第23話
ルテティア地方に馬車が入って数刻が経った。
メンマゴスまでは幾許か時間が掛かると言ったのはカイルで、ルドルフも同意をして馬車が休憩の為、複数の道が交錯した大きめの街に止まっている。
馬車の消耗具合を確認している男性陣に対して私は馬車の外には出たが手持ち無沙汰だ。
(本当にやることが無い……)
役立たずと言われているようでほんの少し寂しい。
そんな私を連れて来たのが悪いと開き直れたのならば心は幾分か救われるだろうが、そのような胆力は私には無い。
「長時間の移動、疲れたか?」
聞き覚えのない声に、顔を上げればパイアスがこちらを気遣うように近寄ってきた。
カイルよりも大柄な彼の総身が鍛えられているのが一瞬見ただけで分かる。
「まぁ、疲れましたが、クッション貰ってますし他の人よりは疲れていない筈、です」
そう、馬車に押し込められた時から気を遣われていたのだ。
自分が情けなくて落ち込んでしまいそうになる。
「無理を言って付いてきてもらってるのはこっちだからな。本来、お嬢さんを連れ回すなんてとんでもない事だって奥様にも厳しく言われた」
お嬢さん、と馴染みの無い言葉に若干肌が粟立つ。
若くは無いのだ、という言葉を必死に飲み下すが胸の何処かで閊えそうだ。
「レグルス様にエレイン様、抗議してくれたみたいですから」
周囲に誰も居ないことを確認して口に出せば、事情は聞いたのかパイアスは乾いた笑いを漏らした。
「確かに、レグルス様らしくもないな」
「彼を引き止めるには私が必要だと判断したのでしょう」
「あの坊ちゃんに珍しく拘っているのも、レグルス様らしくない行動だったな」
ルドルフを気にさせているのは恐らく私が、ユーフェミアにとって有為だと告げたからだろう。
レグルスにとって、将来自分の妻になると盲信して疑っていないユーフェミアを優先するのが一番でそれ以外は歯牙に掛けるに足りないことなのだろう。
「それについては私に責任の一端があるような気がします」
「そうなのかい?」
「ええ。説明すると長くなるので今度時間がある時にでも必要であればお話しします」
「なんとなく予想は付くから今度、答え合わせってことで」
パイアスの言葉に私は頷くと、言っておかなければならないことを口にする為心を奮わせる。
実行部隊という彼にとって、私のような素人はお荷物だ。
「足手纏いにならないようには気をつけますので、邪魔な時は仰って下さいね」
私の言葉にパイアスは目を丸くする。
からり、と彼は笑った。
「そんな事気にしてたのか。レグルス様やエレイン様が仰っていたように面白いお嬢さんだな」
「そんな事、ってプロと一緒にいる素人なのですから気にするのは当然でしょう」
軽く手を振って取り合おうとしない様は若干苛立ちを感じるが、目の前の人物から悪意は感じられないのが気が削がれる原因だろう。
「嘘を吐くにしても、本物を交ぜといた方がらしくなる。その為のラムレイとお嬢さんだ。何かあってもそれをフォローするのが俺達の役目って訳だ」
初めから期待されていないというのも、それはそれで引っ掛かる。
面倒な人間の感情だ。
それとも、私は自分が役に立つと欠片でも思っていたのだろうか。
だからこそ、それを軽く否定されて不服に思っているのならば、恥ずかしくて逃走したくなる。
「……素人でも出来る事はちゃんとやりますから」
やる気はあるのだ、と言外に伝えればパイアスはきょとんと目を丸くし、やおら気まずそうに頬を指先で掻く。
「気負われたら、やりにくくなるから自然体でいてくれた方が助かる」
本当に邪魔になったら恐らく教えてくれるだろう。
それまでは、私のままでいさせてもらうことにする。
「楽しそうな話をしているな。俺も交ぜてもらおうかな」
外套をはためかせてカイルはこちらへと近付いてきた。
「あら、カイル様」
「その呼び方、いい加減止めない?」
「貴族の方にそんな気安く呼び掛けられる立場ではありませんもの」
げんなりとした表情を見せるカイルに私は軽く笑みを漏らす。
カイル自身も貴族の人間だ。
