第45話【@萌え塩タン】

『あぁ……ん。気持ちいい~』


『あらあら、いっぱい溜まってますわね。私がスッキリさせて差し上げますわ』


『ん……んん。そこ、そこぉ。あ……あん』




 ……素晴らしい。もはや愛くるしい。


 サウンドオンリーならば、いかがわしい動画と思われてしまうだろうが、これは耳かきをしているだけの、歴とした健全なASMR動画である。




『あぁ……コジコジ、すんごく上手ぅ……』


『嬉しゅうございます。ムサシちゃん、もう少し奥まで入れても大丈夫ですか?』


『うん……ゆっくりね、ゆっくりだよ』




 何度も言うが、これは健全なASMR動画である。にもかかわらず、何故か鼻血が出そうだ。


 ん?


 ……ハハハ、もう既に出てたわ。ティッシュ、ティッシュ……っと。 


 今見ている冒頭辺りは、俺が帰宅する前のシーンだ。まさかあの耳かきの全貌が見られるとは、夢にも思わなかった。


 それにしても、ムサシとコジローが家にやって来てから、世界観が一変したなぁ。ありきたりなコンテンツは、女体化した大剣豪というタイムパラドックスのおかげで、上質なエンターテイメントに変貌し、ついでに俺の心の中に常駐していた退屈も、遥か彼方へすっ飛んでいった。


 まあ、常識では計り知れない存在と、思い切って接触した甲斐があったってところかな。




『ん……そこ、そこぉ』


『ここですか?』


『……そ』




 ……そ、って。……そ、って。


 あぁ。なんてエ、エロ……エモいシチュエーションなんだ。


 まさかバイノーラルマイクまで仕込んでいるとは。この高音質、マジ半端ないな。


 ヘッドフォンから聞こえてくるムサシのささやく声が鼓膜を辱める。


 この辺りのシーンは、確か俺が覗……げふん! 状況を確認してる頃だ。マルチアングルの為、襖が映るシーンもあるが、少しだけ開いていたはずの隙間が無い。映像編集によってしっかり処理されている。ムサシの奴、腕を上げたじゃないか。つまり、俺が映り込んでいたという事だな。




『壁に耳あり、襖の隙間に拓海あり』




 実にお恥ずかしい限りだ。


 しかし、しかしだ。この襖の向こう側に自分が居ると思うと、感慨深いというか、複雑な心境にもなる。またそれも良き。フフフ……俺、気持ち悪いですか?




『……はぁ~ん、くすぐったいよぉ』


『動いちゃ駄目ですよ』




 おお、このムサシ目線のアングルはたまらないな。爆乳でコジローの顔が見えないじゃないか。


 あぁ……思い出すぜ。この柔らかな膝の上で耳かきをしてもらった事を。まぁ、最終的には激痛しかメモリーされていないけれど、それもまた妙味として捉えれば、いとおかしだ。


 それに、この動画を視聴しているフォロワーの中で、実際に彼女の耳かきを体験した事があるのは世界で唯一、フッ……俺だけだ。これは声を大にして言えるものなら言いたい。が、炎上が怖いので言わない。


 はぁ……満たされた。


 ご馳走さまでした。


 ヘッドフォンを外し、天井を仰ぎ見た。


 この耳かき動画は当分の間、ご飯のお供としてクリーンナップに加わる事は間違いないだろう。


 う~ん、見終わった途端、リピートしたくなったな……どれどれもう一回……。




 パイン!




「うおっ!」


 ビビった。誰だ?


 スマホを確認すると、ムサシからパインでメッセージが届いていた。


〈まだ起きてんの?〉


 それはこっちの台詞だ。コイツまだ起きてたのか?


〈完全版見てんの?〉


 いや見てるどころか、今まさにリピートで見ようとしてる所だっつーの!


〈おーい〉


 ちっ……仕方ない。


〈一応見たけど〉


〈プププ……キモwてゆーかぁ、起きてんならさっさと返事しろっつーの!〉


 ムカつく。コイツ、ガチでムカつくわ。


 俺だって……俺だってな! お前達のフォロワー数増やす為に、陰ながら協力してるんだぞ!? つか、隣に居るんだから、用があったら来いっての!


〈で、何か用か?〉


〈いやね、耳かき動画の完全版を編集した時に、余分なシーンをトリミングしたんだけど、削除するのもなんだし、いる?〉


 余分なシーン? そんなモン削除するなりなんなり勝手にしたらいいじゃないか。何でわざわざそんな事を俺に聞く……あ。


 も、もしかして、ずっとカメラ回ってたのか?


 それはつまり、コジロー&ムサシだけではなく、コジロー&俺の隠し撮り動画も存在するという事。


 マ……マジかぁ!


 欲しい。喉から五臓六腑が飛び出てくるぐらい欲しい。でも、俺だってプライドというものがある……が、これは絶対に欲しい。魚も捨てる部位程美味いというし……。


〈おーい。いるの? いらないの? もしかして寝た?〉


〈起きてる〉


〈は? なら既読スルーすんなアホ。で? いるの? いらないの? カウント5までに決めて〉


 え? いや、まだ心の葛藤が。


〈5〉


 いや、ちょっと……。


〈4〉


 ちょっと、待って。


〈3〉


 ちょ! はやっ!


〈2〉


 えっ? えっ?


〈1〉


〈ください〉


〈りょ。じゃあUSBに落としたから、明日あげる。おやすみ~〉




 悠久の刻を越えてやって来たムサシとコジロー。この先、彼女達はどんな事をしてSNSを盛り上げてくれるのだろうか? 楽しみだ……楽しみで仕方がない。そう考えただけでもワクワクが止まらないぜ。


「さてと、そろそろ寝るかぁ。今日は快眠が期待出来るぞ。もう一つ楽しみも出来た事だし……おっと、さえずるの忘れる所だった。えっと……」




『推し動画【コラボ企画:ムサシちゃんが、コジコジに耳かきされてみた。完全版】ヤサグレ小悪魔と、ぴえん系美女が神コラボ! とくと堪能せよ。@萌え塩タン』 




〈おやすみ〉


 


 完

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宮本武蔵、女体化して現代に転移す。で、SNSでバズる。【ムサシちゃんねる@天下無双娘】 イルカくじら @millcity1986

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