01-14
一方、同時刻。
残るふたりの巨頭、ルイヴィッチとミズリは花街にいた。
目的は遊びではない、調査である。マザーモスカ
「……ルイヴィッチ、こちらへ。おそらく見つけました」
崩れた摩天楼の一角でしゃがみ込みながら、ミズリはそう声を上げる。ルイヴィッチは呼ばれるままにふらふらと近寄り、ミズリのいる大穴を覗き見た。
……どれだよ、とルイヴィッチは思う。
一応、この花街はルイヴィッチの
ミズリとは仲の良い友人だが、表向きには「ルイヴィッチがミズリを招待した」という体裁がなければ、他人の
だからルイヴィッチは
「これです。魔法陣ですよ。半壊していますが、繋ぎ合わせれば……ほら」
「……ミズリ、悪いけど俺には分からん」
あたり一面に散らばる無数の木片や瓦礫やらを、ミズリは大穴の中でテキパキと並べていく。たしかにところどころ模様のようなものが見えなくもないような気がするが……。
「このように……木目や岩の亀裂を混ぜ込むことで、うまくカモフラージュしています。相手は熟練の魔術師ですね」
──じゃあ俺に分かるわけねえだろうが。
ルイヴィッチは呆れた目で、大穴の魔術オタクを見下ろした。
「はぁ……まぁいいや。問題はよォ、そんな妙なとこに魔法陣が仕込まれてたってことはつまり……」
「ええ、あの
──そう、調査の目的はそれだ。
そしてその予想は、ミズリが発見した魔法陣の存在によって裏付けられる。
「街にネズミが紛れ込んでやがるな……ミズリ、お前はどう見る?」
「敵は本来の目的を果たしていません。まだこの街に潜んでいるでしょう。そして、次の機を伺っている」
「……隠れる場所なんざ、いくらでもあるもんなぁ」
穴の開いた摩天楼から外を見渡し、ルイヴィッチは呆れたように笑った。おそらくミズリに言う通り、敵はまだこの街に隠れ潜んでいるのだろうが……それを探すのは骨が折れそうだ。
…………
………
……
…
「シュガーが勇者団を追放、ですか……?」
「ごめんなさい、ヴィヴィ……私、止められなくて。任せてもらってたのに……」
神殿長ヴィヴィ・フレーベルが勇者団と合流したのは、奇しくもシュガーがダウンプア暗黒街に保護されたのと同じ、追放から2週間後のことだった。
場所は王都、セントシエル・ヴール。
勇者団が到着したという知らせを聞く前に、この勇者はヴィヴィのいる神殿に飛び込んできた。
頭を下げる勇者、瑠璃崎チドリをヴィヴィは優しく抱きしめる。
「……大丈夫、あなたのせいではありません。元よりシュガーを勇者団に加入させたのは私の推薦……私がついていれば良かったのです」
……そう勇者を慰めながらも、ヴィヴィに同時に思っていた。事態はなかなか厄介なことになってしまったらしい。
ヴィヴィの知るシュガーは、奇妙な子供だった。
5年前にダウンプア市街という辺境の街で起こった
口数は少なく、動作も最小限。何もなければずっと部屋の隅でうずくまって一日を過ごすような子供だ。ヴィヴィが考えるに、シュガーはおそらく──何かしらの機能が、
世界にはときにそういう人間がいる。何かを欠いて生まれた代わりに、何かとても優れた天賦の才をもって生まれたもの。
ああ、そういえば……目の前の勇者、瑠璃崎チドリも過去に、ヴィヴィのその話を聞いてこう言った。
──
かつてチドリがいた異世界の言葉らしい。
精神障害や知能障害を持ちながら、ある特定の分野において極めて稀な才能を発揮する者をさす
シュガーが持って生まれたのは、
もしシュガーが暴れ出せば、誰にも止められない。ヴィヴィはシュガーをそう評価していた。
だからこそ──その力の発散場所として、ヴィヴィはシュガーに勇者団という仕事場を与えた。
