第26話
「っで、上手くいったんですか?」
メンマゴスの宿屋に無事に到着して私は部屋で落ち着いているカイルとルドルフに声を掛けた。
「微妙だな。僕は直接対峙したわけではなく、屋敷の中を確認していたからな。そっちはどうだった?」
「分かったと言えば分かったんだけどね」
人目を憚って動いていたルドルフはカイルに問い掛けた。
「マーシャが言ってくれたことがヒントになってね。屋敷に滞在していた最中、門の付近で騒ぎがあっただろう?その時、商談していたシューリスの目が不自然に動いたんだ」
「目?」
カイルの答えにルドルフは首を傾げた。
「視線がね、動いたんだ。多分、あの棚なんだろうけど……」
言葉を濁すカイルは何かを考え込んでいる。
「その後、使用人に門の騒ぎを収束させるように命令していたけど、あの部屋、屋敷の中でも奥詰まっているからな侵入するにしても難易度が高い」
「屋敷の仕組みはなんとなく把握出来たけど、執務室か。どの入口からも距離があるな」
裏帳簿の置いてある場所はなんとなく把握出来たらしい。
問題は、直ぐに取り出すことが出来るか否か。
「この後、どうするつもり?」
今後の事が不安になり口に出してしまう。
「パイアスとも話していて、取り敢えず夜に一人、こういうのを得意としている奴に託すことにしている。無論深い入りはさせるつもりはない。本命は明日、もう一度商談に訪れた際だな」
カイルの作戦に、重い責任がないから私はそうかなんてあっさり納得してしまう。
夜中に動くのは恐らくパイアスに親しい実行部隊の誰かだろう。
あの屋敷に忍び込むなんて難しいのでは無いだろうか。
「あそこの使用人、大半が住み込みよ。大丈夫なの?」
メイド達の会話を盗み聞きして家へ帰る者がいるのは判明したが、大半は住み込みだ。
要は夜中も眠っていたとしても屋敷に存在しているのだ。
起こしてしまえば面倒事になるのは間違いない。
「仕方ないさ。人数が少ないだけありがたいと思うべきだな」
ルドルフは事実を錯誤すること無く受け入れているのか恬淡としている。
「まぁ、プロにまずはお任せしよう。これで済めば万々歳っていうわけだ」
私の不安を撫でるようにカイルは軽口を叩いて笑う。
不意に部屋の扉がノックされる。
思わず黙り込んでいると部屋の外から声が聞こえてくる。
「昼間のことで確認したいことが幾つかあるんだが良いか」
パイアスの声に部屋の中が一瞬で安堵に包まれる。
無意識にだろうか緊張していたらしい。
「お疲れさん。不慣れなことをこなしてくれてありがとうな」
「気にするな。こっちも仕事だ。面倒掛けてないなら何よりだ」
パイアスの犒いにカイルは表情を和らげて頷く。
「屋敷の構造についてだが、何か気になることがあるか?一応、既に図面には出来ているんだが」
パイアスは手にしていた筒状の紙を広げた。
屋敷の詳細な図面である。
「ああ、ここ、小部屋が連なっていたな」
ルドルフは直ぐさま昼間に気付いたことを適切に指差していく。
「メイド達はどうだった?」
「そうね。近くの家から通いというのが3名ほど、後は住み込みね。眠る場所は屋根裏部屋か地下だったわね。寒暖差が激しいって文句言ってたわ」
私の答えはパイアスにとって知っていたことだったのか軽い確認をしては小さく頷いた。
「情報の裏付けが出来た。今夜についてだが――」
■■■
パイアスの説明を聞き終えて休息した私は宿の外で伸びを一つして慣れないことで悲鳴を上げる身体を宥めた。
周囲は薄暗い。
宿の近くの酒場は賑わっているのか人の声が聞こえてくる。
そして、気付けば私の傍には男女が一組身体を寄せ合っていた。
慌てて茂みに身体を隠した。
二人の世界に入っているのか私のことは気取られていないようだ。
弁解がましいが、私の方が先に居たのだから気を遣うのはお門違いとも思えるのだが、小心者の私はこの場を離れるタイミングを見計らっている。
「ねぇ、私のこと好き?」
「好きだよ」
ああ。
なんて頭が痛くなるほど甘い言葉だろうか。
そっと盗み見れば女性の方は、昼間、私に良くしてくれたメイドの一人、エリザである。
つまり、相手の男は、自慢のライノとやらである。
暗がりで面貌をはっきりと確認することは出来ないが、薄闇に浮かび上がる姿形は整っていると言っても差し支えが無いだろう。
