と今の一歩は段違いだ。
漸く裏口に辿り着いて、ドアを開けると地面に陰が差しており、咄嗟にキュッと太股に力を込める。
「君……」
明るい日差しに晒された顔貌は昨晩の男のもので、私は膝が震えそうになるのを必死に我慢した。
(嘘でしょう、昨日の)
「あっ、あの――」
「もしかして、君がマーシャ?」
「は?」
「捜し物は見つかった?」
「えっ?」
「……パイアスは俺の同僚です」
耳元に唇を近付けてライノはそう囁いた。
「というか、君もそうだよね」
「……力抜けた」
膝から崩れ落ちそうになるのを既の所で踏みとどまる。
「おっと、大丈夫かい。ほら、手を貸すよ。いや、抱き上げた方がこの場合楽になる?」
「……今、膝にあれを挟んでいてちょっと」
「よし、こっちの方が良さそうだね」
私の了承も得ずにライノは私を抱き上げた。
「うわっ、ちょっ」
「ぐずぐずしてたら面倒なことになる」
「わっ、分かりまし――」
「あー、ライノ、今日はどうしたの?って、その人は行商人じゃない。何してるの?」
私の了承の言葉は聞き覚えのある声に遮られた。
メイドのエリザである。
「やぁ、エリザ。入り用がないか伺いついでに君に会いに来たんだけど、この女性が足を挫いたらしくてね。手助けをしているんだ」
「ぇえ、そうなの。私が手助けするからライノは抱き上げなくても良いんじゃない?」
恋する女性の視線が私に突き刺さる。
ライノがレグルスの手駒ならば、この恋模様もただの絵空事なのが正しいのかもしれない。
「いや、そういうわけにはいかないよ。エリザ、またね」
ウインクを一つ投げてライノはエリザを黙らせた。
爽やかに胡散臭い男だ。
「マーシャ、落とさないよう膝に力入れて」
「分かってます」
不安定な体勢で不自然な場所に力を加える。
「……彼女に近付いたのは仕事の為?」
「ご明察。屋敷の構造を教えて貰ってたわけ」
私を抱きかかえてライノは幌のある荷馬車に近付く。
私を荷台へ下ろすと周囲を見渡し使用人達の姿を確認している。
「先刻の騒ぎが終わって大体戻ったか」
「ルディは無事?」
「ああ。先に戻ってるさ」
「そう……」
実際に無事を聞かされるとやはり推察した時よりは余程安心する。
「ああ、新しい商品を執務室に持って行くよう、言わなきゃ」
「なるほど。じゃあ、俺が手の空いた誰かに言いに行くからパイアス達が戻ってくるまでここで大人しくしておいた方が良い」
内緒話のように顔を近付けてライノは私の頭を撫でた。
「ご苦労さん。後、昨日は驚かせて悪かった」
「ありがとうございます。ライノ殿」
色々な意味を込めて礼を告げれば、ライノは小さく笑った。
「あー、因みに、俺の本名はアドルス。じゃあ、マーシャ、今後とも宜しく」
瑕疵の無い、作られた綺麗な笑みを浮かべてライノ――改め、アドルスは手を軽く振って、パイアスの部下へと駆け寄っていった。
本当、食えない男だ。
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