シュガーは愛おしく、哀れで……そしていつヴィヴィの手を離れて暴走するかわからない、そんな子供だったから。日に日に大きくなっていくシュガーを見ながら、ヴィヴィは彼に、何か夢中になれるものを見つけてやりたいと考えていた。
……だがこの様子では、失敗だったのだろう。
勇者団に加わることは、王国でも最大の名誉だ。ゆえにメンバーの中にはコネで入団したような貴族も多い。そういう者たちにとって、身元の知れぬシュガーという存在は納得のいかないものだったのかもしれない。
それに……勇者チドリが、シュガーを気にかけていたというのもある。今思えば、勇者に気に入られたかった他の連中からすれば、きっと面白くなかったはずだ。
「人と関わりなさい……なんて、言えた立場でしょうか」
「……え?」
「いいえ、何でもありませんわ」
ヴィヴィは、勇者の頭を撫でながら、少しだけ自分が嫌いになった。
なぜこんなことに後になってから気付くのか。少し俗世から離れすぎたかもしれない。人の気持ちを理解しようとする、その大切さをシュガーに教えたかったはずなのに。
このざまだ。
「問題は、シュガーがどこに行ったのか……というところですわね」
「やっぱり、神殿には戻っていないんですね」
「ええ……元よりシュガーには、神殿に対する恩も思い入れもありません。どうかここにいてほしいと、私が
「……シュガーくんは、私のこと……嫌いになってしまったでしょうか」
……わからない。
勇者の問いに、ヴィヴィは答えられなかった。そもそもシュガーは、勇者のことが好きだっただろうか。ヴィヴィのことが好きだっただろうか。あの子供は、本当にわからないのだ。光のない、すべてを見透かすようなあの瞳──彼は一体、生まれ育ったスラムで何を見てきたのだろう。
「…………」
……いいや。
何を見てきた──なんて誤魔化すような言い方は、ただの逃げだ。ひどいものを見てきたに決まっていた。
さもなければ、
ヴィヴィは、腕の名からチドリを離す。
「シュガーは神殿で捜索します。チドリは心配せず、勇者としてのお役目を果たしてください」
「……でも……私が、ヴィヴィから預かってたのに!」
「良いのです。元より首輪をつけていられるような子じゃあなかったのでしょう……きっと今までも、あの子は
……だから、いつかこうなると、どこかで分かっていた。
それはヴィヴィの本心だった。
勇者に落ち度はない。だからシュガーは自分だけで探す──ヴィヴィがそう考えた直後だった。
「……あ、ヴィヴィ……見て、鳩が!」
「え……?」
──まるで、5年前のあのときのようだった。
ばさりと窓からやってきた鳥の従魔は、再びヴィヴィの肩に降り立つ。その足にくくりつけられた手紙に、ヴィヴィは目を通した。
「…………」
「……ヴィヴィ? どうしたの?」
「神殿に仕事を頼みたいそうです」
その内容を、ヴィヴィは読み上げる。
「指名手配されていた
「……悪魔崇拝? それにダウンプアって、たしか……」
「ええ、私がシュガーとはじめて出逢った場所です」
ダウンプア暗黒街は、厄介な街だ。王国と帝国、どちらの法も受けない例外的な治外法権の街。王国から騎士を派遣するにも身動きは取りづらいのだろう。
それに悪魔崇拝者が相手となれば、聖属性の魔術は有効だ。神殿にとってはおあつらえ向きの仕事である。
「ねえ、ヴィヴィ! その仕事、私も一緒に……」
「いいえチドリ、あなたは勇者としての鍛錬を続けなさい。この仕事には私が同行します」
事態は、一歩進む。
不死街のシュガーマン 副題:チート回復術士さん vs 甘やかしたい女たち 紙崎キマキ @oTorigi
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