第25話



 物語を語っていたから、それに気付いたのは馬車が停車してからだった。

 窓の外には牧歌的な風景が広がっていた。

 国の中心足る都に比べれば建物の数もまばらだ。

 メンマゴスの街は広場を中心に不格好な放射線が走り、その一つの最奥には大きな屋敷が構え、煉瓦造りの家が並んでいる。

 視線を走らせれば、草原の向こうに幾つか家が点在しており青々とした樹木がスラリと伸び、麦畑が広がっていた。

「どうやら、先行組が合流したようだ」

 窓の外に目を遣っていたカイルの言葉に視線を動かせば、前の馬車に近付く人影が幾つかある。

「上手く行くと良いが」

 僅かに強ばったルドルフの声は、彼自身が緊張していることを物語る。

 この状況に完璧に適応出来ていないのが自分だけでは無いことを知れて、ほんの少し心強い。

「用意されたもう一台の荷馬車に移動だ」

 カイルの言葉に促されて馬車を降り、準備されていた荷馬車の後ろに乗り込む。

 多くの荷が積まれており、僅かな空間に腰を下ろす。

「暫く窮屈だが、我慢してくれ」

「この程度なんともないさ」

 カイルの言葉にルドルフはそう告げる。

 強がりには見えないその様子が羨ましい。

 硬い木の板の上に座り、不便さによる痛みが現実を引き寄せるようだ。

 少しずつ、不安が強くなる。

 荷馬車が、再び、周囲で一番大きな屋敷に向かって進む。

「大丈夫だよ、マーシャ」

 優しい声が耳朶に触れる。

 慰めの言葉を受け入れるか、脳が判断を迷う。

 頷いてしまえば良いのに、頷くことを一瞬躊躇う。

 これからを楽観出来なくて、曖昧に微笑むことしか出来なかった。

「大丈夫」

 私の逡巡に気付いたのかカイルは、もう一度言葉を重ねる。

 その言葉がゆっくりと私の中に染み渡っていく。

「はい」

 自然と頷いていた。

 大丈夫だと、なんの確証も無いのにそう信じられた。




 到着した屋敷は有り体に言って広かった。

 王都にある貴族の屋敷は滞在する為だけのものだ。

 普段は各自の所領にある田舎屋敷で暮らすことも多い。

 土地に限りがある王都とは違い、田舎の屋敷は大きいのが通常だ。

 現代で生活していた身としては想像も出来ない洋風建築に気圧されるばかりだ。

「ラムレイ商会の者です」

 荷馬車から降りると、既にパイアスがにこやかに使用人に声を掛けていた。

 カイルやルドルフに倣って荷馬車の荷物を選定して下ろす手伝いをする。

 大きな木箱は見た目通り重くて、足に力を入れなければ蹌踉めいてしまいそうだ。

「マーシャ、御婦人達にこちらを紹介してくれるかい?」

 パイアスの側へ寄ると、彼の持つ木箱の中にはハンドクリームや髪飾りの類が収められていた。

 厨周辺の女性の行動制限出来るように言いつかっているから当然の配置なのだろうが、緊張で心臓が痛い。

 木箱を抱えて、案内をしてくれるメイドの後をゆっくりと付いていく。

 後は、彼らが上手く商談に紛れて目的のものを見付けられるのを願うばかりだ。

「商会が来るなんて久しぶり。楽しみだわ」

 前を歩くメイドが振り返り楽しそうに笑った。

「商会で女性なんて珍しいわね」

「手伝いで来てて不慣れなんですよ。女性の相手をするのに男では不都合だということで急遽呼ばれたんです」

 嘘の中に本当を一つ混ぜ込む。

 罪悪感を和らげる為に、不自然を自分の中に持ち込まない為。

「確かに。お茶の時間に男なんて無粋よね。こっちよ」

 足取りも軽く進む彼女に置いて行かれないよう歩幅を普段よりも少し広げる。

 使用人の休憩室に到着して木箱を置くと、その場に居たメイド達が箱を覗き込む。

「あっ、これ可愛い」

「素敵だわ」

「ラムレイって今、流行のものを扱っているのでしょう?」

 広くない部屋を見渡す。

「メイドの方はこれで全員ですか?」

「いえ、お客様にお茶を出しに言っている者と外で作業している者が、どうして?」

「皆さんに見ていただきたいので。要望などあれば今後の商品開発にも参考にさせていただきますので」

 にこりと笑みを浮かべてさもそれらしい言葉を紡ぐ。

「あー、このデザイン可愛いのに惜しい」

 髪飾りを手にして先程のメイドが残念そうに呟く。

「どうされました?」

