第3話 最終兵器

 ある朝、会社に行くと、俺の机の上に手紙とお菓子が置いてあった。

「ランチになかなか行けないので、手作りのクッキーを置いていきますね。疲れた時に食べてください♡」

 そんな物はとてもじゃないけど食えないから、近くの席にいた女の子にあげた。


「これ、手作りじゃないですか」

「食えない?」

「いえ、そんなことないですけど・・・かわいそうだなって思って。多分、障がい者雇用の人ですよね」

「うん・・・」

「20代から告白ってすごいですね」

「全然うれしくないよ・・・。よかったら食べて。処分はまかせるから」


 それからも、手紙とお菓子が頻繁に置かれていた。


 手紙は毎回読んでいたが、大体は「お仕事お疲れ様です。頑張ってください」というような内容だった。字が汚くて、もらっても、がっかりするような代物だった。


 俺はメールを送って、「せっかくだけど、糖尿だから甘いものは食べられないから、もうデスクに置かないでください」と断りのメールを送った。すると、次の日からは糖尿に効くと言うサプリなんかが置かれるようになっていた。


 俺はすぐにメールを送った。

「せっかくだけど、医者からもらった薬があるから、サプリは飲めません。今後は私のデスクに物を置かないでください。よろしくお願いします」と冷たく書いて送った。


 それでも、彼女は毎日メールを送って来た。社会人としてのマナーを逸脱したものではなかったけど、俺は完全にスルーした。秘書課の人から直接飲みに誘われたけど、それもみんな断った。小枝が俺のことが好きだと言うのは、本社ビル全体で話題になっていた。役員に会った時に「秘書課の障がい者雇用の人からアプローチされてるみたいだけど、どうなの?そろそろ覚悟したら?」と笑われる始末だった。みんなが遠巻きに俺たちのことを見て楽しんでいたようだ。


 そうこうしているうちに、バレンタインデーがやって来た。何かもらうだろうと思ったけど、お返しはしないつもりだった。もし、手渡されたら、その場で突き返すつもりだった。


 不思議と彼女は何も持って来なかった。俺はほっとして荷物をまとめると、定時で家に帰ろうとした。すると、エレベーターホールに彼女が立って待っていた。リボンのついた赤いカチューシャをしている。年甲斐もなくぶりっ子を決め込んでいた。そして、ピンクのウールのコートを着ていた。


 俺はシカトした。すると、女はエレベーターに一緒に乗って来た。俺はケツでも触られるんじゃないかとハラハラしていた。


「江田さん」

 俺は無視した。

「バレンタインデーなんで・・・最終兵器持って来ました」

 俺は振り向いた。

「ジャジャーン」


 彼女はコートの前を開けて、はらりとコートを床に落とした。

 中は何も着ていなかった。下着すら付けていない。


「えぇ!?」


 乳首に付けていたニップレスが、なぜかウサギだったのが、鮮明に記憶に残っている。見たのは本当に一瞬だけ。


 俺はパニックになった。

 命の危険を感じて、思わず非常ボタンを押しそうになった。


 しかし、とっさに俺は近くの階のボタンを全部押した。地震の時みたいに止まった階で降りようと一瞬で判断したんだろう。ナイス。ようやく止まったフロアで、俺は飛び出した。目の前には全然面識のないスーツ姿の人が2人立っていた。


 俺は「助けてください!」と、そのうちの一人にしがみついた。

「あの人がいきなりエレベーターの中で裸になって」俺はパニックになっていた。

 後ろを振り返ると、小枝はすでにコートを羽織って何食わぬ顔をしていた。そして、ドアが閉まると、そのまま消えて行った。

「大丈夫ですか?」

 2人は笑っていたようだった。

「すいません。ちょっとびっくりして・・・いきなりコートを脱いじゃって。全裸だったんですよ!」


 小枝は普通に会社に出社していたが、人事から公然わいせつで警察に突き出されるか、自分から辞めるかを選ばされて、大人しく辞めて行った。


 俺はしばらくエレベーター恐怖症になってしまった。

 エレベーターホールに人がいると、今でもギョッとする。

 髪の長い若い女性もダメ。

 あとは、内線電話もダメ。

 俺の心は彼女のリーサルウェポンで完全に破壊されてしまったようだ。




 

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