第22話




 小さな窓から見える外は快晴。

 馬車の中には3人。

 私の隣にはカイル。

 向かいにはルドルフが座っている。

「なんで、こうなってるんですか」

「詳細は何度も話したと思うけど?」

 カイルの言葉にここ数日間のことが思い出される。

 レグルスが何らかの行動に移すのは予見出来た。

 私は、離れた場所から吉報を願うだけで済むと思っていたのだ。

 何しろ、何の技術も技能も無い女だ。

 平たく言って、なにか事を為すのには足手纏いだ。

 頭数にも入れられず、穏やかに屋敷で待つだけだと思っていた。

 思いたかった。

 急転直下、身体に支障が出てないことを確認されたら計画の概要を懇々と説明された。

 何故に、と怪訝な顔をした私にレグルスは、必要な人員だからときっぱりと告げた。

 そんな信用、要らないと叫ばなかったのはエレイン様が心配そうな顔でこちらを見ていたからだろう。

 ルドルフに接触したカイルがどう丸め込んだかは不明だが、何故かその計画の一端を担っている。

 話は簡単だ。

 行商のふりをして、ハリウェル伯領の代官屋敷に侵入するという大胆不敵な作戦だった。

 私必要ないじゃない、と抗議の声をあげたが、実行役の一人であるルドルフが私を指名したのである。

「君、ちゃんと彼女に話したのかい?」

 ルドルフはジロリとカイルを睨み付ける。

 隔たりがあるのは打ち解けていない証拠だ。

「勿論。丁寧に説明したよ」

 言葉の真贋を見抜こうとするルドルフの眼差しに私は小さく頷く。

「話は聞いたわ。ただ、私は戦力にならないでしょ」

 私達の前を進んでいる荷馬車には実行役が二人ほどいる。

 一人は、ラムレイ商会の本当の人間。

 もう一人は、レグルスが信を置く実働部隊のパイアス。

 小説で名前は出てきたような気がするが、個人的な描写がない為、どういう人物か判断する材料は無い。

 快活な笑顔を浮かべて話しかけてくれたが、それが本当の顔とも到底思えない。

 それに加え、ハリウェル伯領内で既に先に潜入していた工作員と合流するというのだから大事である。

(私、場違い感丸出し)