「色違いとか無いかしら。ほら、この色だと私の髪の色と似ているでしょ。目立たないじゃない」

 赤毛の髪に赤を基調とした刺繍の施された大ぶりなリボンを髪に添えてメイドは私に顔を向ける。

「ねっ?」

「確かに他の色の方が映えますね」

 実際思ったことを口にすれば、メイドは同意するよう頷いた。

「彼に可愛いって思われたいじゃない」

「恋人がいらっしゃるんですね」

「そうなの。彼、とても優しくてね。私のこと可愛いっていつも言ってくれるのよ」

 目を輝かせてこちらに躙り寄ってくるメイドは、水を得た魚のように、愛しの彼のことを自慢してくる。

 周囲の人達をそっと盗み見れば、またか、といった様子で苦笑いをしている。

 いつものことなのかメイド達の興味は箱の中身注がれている。

 どの時代でも女性はこういったものが好きなのだと思い知らされる。

「ねぇ、聞いてる?私の彼、ライノっていうのよ。街でも人気なんだから」

「そう、良かったですね」

 元の世界に居た時からこういった話しは不得手だ。

 なんて相槌をすれば正しいのか判断に迷う。

「あんまり浮かれない方が良いんじゃないエリゼ?あんたと付き合う前にはライノはフィリッパと付き合ってたし、マーゴットにもちょっかいかけてたって話しもあるし、軽い男なのよ」

「煩いわね、ヘレナ。ライノは私が一番だって言ってくれるもの」

 エリゼと呼ばれたメイドは眥を釣り上げて、声の主――ヘレナに抗議をする。

「後で泣きを見るのはあんたなんだからね」

「ライノは私と付き合って、初めて恋というものが分かったって言ってたもの」

「そんなのああいう男の常套句よ」

「モテないからって僻み?」

「あんなのにモテたところで意味がないじゃない」

 険悪な雰囲気の二人に他のメイドは慌てるかと思いきや、通常運転なのか、商品を物色しており、こちらをあまり注視していない。

「あの、お二人とも――」

「大変、門にまた抗議の人が来てたわ。この間よりも人数が居たわよ!!」

 ドアを開けて入ってきたメイドがそう、声を上げると、メイド達に微かな緊張が走った。

「……抗議の人、とは?」

「あっ、貴方、商会の人ね。その、大きな声では言えないのだけれども、税率に関して訴えをする人が最近多くて。でも、大丈夫よ。男共が門に行ったから直ぐ帰るわよ」

 安心して、と微笑むメイドは部外者を動揺させない為なのかそれ以上の言葉を紡がない。

 出来ればもっと情報を引き出したいが口を挟むのは不自然だろうか。

「そんな不安な顔しないでも平気よ」

 私の沈黙をどう受け取ったのかメイドは必要以上に笑みを浮かべる。

「貴方も良かったら、見て下さい。王都でも流行っているものを取りそろえています」

 商会の人間としての言葉を告げる。

「ふふ、嬉しいわ。あら、エリゼの持っている髪留め素敵ね」

「フィリッパもこういうの好きだよね」

 エリゼの持っている髪留めが気になったのか、フィリッパと呼ばれた先程のメイドは近寄ると手元を覗き込む。

「色合いがもう少し違ったら私の髪に映えそうだわ。ヘレナには似合いそうだけど」

「私は、こういうのは苦手よ」

 二人の手元にある大ぶりな髪留めを一瞥するとヘレナは息を一つ吐き出して距離を取る。

 燃えるような赤い髪にそばかすのメイドがエリザ。

 白茶色の短めの髪で長身なメイドがヘレナ。

 二人の摩擦を緩和する、狐色の緩いウェーブの掛かったメイドがフィリッパ。

 なんとはなしに覚えてしまった。

 女三人寄れば姦しいというが、本当に賑やかだ。

 他のメイド達もあれもこれもと物珍しい商品に目を奪われている。

 足止めとしては十分だろう。

「それにしても、ここ暫く、訴えが多いよね。近くの村から何人も来てるって聞いたわ」

 日頃の不服を口に出す一環だろうか、エリザはフィリッパにそう問い掛ける。

「そうね。何故か近くの村から。流石に数で押されたら対抗できないもの困るわね」

「でもシューリス様は大丈夫だって言ってたわよ。ただの誤解だって言ってたもの」

「……でも、こんな頻繁に来るかしら」

 メイド達の会話に耳を傾けながら、男性陣が捜し物を見付けられることをただ願うばかりだった。




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