さて、出歯亀をしているわけにもいかないのだが、動けば音を発してしまいそうでなんとも動けない。
早々に立ち去ってくれと願うも、二人の愛の囁きは一向に止むことは無い。
「ねぇ、今度の休みの時には一緒に居られる?」
「そうだな、時間があったらね」
「本当?約束よ」
甘い恋人同士の会話にほんの少し温度差を感じる。
無碍にしていないので、私の考えすぎだろうか。
「そうだ。今日も訴えの人が来てシューリス様が困っていたわ。規模が大きくなったら考えなければいけないって零してたわ」
「ふーん、そっか。代官殿も大変だね。エリザもそういうところで働いていて疲れているだろう。俺に会いに来てくれてありがとう」
「ライノの為だもの。友達に頼んで屋敷の仕事少しお願いしちゃったわ」
「明日も忙しいだろう?今日はこれでお別れしよう」
「ええ、もう?もっと一緒に居たいわ」
「明日の君の為だよ」
「じゃあ、ライノ、キスして」
「ほら、おやすみ」
「ふふ、ありがとう。また連絡するわ」
睦言を聞いていて罪悪感なのか羞恥心なのか色々と心が乱れるが漸く立ち去ってくれそうな気配に私は内心拳を握る。
立ち去る足音にそっと茂みから覗けばエリザが屋敷に戻る姿を捉える。
漸く、安堵の息をつけそうだと気を緩めたらポキッと足首の骨が軋む音が鳴った。
(っ!!!!!!)
彼の視線がこちらを向いて、私を捉えた。
「っひぃ……」
覗いていた気まずさで身体が強ばる。
距離を取ろうと後ずさりするが、ライノは何故かこちらに歩を進める。
「何かいるとは思っていたが……」
「態とじゃ無いんです。ごめんなさい。勘弁して下さい」
逃げる体勢になりながら詫びの言葉を連ねるもライノには全く響いていないようだ。
「……君、この土地の人じゃ無いよね」
「ただの行商人です、本当済みません」
また、一歩、近付いてくる。
彼の腕が私を捕らえられる距離になってしまう。
「他言しませんから、さようなら」
口早にそう言い放って逃げようとした刹那、彼の手が伸ばされる。
「待て。何者だ」
(ひぃぃぃぃぃぃぃ)
掴まれないように身体を捩る。
「ななな何者って、ただの行商人ですから」
口の中が乾いてくる。
まともに口が回らない。
想定問答以外の質問をされた時のように焦ってしまう。
「……っち」
舌を鳴らし暗闇に視線を投げたライノは私を見遣ると、息を一つ吐いて背を向けた。
予想外の行動に、沸いた何故という疑問は近付いてくる足音によって打ち消された。
「マーシャ?」
「カイル様ぁ」
見知った人影に全身を支配していた緊張から開放される。
膝が笑っている。
「どうしたの?顔、強ばってるけど」
「ちょっと、変な人に絡まれまして、ええ、本当、駄目だと思いました。ありがとうございます」
不安感から思わずカイルの服の裾を掴んでしまう。
小娘みたいな行動だが許して欲しい。
「大丈夫?マーシャが怖がるなんてよっぽどだろ」
そっとカイルは遠慮がちに私を抱きしめる。
人肌の温もりが荒ぶる感情を宥めてくれる。
「少し、怖かったです」
「そうか。傍に居られなくてごめん。もう大丈夫だよ。俺がいるから」
「ええ。ありがとうございます。こんな幼子みたいに怖がって……緊張しているからって駄目ですね」
おずおずとカイルの背に手を回してギュッと抱きつく。
現代ならば大きなぬいぐるみがあったのに、とごつごつとした男の人の身体に妙な感想を抱いてしまう。
「っ……駄目じゃないよ。マーシャが素直に怖いって言ってくれて俺としては嬉しいよ」
「……そうですか。ありがとうございます。このお礼はいずれかならず」
背中を優しく撫でられて落ち着くと、ふと我に返ってしまい、なんだか恥ずかしくなる。
恥ずかしさを誤魔化すように礼を告げればカイルは頭を振る。
「そんな大袈裟にしないで良いよ。そうだ、それなら様付け止めて欲しいな」
「へ?」
「ほら、折角だし」
「わっ、分かりました。では、カイル殿と呼ばせていただきます」
こちらに拒否権は無い。
腹を括って、一つ咳払いをして、彼の名前を呼ぶ。
「うん」
嬉しそうに微笑んで見えるなんて、私の目の錯覚に違いない。
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