 帰りたい。

 というか、戦力外通告をくらいたい。

「聞いてないじゃないか」

「ハリウェル伯領内でなにかするって知ってるわよ」

「そうじゃない。彼らは僕に何の情報も開示していない。何処の誰かすら僕は聞いていない。聞かないという約束だ」

 あまりにも横柄で不平等すぎる協約である。

 思わずカイルの顔を見遣れば、流石に気まずいのかそれとなく視線を逸らされた。

「僕に聞いたのは作戦に乗るかどうかだけだ。普通、胡散臭い集団に荷担するわけないだろう」

「なんで受け入れたの?」

「君の名前を出した。君の事は信じるに足る人間だと思っている。考え方が僕には馴染みがあるから分かりやすい」

 レグルスの無茶に同意したのは私という人間が介在したからだとルドルフはあっさり返答した。

 そう言われると、信頼されるのは嬉しいが責任が重すぎて逃げたくなる。

 レグルスが悪いようにしないつもりなのは理解出来ているが、何も事情を知らないルドルフにとっては不安な状況だろう。

 咎めるようにカイルを見詰めれば、カイルはニコリと笑った。

「君がそうやって気安くしているという相手と言うことはそれなりの間柄で信頼もしていると言うことだろう。僕には胡散臭く見えるがな」

「そちらも名前を偽っているだろう?おあいこじゃないか」

 ルドルフの舌鋒にお返しとばかりにカイルはルドルフの秘密を軽く引っ掻く。

「どう考えてもそちらの優位は揺らがないだろう。それに、名前など無くても問題ないだろう」

 偽名だと言うことを暗に認めたルドルフは息を深く吐き出す。

「本当、僕がこんな訳の分からない計画に荷担するなんて想像だにしなかった」

「やめるかい?」

「まさか」

 カイルの意地悪い尋ねにルドルフは頭を振った。

 不平不満はあるのだろうが、納得はしているのだろう。

「君言っただろう?何が大事なのかって。僕の優先順位は決まってる。それに、あの子が――」

 あの子、と口に出したルドルフの表情が和らいだ。

 ユーフェミアの事だとピンとくる。

 数日前にシャーリーとの遣り取りを思い出すと、ルドルフのそれを微笑ましいなんて安易には思えない。

 どちらも相手を意識的にしろ無意識にしろ敵だと判断したのだろう。

 あの状態のシャーリーを放置しておくのは申し訳ないと感じたが、小説の表層に出てこなかっただけで実は最初の頃からシャーリーは葛藤していたのかも知れないと自分に言い訳をして振り切った。

