第7話
気が付くと、僕は普通にいつもの教室で授業を受けていた。教壇では担任の岡田がデカい声で話している。
「え~、今日は織田信長の・・・ん?田中??お前いつの間にそこに座ってたんだ!?」と岡田は口をあんぐりと開けて言った。
周りのみんなも、呆気に取られて僕を眺めている。
あー、これそういう感じなのね、と僕は理解して、
「すいません~!遅刻したのバレないようにこっそり忍び込んで座ったんです!」と言った。
僕の席は一番後ろのはしっこだったので、何とかそれでごまかせたようで、
「ったくー、遅刻って言っても限度があるだろ、もう午後だぞ!」と言って岡田に出席簿で叩かれたが、何とかそれで許してもらうことが出来た。
「よし、じゃあ本能寺の変は何年か言ってみろ。」
「えーっと、イチゴパンツで1582年ですか?」
「覚え方まで言えとは言っていない。」
教室が笑いに包まれ、俺の突然の出現はどうやら忘れてもらえそうだった。
あれはどう考えてもやっぱり夢だったんだよな、と僕は思った。何から何まで常軌を逸していて、とても現実とは思えない。ただ自分は午後になるまで一体何をしていたんだろうか?振られたショックでそこらへんをさまよっていたのだろうか?その点だけが気がかりだったのだが、それも数日のうちに忘れてしまった。
僕がその不思議な出来事を突然思い出したのは、高校生になって、雨で部活がなくなって早く家に帰った日のことだった。
家に着いた僕は、
「母さーん、いるー?」と大きな声を出したが、返事はなく、どうやら買い物に出かけているらしい。
2階でなにやらごそごそ音がするので、不思議に思って和室の襖を開けると、普段は田舎に住んでいるのだが、たまに顔を見せる祖母が窓辺に立って景色を見ていた。
「なんだ、ばあちゃんか、帰って来てたのね。」と僕が声をかけると、ばあちゃんは振り返って、
「おや、たかしかい。ずいぶん早く帰ってきたわねえ。」ともごもごしながら言った。
僕は祖母の話し方に何だか妙な違和感を感じて、
「ばあちゃん、もしかして何か食ってる?」と尋ねた。
祖母は少しの間固まっていたが、やがて観念したように、
「そうさ、これを食べていたんだよ。」と口の中からどこかで見たような黒いアメを取り出した。
僕は我が目を疑って、
「ば、ばあちゃん、それ、もしかして・・・」とつぶやいた。
祖母はそんな僕を見て、
「おや、たかしは知っているのかい。そうだよ、人間の怒りや憎しみが詰め込まれたアメだよ。」と言って、そのアメをまた口に放り込んだ。
僕は思わず後ずさりをして、
「も、もしかしてばあちゃんの歯がいつも黒いのって、おはぐろのせいじゃなくて・・・」と言った。
祖母は事もなげに、
「そうさ。お前の両親はとんでもなく仲が悪くてねえ。私がこうしてアメを食べていなければ、2人はとっくに離婚して、お前は片親になっていただろうよ。感謝しな。」と言った。
そして祖母は真っ黒な歯を僕に見せて、にーっと笑った。
穴があったら入りたい 渚 孝人 @basketpianoman
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