調律師

結騎 了

#365日ショートショート 218

 チャイムが鳴った。

「ご依頼を受けて来ました。調律師の鈴木です」

「おお、待っていたよ。最近どうも調子が悪くてね」

 恰幅のいい男は、汗をかきながら鈴木を出迎えた。玄関に辿り着くだけでも息を切らしている。

「では、横になってください」

 鈴木は持参したボストンバックから布を取り出した。横たわった男の右腕を外し、それを丁寧に布の上に並べていく。傷つけることがないよう、左腕、右足、左足、ひとつずつ状態をあらためながら、取り外していく。

 かぱっと皮を剥がすと、そこには神経が通っていた。

「うむ、どうやらここが少しずれていますね」

 フェルトをあてがいながら、神経を弾いていく。とん、とん。ぴん。時に小さなハンマーを取り出し、皮膚の側から叩いてみせる。どん。……どん。こつこつ。

「よし、これでいかがでしょうか」

「いい感じだ。さすがだね」。男は嬉しそうに笑った。

 今度は逆の手順で、ゆっくりと四肢を取り付けていく。変なところに当たって傷でもつけたら大変だ。慎重にはめ込み、動作を確認する。

 最後に、体全体を拭き上げ、完了。

「お代はいくらになるかね」

 男は立ち上がり、テーブルの上に置いていた財布を掴んだ。

「ありがとうございます。領収書を準備しますので……」

 無事に清算が済み、鈴木は玄関で深々と頭を下げた。

「どうもありがとうございました。今後ともどうぞ、よろしくお願いします」

 男は晴れやかな顔でそれを見送った。つい漏れた鼻歌は、適切な音程だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

調律師 結騎 了 @slinky_dog_s11

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説