マクファーデン家に世話になっている一緒の同僚だからと言って気安く振る舞える筈がない。
「彼におかしく思われない為に、もう少し歩み寄った方が良いと思うんだけど」
「……それは、確かにそうですけど」
安易に頷くのはなんだか癪だ。
「彼、随分頭が回るね。最初に会った時も思ったけど」
カイルの言葉に、気になっていたことが胸の裏で頭を擡げる。
「気になっていたんですけど、私がユーフェミア嬢のお宅へお邪魔していた時、接触したんですよね」
「ああ。俺が置いてけぼりにあった時ね」
シャーリーをユーフェミアの元へ連れて行くのに必死でカイルのことなど忘れてしまっていた。
ルドルフへのフォローをしたのがカイルだと言うのは、複雑な気分だ。
「意図してではないですからね」
「あの時はあれが最善だったのは分かってはいるけど、放置ってのも寂しいからね。まぁ、あの時は、君の連れだと伝えて次の約束をしただけだ。レグルス様への報告を優先したから」
カイルの話術にルドルフをその場で巻き込んではいなかった事を、今更ながら知る。
怒濤の展開過ぎて、正直詳細までは追えていない。
「こちらで進行していた作戦に彼を組み込むことを指示されたのはこの間だったからな」
パイアスの言葉に、レグルスが随分と事を進めていた事に気付かされる。
ユーフェミアに対して問題行動があるが、やはり、レグルスも仕事が出来る男だ。
「急な話で悪かったな。予定が大分狂ったか?」
「いや、大丈夫だ。人手が増えるのは歓迎だしな」
パイアスに対してカイルは身構えること無く自然体だ。
マクファーデン家の中枢に食い込んでいるのは間違いないだろう。
レグルスの信が篤いのだから警戒する必要は無いのだが、生来の人見知りが顔を覗かせてしまう。
(ぶっつけ本番で上手くいくタイプそう)
有り体に言って、私とは真反対のタイプだ。
準備に準備を重ねて、最大の結果ではなくほどほどの結果を出す私からすれば羨ましい限りだ。
「おっ、なんだ?随分と熱い視線をくれるね」
凝視していたのに気付かれてしまい、思わず目を逸らす。
「……こういうのが趣味なの?」
筋張った指先でカイルはパイアスを指差す。
「訳の分からない事を言ってパイアス殿に迷惑掛けないで下さい」
趣味ってなんだ。
好みかどうかの話しならば、私にどう思われているかなんて聞かされて迷惑極まりないだろう。
「お嬢さんみたいに可愛い子に興味持たれたら、こちらとしては幸いだ」
「……良い人過ぎる」
若干苦手意識を持ったというのにこちらを気遣える振る舞いを見せられて、警戒心が和らいでしまう。
単純な自分に呆れてしまうが、人間そんなものだろう。
「随分、馬鹿話をしてるな」
聞き覚えのある声に振り返り、首を傾げる。
「どちら様で?」
「マーシャ、彼だよ」
「随分、上手く化けたな」
声はルドルフだった。
だが、目の前にいる彼の髪は濃いマロンをしており、前髪も長く瞳の色を窺い知ることも出来ない。
「僕は面が割れているからな。こうした方が良いと言われて、尤もだと思ったんだ」
「なるほど」
「女装しろと言われたが、どう考えても無理だろう」
シャーリーの事を考えるとあながち無理とは言えないだろう。
シャーリーよりもルドルフの方が身体は発達途上だ。
要は、男らしい骨格ではない。
「いけなくは、ないのでは?」
「流石に無理があるだろう」
呆れたような声でルドルフは告げる。
柔軟性があるのに、そこは無理だと否定するのか。
「まぁ、そういうことにしておきます」
藪をつついて蛇を出す趣味は無い。
「じゃあ、もう暫くしたら出立をするから準備を宜しく頼む」
パイアスは軽く手を振ると荷馬車へと歩き出した。
荷馬車ではラムレイ商会の人間が商品を確認している様子が見える。
(商人のふりをして、代官屋敷に正面突破なんて大胆すぎるでしょ)
数刻後の自分の気苦労を考えて私は思いきり溜息を吐き出した。
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