第20話




「マーシャ、良かった。無事でしたのね」

 顔を赤らめたユーフェミアはベッドに潜り込みながら私を迎えてくれた。

 本来ならば、見舞いにきたら咎められるだろうがユーフェミア自身が私を招いてくれたのだ。

「ええ、身体は痛みますが命に別状はないと言われましたもの」

「そうね。でも、心配だったの。シャーリーありがとう。マーシャを連れて来てくれて」

 途切れ途切れの言葉は普段のユーフェミアの優美さを霞め、疲れていることの証左に他ならない。

「いいえ、お嬢様が願ったことですから」

 先程までの様相とは一変しているシャーリーに複雑な気分が擡げるのは仕方ないだろう。

 ルドルフに責められた時、擬態が剥がれかかったシャーリーは大切なものを守りたくて堪らない男の顔だった。

(萌えるっちゃ、萌えるんだけどさー)

 ルドルフの指摘は私がシャーリーとユーフェミアの関係を懸念している点と合致している。

 シャーリーはどこまでいっても、ユーフェミアに従う者だ。

 だからこそ、対等にはなれない。

 ルドルフが相手を下に見ているというのは身分からしてちぐはぐだが、要は一人前として扱っていないということだ。

 全ての害悪から覆い隠して護る。

 片方が過剰に愛を注いではいけないと言うことでは無いが、対等とは思えない。

 その点を考えると、個人対個人としてルドルフはユーフェミアを確実に捉えている。

 いっそ、不敬なほど、ユーフェミアが持つ肩書きや装飾を削ぎ落として彼女の内面を見詰めている。

 そして、彼女が自分にとって価値があると理解している。

 思考回路が似通っているからかルドルフの細やかな恋情の方が分かりやすく、納得が出来る。

「マーシャ、どうしました?考え事ですの?」

「えっ、ああ。私には縁遠いことを少し柄にも無く思ってしまいまして、お気になさらず」

 ユーフェミアの労りの眼差しを受け入れて頷く。

「まぁ、理解出来るからと言って応援する道理はないんですよね」

 私の独り言にユーフェミアは小首を傾げた。

 横たわっているからか、その仕草一つから儚さが滲み出る。

「身体が少し驚いてしまったのですから、お休み下さい」

「ふふ、マーシャは優しいわ。私を庇ってくれて怪我までしているのに」

「多少頑丈に出来てますから」

 軽く告げるとユーフェミアは頭を振る。

「そんなことないわ。マーシャも女性ですもの」

「そう言ってもらえると嬉しいです」

「ねぇ、マーシャ、耳を貸して」

 ベッドで伏せているユーフェミアに顔を近付ける。

「私、秘密をシャーリーに打ち明けましたの。沢山、怒られてしまいましたわ」

 茶目っ気の混じった小さな声でユーフェミアは告げた。

 驚いて目を向ければ、まろい笑みを漏らしたユーフェミアと目が合う。

「それと、嬉しい、って言ってくれましたわ」

 屈託のない笑みにシャーリーが表立ってルドルフに突っかかった意味を理解する。

 ユーフェミアから知らされた以上、知らなかったふりをする必要は無い。直接、面罵したところで辻褄が合わないことにはならないのだ。

「力になってくれたでしょう?」

「ええ。でも、怖かったの。シャーリーはいつも私の為に無理をしているから、無茶をさせてしまうのではないかって」

 ええ。

 先程、元凶相手にご高説かまそうとしていましたとも。

 秘密を打ち明けられて漸く少し安堵したところで、自分の方が理解していると言いたげなルドルフの言葉に殴打されたのだ。

 思わず後ろに控えているシャーリーに目を遣る。

「なんですか?」

 流石に内緒話だから聞こえていないのか怪訝そうな顔をするシャーリーに私は頭を振る。

「いえ。ちょっと、同情してるだけです」

「その生暖かい目止めてくれますか?」

 苦虫を噛みつぶしたような顔でシャーリーは私を軽く睨んだきた。

「マーシャ、何かお話をして」

「話、ですか?」

「ええ。私の知らない世界を教えて」

 好奇心旺盛に目を輝かせているユーフェミアには申し訳ないが身体を休める方が優先だろう。

 折れる気のないユーフェミアに私は小さく息を漏らした。

「……子供に寝物語で聞かせるものでよければ話しましょうか」




 白雪姫。

 灰かぶり。

 人魚姫。

 野ばら姫。

 六羽の白鳥。

 幼い頃に母親に聞かせられた物語を紡ぐ。

 大人が読む刺激的で酷いものではなく、幼子に聞かせる善の素晴らしさを教える為の勧善懲悪。

 話しを進めるにつれて百面相するユーフェミアが可愛らしかった。

 毒リンゴで眠り王子のキスで目覚める白雪姫の話しでは頬を紅潮させ、硝子の靴によって王子と結ばれた灰かぶりの話しではうっとりとし、泡になって消えた人魚姫には目を潤ませた。

 茨を剣で切り開く王子の胆力に感嘆し、兄の為に一言も漏らさず編み続ける姫の艱難には悲嘆し、大願成就に破顔した。

「ふふ、凄いわ。マーシャは作家さんなのかしら」

「誰でも知っているような物語ですよ」

 小さな頃に私も強請った記憶がある。

 毎日、少しずつの物語。

 先が気になるのに、気がつけば眠りに就いてしまっていた。

(うーん、寝ないなぁ)

 眠らせる為に緩慢な口調でわざわざ話を聞かせていたのに、眠りの予兆は無い。

「ねぇ、次のお話は?」

「マーシャ殿、宜しければ」

 間断なく話をしていた為、シャーリーの持ってきた飲み物はありがたく手に取った。

 口にすれば、甘ったるくない柑橘系のスイーツの味がする。

「美味しい。では、次は何にしましょう」

 お姫様が出てきて結末が不幸でないもの、と頭の中で探すと日本のものよりは外国のものが多く浮かび上がってくる。

 日本人として即座に出てきた桃太郎や浦島太郎、一寸法師はヒーローものに分類できるだろう。

 お伽噺にも姫が出てくるものが多くあるが、複雑だったり、結末が後味が悪いものもある。

 鉢かづき、瓜子姫、と脳内で指を折り考えていた時、不意に閃く。


「“今は昔、竹取の翁といふものありけり。野山にまじりて竹を取りつつよろづのことに使ひけり”」


「マーシャ?」

「導入はこうしないと、気分が乗りませんから」

 国文学科出身としては忘れてはいけない作品の一つだ。

 何故、脳内で除外していたか不思議でならない。

「昔々、竹取のおじいさんが暮らしていました――」




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