 既に赤の他人が容易に口出しして良い範疇を超えている。

 案外ユーフェミアの傍に居ればあの複雑な思考も落ち着くのではないかと高を括っている部分もある。

「あの子?」

 態とらしく尋ね返せば、ルドルフは咳払いを一つした。

「彼女が大丈夫かと震える手で僕の服を掴んだ。それを理由にして悪いか」

 隠し立てもせず素直に告げるルドルフに、その正直さの一欠片でもレグルスにあれば事は簡単に済んだのにとモヤモヤとする。

 横目でこっそりとカイルを確認すれば、臆面も無くよく言えるなと感心している。

 あのレグルスに慣れているのだ。

 ルドルフの忌憚のない感情はさぞかし物珍しく見えるだろう。

「いえ、悪くないわ。随分と彼女にご執心のようだと思っただけよ」

「はっ、見当違いも甚だしいな。愛だとか恋だとかそういう甘いものを期待されているのならば生憎だったな」

 見栄かはったりか鼻で笑ったルドルフの言葉の真贋を見極めようとジッと見詰めてしまう。

「浅はかで短慮で、僕の計画を狂わすような愚かな女だ」

 言葉は優しくはないが、その口調は酷く優しい。

 壊れ物に触れるような、慎重な音だ。

「嫌いではないでしょう?」

「……そうだな」

 一拍置いてルドルフは頷く。

 きっと、ユーフェミアの前でも彼は頷くだろう。

 そう考えると、きっと素直に頷けないレグルスを想像しもどかしく思う。

「おたくみたいな人だったら楽だったのに……」

 思わず横から漏れた言葉にグルリと首を動かせば、慌ててカイルは口元を掌で覆った。

 思うことは一緒だったらしい。

「私も同じ事考えましたから大丈夫です」

「そう。これは内緒で」

 茶目っ気たっぷりにウインク一つカイルから送られる。

「そういえばあの後、無事だったのか?」

 あの後、と言われて思い出すのは一触即発だったルドルフとシャーリーの様子である。ルドルフを見詰めれば同じことを思い描いているのは共有出来た。

「お嬢様に関して沸点が低い人を煽らないでくれるかしら」

 シャーリーの力に私が適うわけがない。

 ユーフェミアの名前に理性を取り戻してくれたことが幸いだったとしか言えない。

「過保護というか、何と言えば分からないが少し違う気がしたな」

 事情を何も知らないルドルフだからこそだろうか、その素直な言葉は興味が引かれる。

 内幕を私は知っているから焦ったり萌えたりするのだが、他人からはどう見えているのだろう。

「何が違うの?」

「いや、主従の関係なんて僕も多くを知らないが、忠誠心と呼ぶには重い感情な気がした。身内に対するものとも思えるが、それともズレている気がするし」

 質問に正しく答えようとするルドルフは少し考え込んでいる。

 そのまま考え込めば、真実に到達するかも知れない。

 不可能を排除して、ひっくり返っているような正解を見付ける事が出来るだろうか。

 ルドルフの柔軟性を考えると可能性は高いが、今、気付かれてしまっては面倒なことになりそうだ。

「何に縋るかなんて人によるでしょう。彼女には、お嬢様が全て、それだけということよ」

「……そうかい」

 何か物言いたげな視線をルドルフから投げかけられるが、応じるつもりはない。

「今更な事だけれども、私を今回の作戦に連れて行くのは悪手よ。例え、私がルディにとっての安心材料だとしてもね」

 シャーリーに関しての話題を避ける為、態とらしく話しを転換させる。

「君は外法でも必要とあらば行使しても構わないと考えているのに何を気にしているんだ」

 ルドルフは不思議そうに私を見詰める。

 教会で私はルドルフに正攻法で無くとも構わないと言っているのだから否定するのは不可思議に思われても仕方ないだろう。

「正しいことは大義名分があって強いもの」

 それだけかと、きょとんとしたルドルフは言葉の先を促してくる。

「それに“水清ければ月宿る”って言うじゃない。私、雑念があって小狡いことする時、体外しくじるのよね」

 運が無いと言えばそれまでだ。

 だが、本来するべき努力を怠ったり、横着をすると物事が滞る嫌いがある。

 狡いことをするのが向いていないのだ。

 上手く立ち回れないのが一因だろうが、障害を回避出来ないからこそ物事に対して実直に進めるのが自分にとっての近道となっている。

「出来る人はやっても良いと思うわ。それは一種の才能だもの。私は出来ないけど」

 こういう傾向の人間が裏工作に関わるのはあまり宜しくないだろう。

 私の性質をレグルスに進言したところで軽く扱われ取り合ってはもらえなかった。

「マーシャは何でも卒無くこなしていると思うけどね」

「見えているだけですよ」

 カイルからの言葉に私はげんなりとして答える。

 カイルにも似た話はしたが、真摯に受け止めてはもらっていないような気がする。

「必死に藻掻いて取り繕ってるだけなんですってば」

「小心者っぽいのは分かるかな」

 同意の言葉は意外にもルドルフから発せられた。

 期待を込めて見詰めれば、若干ルドルフの表情が引き攣る。

「君、あのメイドと僕の遣り取りでもハラハラしてて穏便に済まそうとしてたし、最初にあった時も言葉を選んでいたから随分と周囲に気兼ねしているんだと思ったんだ」

 分析力の高さに思わず脱帽する。

 分析力、洞察力、判断力、ルドルフは間違いなく持っている。

 現代ならば、優秀な営業として同期を尻目に出世していっただろう。

「ええ。その通りです」

 完敗だと両手を挙げて降参すればルドルフは嬉しそうに顔を綻ばせた。

「自分の中の善性に対して裏切ることが出来ないという感じかな」

「胆力が無くて、度量もないもので」

 何事も平穏が一番と考えているのだから波風が立つのは本意では無い。

 変革よりも、安定と継続が私の持ち味だ。

「記憶が無い状態というのは臆病になるものだろう。マーシャの本質かどうか分からないだろう」

 カイルの言葉にルドルフは目を瞬かせる。

 余計な情報がルドルフに渡ってしまった。

 しくじった、と表情に出てしまわないようにキュッと口を結ぶ。

「……記憶が無い上、他国の出身か」

 ニヤリとルドルフは意地悪く笑う。

 ああ。

 知られたくなかった。

 自分の常識で空白を埋めようとするカイル達には黙っていれば都合良く話が済むが、ルドルフは疑問を追求する質だ。

「記憶が無い、というのはどの範疇での話なのか興味があるな」

「深く追求されたくないので黙秘を通します」

 気が休まらない会話というのは望むところでは無い。

 ルドルフとの会話にいちいち気を張らなければならないのは酷だ。

「知識は財産になる。そんなこと僕が言わなくても理解してそうだが、それを秘するのは何を意味しているのか」

「私のこと考えないでくれますか。面白みのない平凡な人間。それ以上でもそれ以下でもありませんから」

「いや、それはない」

「いや、面白いだろ」

 カイルとルドルフからの同時に発せられた否定の言葉に私は頭を抱えた。




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